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「春千夜」

オレを下の名前で呼んでくる女なんて一人しかいない。驚いて振り返ると予想通りその女が立っていた。

「ナマエ…何やってんだよ、今日もマイキーと一緒だったろ?」
「………」
「とりあえず入れよ」

深夜にマンションの前で待ってたのか何なのか知らねぇけど、ナマエの体は随分と冷えていた。来るなら連絡よこせばいいだろーが、相変わらず馬鹿なことしやがる。

「お前冷えてんな。風呂入るか?」
「一緒に入ってくれる…?」
「やだ。マイキーに殺されたくねーもん」
「そのマイキーが、もう三途のとこ帰れって言って私を追い出しました」
「……は?」

スーツを脱いだタイミングでそう言われて、思わず腕からスーツを落としてしまった。

「…バレてたか」
「そうみたいね」
「やべーオレ殺されるかな」
「怒ってはなさそうだったけど…感謝してるって言われたし」
「お前ヘマしたんだろ」
「してないと思う。…でももしかしていつもマイキーが起きる時は私も起きてたんだけど、今日寝てたからそれが良くなかったのかな…」

ナマエは少し青ざめた顔をしながら言った。マイキーが何で今になってコイツを突き放したかはわかんねぇ。だいぶ眠れるようになったと聞くし、目に見えて顔色も良くなってたのに。まさかオレが貸した女だから律儀に返してきたのか?

「風呂入んぞ」
「うん…」
「大丈夫、ヤんねーよ。どうせマイキーとヤってきたんだろ」
「…ストレートに聞いてこないでよ」

じゃあどう聞けと言うのか。オブラートに包んだ発言なんてオレはしねぇぞ。熱いシャワーをかけナマエの冷えた体を温めた。別にコイツの裸なんて見慣れてるから平気だと思ったのに、体が反応しそうになるからなんとかグッと抑え込む。

「最初から気づいてたのかも…マイキー」
「そうかもな。この間お前を家まで送れって言われた時も変だとは思った」
「でもさ、せっかく寝れるようになったのに…大丈夫かな。マイキーが心配だよ」
「もういいって言われたんならいいんだよ。しつこくするとマジ何されるかわかんねぇから、もう諦めろ」
「春千夜はそれでいいの?元はと言えば春千夜がマイキー支えてこいって言ったのに」
「よかねーけど、ボスがもういいって言うんならいいんだよ。それだけだ」

シャワーを止めて先に浴室から出るとナマエも慌てて後をついてきた。バスタオルを投げてやるとマヌケにも顔面でキャッチするから笑ってやった。ナマエは浮かない顔をしたまま、マイキーが心配だとまた呟いた。

「頼んどいたオレが言うのもなんだけど、もうマイキーのことは忘れろ。向こうもそのつもりだから突き放してきたんだろ」
「…わかりました」

マイキーの考えはわかる。ナマエに衝動的に手を出してしまう前に離れたんだろう。そうなる可能性があることは分かっていた。分かっていたけど、一時的でもマイキーが精神的に楽になれるんならと思ってナマエを近づけた。結果的に、逆にマイキーを苦しめてしまったかもしれないが。

「春千夜は、いなくならないで」

まだ拭ききれていない体に、背後から抱きつかれた。

「どーかな。こんな仕事してっと明日も生きてられるかわかんねーしな」
「それは知ってる。でも、自分から私を突き放すことはしないで」
「マイキーに捨てられてだいぶ応えたみてぇだな」
「うん、そうかも…。もう要らないって態度とられるのってキツいよね」

随分前だが行き場を失ってるナマエを拾った時のことを思い出した。家族も友達も家も失ったというナマエを純粋に放っておけないから拾った。死にたいと泣くコイツを「そんな逃げ方で楽になれると思うな」と叱った。それ以来ナマエは弱音を吐かずにずっとオレの側にくっついていた。

「マイキーに自分の男のとこ帰れって言われた。春千夜って私の男だったの?」
「飼い主だな」
「やっぱり?じゃあ今度マイキーに訂正しておいてよ」
「やだ」
「え?」
「マイキーとはお前の話したくねぇ」
「そっか…」
「変なこと頼んで悪かったな。明日からはいつも通りの生活に戻れ」

ナマエは服を着ながら「はぁい」といつものように緩く返事をした。

「ねぇ春千夜、最後に聞きたい」
「あー?」
「マイキーって家族とかいるのかな。マイキーを救える存在っているのかな…」
「…いるとしたら、アイツらかもな」
「ん?だれ?」
「教えてやんねー」
「ケチ」
「それよかお前が裸で抱きついて来たからこんなことなっちまった。責任とってなんとかしやがれ」
「え、ヤんないっていったのそっちじゃん」
「口でやって」

ナマエは呆れた顔をしつつも、椅子に座ったオレの元に膝立ちをした。正直ナマエが戻って来るとは思ってなかった。本当にボスに捧げたつもりだったから。見返りにナマエに与えてやるって言った「俺様の隣に一生いられる権利」なんて叶うはずもないと思ったから、そう言ったんだ。でも戻ってきたんなら、約束どおりあの権利はやらねぇとなぁ。

どーだ嬉しいだろナマエ。これでお前は一生オレの側にいられるぞ。オレがお前を責任持って生涯守ってやる。尻尾振って喜びやがれ。


「春千夜」
「…っんだよ」
「なんで、私をマイキーのとこに行かせたの…?」

ナマエの口内に欲をぶちまけた後、ナマエはティッシュにそれを吐き出しながら聞いてきた。なんでイった直後にそんな事聞いてくるんだコイツは。

オレは椅子の背もたれに背を預け、一旦体を落ち着かせてから口を開いた。質問への答えなんて一つだ。それは、オレの中で絶対的に揺るがない確固たる信念。


「決まってんだろ。なによりも王が大切だからだ」




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