V






最近オレの周りをうろちょろしてる女、ナマエ。三途や他の部下を連れて歩いてる時に出逢った謎の女。最初はオレの命を狙ってる奴、またはその差し金かなんかかと思い警戒していたが、この女からは全く敵意とか殺意とか感じられない。それどころかこの女、カタギだ。こっち側の人間じゃない。単に自分に惚れてきた女かと思いきや、好きだとかそんな言葉も態度も一切ない。

考えが読めないから逆に怖かった。しかも人の懐に入るのが一段と上手い。一体何が狙いだ。

「マイキー、たい焼き買ってきたよ。食べる?」

当たり前のようにオレの好物も知ってる。凄んだ目で睨みつけても「怖いからやめてよ」って軽く笑う。なんなんだコイツまじで。でもある日気づいた。三途とナマエの間に微妙に流れる、違和感を覚える空気の流れ方。

あぁ、何、コイツ三途の女か。

ナマエと出逢ったときも三途はオレといた。ナマエを見て「誰だテメェ、近づいてきたら殺すぞ」と脅していたが、思い返せばそれ以来コイツにそんな態度を一切とっていない。あの三途が、だ。容赦なくトリガーを引ける無慈悲な男がこの態度だということ、もっと早く気づくべきだった。誰の差し金かと思いきやお前か。何が狙いだ。


「マイキー見て、この写真」
「なに」
「子猫。近所の空き地で生まれたみたい。可愛いでしょ」

ナマエの狙いは何なのか。わからねぇけどコイツを側に置いておいて悪い気はしなかったからとりあえず様子見。子猫の写真を見せてきて無邪気に笑っている。何故だろう、ナマエの纏う雰囲気はオレを安心させた。

オレが死んで楽になりたいと言えば、それは逃げだと諭した。こんな風にオレを叱ってくれた奴は兄貴の他にもう一人いたなぁとぼんやり思い出す。なんで。なんでなんだ。なんでオレを楽にさせてくれない。

「海はさ、晴れてる昼間にでも今度行かない?キラキラした海にどっぽーんしに行こうよ」

キラキラした海なんてオレには不似合なことこの上ない。そんなこと皆分かっている。なのに真っ直ぐとこんな事を言ってくるナマエに思わず笑みが溢れちまう。





「…ナマエ」
「あ、起きた?」

いつからか、オレはナマエの隣で安心して眠るようになった。目を覚ました時は必ずナマエは起きていて、オレの隣で本を読んでいた。

「いつから起きてた?」
「んー30分前くらいかなぁ」
「お前ちゃんと寝てる?」
「勿論。私が寝不足そうに見える?」

寝不足には見えねぇけど、コイツはオレが起きた時は必ず先に起きていた。そして気づく。なるほど、これが三途の狙いか。オレが睡眠をとれるようにナマエを派遣してきたってわけか。くだらねぇことしやがって。大体アイツ怖くねぇのか?オレが衝動的にナマエを殺したら、とか考えねぇのか?お前の女なんだろ?


「どうしたの?」

考え込むオレの顔をしたから覗いてきた。三途の女のくせに、ナマエの瞳はくすんだ色をしていないのが不思議だ。そっとナマエの頭に手を回し自分の胸に抱き寄せた。

「マイキー…?」
「寝れねぇんだ…ずっと。ずっと」
「大丈夫。私と一緒の時はちゃんと眠れてるよ?」
「本当はちゃんともっと、しっかり寝ときたい、昔みたいに。腹一杯になったら速攻寝る、みたいな」
「マイキー昔はそんな感じだったの?だったら大丈夫、すぐ昔みたいに戻れるよ」

ナマエの柔らかい手が背中に周り、優しく背中を撫で回した。気が緩んでいく。このまままた眠れそうだなと思うほどに。

「ねぇお腹一杯食べてみたら昔みたいに寝れたりするかもよ?私ご飯作ろうか?」
「いい。あんま腹減ってない」
「食べないと元気でないよー」
「別に元気だし」

ナマエの体を自分の体から離すと「少し寝たから顔色良くなったね」とオレの頬を撫でてきた。記憶にあんまねぇけど、母親みたいだなって思う。こうやってオレの心の安寧を生み出してくれる、貴重な存在。

「…っマイキー…?」
「いい?」
「……うん。いいよ」

少し穏やかな気持ちになったからか、体の快楽も求めたくなった。ゆっくりとナマエの体をベッドに沈める。ひでぇよなオレも。一番の部下の女に手ェ出すなんて。ナマエは嫌がる素振りも見せず優しく微笑んでるだけだった。まるで覚悟を決めたかのような。


次に目を覚ました時は窓の外はもう明るかった。時計を見ると真昼間だ。何時間寝たんだ、オレ。

「おはようマイキー」

シャワーを浴びたのか、髪が生乾き状態のナマエがドアから顔を出した。

「…オレ、どんくらい寝てた?」
「6時間!すごいスッキリしたんじゃない?」

ここ数年、そんなに纏まって熟睡したことなかった。寝過ぎて頭がボーっとするかと思ったが、体は軽かった。食欲もいつもより湧いて来る。

「ご飯作ったの。食べない?」
「…食べる」
「いっぱい食べて、お腹一杯。そしてまた寝てもいいし」
「さすがにそれはねぇわ。出かける時間だし」
「そっかぁ。帰るまでここで待ってていい?」
「…だめ。帰れ」

お前は三途のもんなんだから、ここに長居されちゃ困る。ナマエはしゅんとしながら分かったと返事をし、出来立ての食事を出してくれた。食い終わってから九井に迎えに来させた。オレの家にナマエがいたことにかなり驚いた顔をしていた。

「じゃあまたね、マイキー」
「おー。気をつけて帰れよ」
「はぁい」

送ってやった方がいいんだろうけど、九井がそれを許すとは思えないからやめた。あいつは相変わらずナマエを警戒した目で見ながら、オレを先に車に乗せた。

「おい…テメェ何のつもりでボスの側にいんのか知らねえけど、適当な気持ちでオレ達に関わってくんじゃねぇぞ」

警告するかのようにナマエにそんな言葉をぶつけていた。ナマエは「はぁい」と軽く返事をしただけ。そりゃそうだ、コイツはオレと関わる前から既に三途と関わってんだから。そんな警告は意味が無い。

眠れるようになったのは助かっている。けどナマエは三途のもんなんだから頃合いを見て返したかった。いつにしよう、いつにしようと考えてるうちにズルズルと時間は過ぎていった。

でもふと怖くなった。ナマエの存在がオレの中で占める割合が大きくなったとき、衝動的に殺してしまわないかと。その後に襲って来る虚無感と後悔も、怖かった。オレと関わっていい事なんて何一つない。ナマエを、解放しなくては。東卍のアイツらと決別したみたいに、ナマエの前から早く消えなくては。


「ナマエ」

いつもみたいにナマエを隣に置いて寝た。今日は久々に嫌な夢を見たせいかすぐ目が覚めてしまった。隣にはナマエが眠っている。いつもオレが目を覚ますときには必ず起きていたから、ナマエの寝顔は見慣れない。

無垢な顔で眠っているコイツを壊したくなるのは何故だろう。やはりオレは頭がおかしい。今はまだ制御できてるが、いつナマエに手を下すかわからねぇ。


「ナマエ、起きろ」
「…ん?…マイキー…起きてたの?」
「あぁ」
「早くない…?ちゃんと寝れた?」
「ナマエ。お前三途んとこ帰れ」

1秒前まで寝惚けた顔をしていたのに、すぐさまナマエの顔はハッキリとした表情になった。「何の話?」なんてシラを切っているが、その表情は全くシラを切れていない。

「分かってるから、全部。もうオレの隣にいなくていい」
「ちょっと…なぁに突然?三途サンのとこって…何か変なこと言われたの?」
「お前がいてくれたおかげでここ最近は眠れるようになった。感謝してる。でももう十分だ。自分の男のとこに帰れ」
「…何がもう十分なの?私がいなくなったらまた寝れなくなっちゃわないの…?」
「だとしてもお前には関係ない」
「なんで?マイキー、私あなたが心配なの。私ができるせめてもの事はさせてよ」
「…帰らねぇなら殺すぞ。お前も、三途も」

ナマエの喉がヒュッと鳴るのがわかった。初めて会ったときですらこんな態度でナマエに接しなかったのに、最後の最後でこうせざるを得ないとはな。ナマエは震えた手で静かに服を着て自分の荷物を手に持った。

「…マイキー、ありがとうね。あなたに出逢えて良かったよ。どうか私のこと忘れないで。いつかまた思い出して。そしたら一緒にキラキラの海にどっぽーんしに行こうね。絶対だよ」

そんな約束、叶えられるもんならすぐにでも叶えてみたい。オレはどうもダメだ。大切なものは周りに置いておくとダメみたいだ。




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