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「ナマエ、お前ボスの相手してくんね?」

情事後、ベッドの上でいまだ裸で抱き合ってる最中に他の男の相手をして来いなんて言う人、絶対世界中探しても春千夜しかいないと思う。とりあえず私の開いた口は塞がらない。


「えっ?いまなんて?」
「ウチのボス。相手してこい」
「え、やだよ。誰よボスって。怖そうだし変態そうだし鬼畜そうだし嫌だ」

春千夜がどういう仕事してるかは一応知ってるつもり。そして彼が幹部メンバーの一人だと言うことも知ってる。つまりボスというのは彼の直属の上司、イコールこのヤバそうな組織のトップに立つ男。名前も顔も知らないけど、この春千夜が服従してるってことは相当ヤバい奴に違いない。

「聞いて驚け。ボスはオレより変態じゃねぇし鬼畜でもない」
「…でも怖さは春千夜以上なのね」
「そりゃな。じゃなきゃウチの首領なんてやってらんねーよ。オレと違う意味で怖いかもな」
「どんなタイプの怖さでもお断りでーす」
「オメェはオレと寝れるくらい肝が据わってる。だから大丈夫だ」

褒められても全然嬉しくない。本格的に面倒事になる前に退散しよう。胸元に回ってた春千夜の腕をはらりと退けてベッドから出ようとした、が、彼の足でガシッと自分の下半身を押さえられ、私はそのままよろけてベッドの下に頭から落ちかけた。


「ちょっ、危ないじゃない!」
「テメェなに逃げようとしてんだよ。で?やってくれんだろ?」
「ごめんなさい、断ります」
「ただ一緒にホテル入って一発ヤってこいって言ってんじゃねーんだよ。ボスは…マイキーは、そろそろまじで体イッちまいそうだからお前側にいて支えてやれ」
「…どういうこと?」
「ずっとほぼ寝れてねぇんだ。頭おかしくなる以上に体がおかしくなる。組織のトップが睡眠不足で体壊してぶっ倒れたなんてカッコつかねーだろ?そうなる前になんとかしてやってくれ」

春千夜の言ってる意味がよく分からない。そのボスは、私とエッチすれば眠れるの?違う、そんなわけない。性欲の捌け口ならいくらでも用意できるだろうし。ということはつまり、春千夜は私にボスの恋人にでもなって心の拠り所になれと?


「分かったあれね、最近よく聞くソフレとかいうやつね」
「ソフレ?」
「添い寝フレンドの略らしいよ。要はボスに睡眠とってほしいんでしょ?」
「……ソフレでもセフレでもなんでもいいけど、要はそういうことだ。得意だろそういうの」
「得意かどうかは分からないけど、春千夜が私を指名してきたってことは得意なのかもね」
「分かってんじゃん」

下半身に巻きつかれたままだった春千夜の脚は、思いっきり私の体を彼の体の元へ引き寄せた。背中からドンっとベッドに倒れるとスプリングが少し軋む音がした。真横には春千夜の顔。ニヤりと笑って近づいてきてゆっくりと唇が重なる。こんな風にゆっくりキスしてくれる事はなかなかないから、もっともっとってせがみたくなってしまう。

「ねぇ、その見返りには何くれるの?」
「んー、そりゃ一生俺様の隣に置いてやる権利かな」
「いらなーい」
「嘘つけ」

お前がなによりも欲しいモンだろ、ってよくそんなこと自信ありげに言えるものだ。春千夜は行く当てもなく頼る人もいなかった私を10代のときに拾ってくれた。以来ずっとお世話になってる。住居も仕事も、彼が全部斡旋してくれた。私がこうして生きていけるのは他でもない、春千夜のおかげだ。

「じゃあ私をそのマイキーとやらにさっさと紹介してちょうだい」
「紹介はしねぇ。オレが紹介した女とか絶対ェ嫌がるから」
「じゃあどうするの?」
「偶然装って出会うぞ。いいか、手順はこうだ……」

春千夜は珍しく作戦なんかを練ってしたらしく、私にそれを説明してきた。ふぅん、春千夜でもこんな風に動いたりするんだ。よっぽどそのマイキーとやらを救いたいと見た。だったら私も全力でやらないと。だって私、今まで春千夜に何も恩返しできてないから。


春千夜の作戦どおり、私はマイキーに近づくことができた。ボスっていうからどんな怖い風貌かと思いきや、小柄な若めの男性で、でもその人が纏うオーラは今まで会った誰よりも惨憺たるものだった。それに目の下のクマも、こんな濃く出てる人見たことない。近づくのも覚悟がいるこの人物に、萎縮しないわけない。けど春千夜のために私は意を決してマイキーの懐に入り込んだ。






「ねぇマイキー」
「なに」
「なぁにもかも忘れてさ、海にどっぽーんて飛び込みたくなること、ない?」
「……は?」
「絶対気持ちいいよね、そんなの。私はやってみたいないつか。頭空っぽにしてさ、海と一体化できそうじゃない?」
「それ、死にたいってこと?だったらオレも思うかも」

マイキーが闇を抱えてることぐらい一目見た時から分かっていた。春千夜に頼まれてやってること、ぐらいにしか思ってなかったけど、マイキーと一緒にいるうちにこの寂しくて孤独な彼を放っておけなくなった。でも根の深そうなマイキーの闇を、最近出会ったばかりの私が掻き消せるわけはない。だからせめて、眠ってほしい。体を休めてほしい。

「マイキー…本当に?」
「あぁ。そしたら楽になれそーだし」
「違うよ、マイキー。それは楽になることじゃないの。逃げることなの」
「あ?」
「私も何度もそう思ったことある。死んじゃえば全てから救われるって。でもね、そうじゃないって教えてくれた人がいたの。だから私、いま生きてるの」
「……」
「海はさ、晴れてる昼間にでも今度行かない?キラキラした海にどっぽーんしに行こうよ」

私の阿呆らしい提案にマイキーは目を大きく開いたけど、ほんの少しだけ口角を上げて笑ってくれた。あ、初めてだ、マイキーのこんな表情見るの。まるでツンケンしていた子猫が懐いてくれた瞬間みたいに私の心は弾んだ。

「マイキー、私眠くなっちゃった。寝てもいい?」
「ここで?」
「うん、ここで」
「…いいよ」

港区内の会員制のバーのVIPルーム。そこのソファで私は寝転んで寝息を立て始めた。勿論寝たフリだけど。暫くするとふわりとマイキーの手が私の頭に乗っかったのが分かる。そしてその手の温もりが消えた頃、初めて聞く彼の寝息が聞こえてきたのだ。

神様。どうか今夜だけは、マイキーに優しい夢を見させてあげて。




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