反社みつやくんと一夏の恋 | ナノ


▼ 3


じゃあそっちで潰しておいて。後始末は八戒に頼んどく。


 そんな三ツ谷くんの低い声がぼんやりと耳に届き、私の目は覚めた。半開きの目で見つめた時計は早朝の時刻を指している。でも遮光カーテンのせいか、まったく朝日を感じられない。むくりと体を起き上がらせると、三ツ谷くんは「じゃ後よろしく」と口早く言い放ち、電話をすぐに切った。

「ごめん、起こしちゃったね」
「ううん…」
「おはよミョウジさん」
「おはよう…」
「はは、顔にシーツの跡ついてる」

 私の頬を指で撫でながら笑う三ツ谷くん。私に対する喋り方は、さっき電話口で話していた時とは比べ物にならないくらい優しくて穏やかだった。

 昨夜、あの後彼の車で都内の一等地にあるホテルに連れて来られた。いきなりお泊まり?それはちょっと…とも思ったけど、三ツ谷くんの「夏の間しか一緒ににいられないんだから、モタモタしてる時間ねぇじゃん」という言葉に半ば無理やり言いくるめられてしまった。期間限定の交際が始まった数時間後にはもう彼とのベッドインしているなんて…展開が早くて頭が追いつかなかった。

 私が嫌だと言えば彼は手を出さなかったと思う。それでも彼を強く拒むことができなかったのは、中学の頃握ることができなかった彼の大きな手をやっと握れたことへの喜びがどこかにあったからなのだろう。

「今日仕事何時から?」
「あ…今日は遅番なの」
「そっか。じゃあもう少しゆっくりできるな?」

 三ツ谷くんが腰掛けると、ぎしっとベッドのスプリングが鳴る。逃げかけた私の腰はいとも簡単に彼に捕まり、どこへも逃げられなくされた。昨晩もこうだった。彼と一緒にホテルの一室に入る覚悟はできていたはずなのに、いざ事が始まりそうになると私は逃げたくなったのだ。そんなこと、今更許されるはずないのに。

「三ツ谷くん…髪濡れてる。シャワー浴びたんじゃないの?」
「いーよまた浴びれば」

 まだ生乾きの彼の黒髪を触りながらそう話しかけても、彼はそんなこと気にすることもなく私の胸元に顔を埋めた。少し濡れた髪が胸にかかり、ちょっと冷たかった。でも彼の体温や吐息は温かくて、私はその温もりを求めるように彼を抱きしめた。ぎゅっと握り返してくれるその力強い腕に、今は自分の全てを預けてしまいたくなる。

「三ツ谷くん…」
「ん?」

 好きだよ。

 そう吐き出しそうになってしまったが、グッと堪えた。一夏限りの関係なのに、なんて浅はかなことを言いそうになっているんだ私は。学生の頃好きだった女がどんな風に成長したのか、彼は見たかっただけに違いない。絶対にそれだけのことだ。だから夏の間だけ付き合おうと言ったに決まってる。こんなにも生きる世界が違う人と自分が結ばれるわけないんだから、好きだなんて言ってしまうことは絶対に間違っている。



 シャワーを浴びて着替えを済ませた頃、三ツ谷くんが頼んでくれたルームサービスの朝食が届いた。小さなテーブルに目一杯並んだ朝ごはんを、二人で一つ残らず平らげた。朝から結構食べるんだねと話しかければ、運動後だからなと揶揄うように私の頭を撫でながら彼は言った。

「三ツ谷くんは何時から仕事?」
「んーそのへん結構自由なんだ。でもそろそろ行こうかな。ミョウジさんも一回帰って着替えるっしょ?」
「うん」
「送ってくよ」
「いいよ、仕事行くんでしょ?私は電車で帰れるから」
「だめ。送る」

 三ツ谷くんはこういうところ頑固だと思う。多分私がいくら言っても送ってくれようとするだろう。仕方なく諦めて、今回はお言葉に甘えさせてもらおう。

「梅雨明けたってニュース見た?」
「うん。さっきネットで見た」
「一昨日あたりからすげぇ暑いもんな。日差しも強いし」

 ジリジリとした日差しは車のフロントガラス越しでも分かるくらい強烈だった。三ツ谷くんはエアコンの風力を一番強くし、片手でシャツの胸元をパタパタと仰ぎながら運転している。それでもじわりと汗が滲み出る。思わず私も鞄からハンカチを出して、自分の首元を拭いてしまった。

「なぁ…夏だしなんかしたいこととかある?」

 赤信号で止まったとき、三ツ谷くんは私の右手を握りながらそう聞いてきた。

「ある!いっぱい」
「うん。なに?」
「花火大会とか夏祭りとかフェスとか?」
「うーん…全部は時間的に無理かも」
「そっか…じゃあ花火大会は?今月末、隅田川のあるよね?」

 ここ数年足を運んでいなかった花火大会。人混みは嫌いだけど三ツ谷くんとなら久々に行ってみたい。三ツ谷くんは私の右手を触っていたその手をポンと優しく私の頭上に乗せながら「じゃあ行こうな」と嬉しい言葉を言ってくれたから、思わず子供みたいに目を輝かせて喜んでしまった。ああ、私、完全に浮かれている。

「ミョウジさん浴衣着てくれんの?」
「着てほしい?」
「うん、着てほしい」
「じゃあ着る」
「紺の生地に水色っぽい花の模様の予想」
「さぁどうでしょう」
「当たったらオレの言うこと一つ聞いてね」
「えーなにそれ」

三ツ谷くんは私の垂れた髪を耳に掛けてくれた。勿論嫌な気なんて全くしない。むしろもっと、ずっと、触っていてほしい。再会したばかりなのに、付き合い始めたばかりなのに、私は怖いほど三ツ谷くんに惹かれてしまっているし、もう胸が騒ぎ出している。だってこれからいつもとは違う特別な夏が始まるんだから。三ツ谷くんと始まる、特別な一夏が。





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