夏咲きの初恋






 ナマエに会いたいと思って合コン後会いに行ったのに、結局自分の気持ちを伝えたら家に入れてもらえずマンションの前で解散になった。そしてその後連絡は来なかったし、こっちから電話しても出てくれなかった。

 終わった。本当にもう、終わった。

 ずっと心に秘めていた想い。ハッキリと自分の中で好きと自覚しつつも認めていなかった想い。いつか伝えなきゃとはずっとずっと思っていたけど、できないままこんなにも月日が経っていた。躊躇っていた原因はこうやって今の関係が終わることを恐れていたから。ナマエと会えなくなるくらいなら自分の気持ちなんて伝えないままでよかったのに…なんかもう我慢の限界だった。

 最悪の結果だ。大人になって社会人になって仕事も波に乗ってきた今…こうやってナマエが自分の中から消えるなんて。あーあ…あんなこと言うんじゃなかったという後悔に襲われて仕事に身が入らない日が何日も続いた。

 ナマエの部屋に置きっぱなしにしてしまった洗濯物。あの中に気に入っているカットソーもあるから本当は返してほしいところだが、こうなってしまった以上もう諦めるしかないかな。それとも今までみたいに気まぐれで合鍵を使って会いに行っていいのかな。それともナマエがいない時間を狙って勝手に部屋に入って洗濯物だけ取って帰ろうかな。…なんか侵入罪っぽいけど。


「おかえり」
「ただいまー」

 玄関で靴を脱ぎながら違和感を覚える。…ん?いまおかえりって言われた?オレの部屋に勝手に入っている奴なんて、アイツ以外…

「ナマエ…?」
「隆遅い。お腹すいた」
「あ、わり…」
「冷やし中華作って。材料冷蔵庫に入れておいたから」

 久々に見るナマエの姿。そりゃ元々会う頻度なんてそんな高くなかったけど、こんなにも連絡も取らずにいるのは初めてだった。久々に聞くナマエの声と、いつもと変わらない態度でオレの家に来ていることに、なんだか涙が出そうだった。

「あとこれ。うちに置いてった洗濯物」
「あー…サンキュ」
「ごめんね…渡すの遅くなって」

 シュンとした様子でそう言って来たナマエに、オレからの連絡を無視していたことに多少なりとも罪悪感を抱いてくれているんだと分かって少し心が軽くなった。気にすんなの意味を込めてナマエの頭をぐしゃりと撫でてからキッチンに行き冷蔵庫から冷やし中華の材料を出した。今日くらい手伝ってくれるかと思いきや全くそうではないらしい。テレビをつけてソファにゴロリと寝転んだナマエを見て、やっぱりナマエはナマエだと感じた。

「ねぇ暑いよこの部屋」
「そう?今麺茹でてるから少し暑いかもな」
「そうじゃなくってー…ほら!エアコンやっぱり28度だ」
「そんくらいで充分だって。省エネ省エネ」
「…エッチする時は温度下げるくせに」
「そりゃ仕方ないやつだろ」

 ピッと電子音が一度聞こえた。どうやらナマエは温度を一度下げたらしい。確かにこうやって鍋の前にいると汗ばんではくるけど、それはそれで夏らしくて案外嫌いじゃない。28度設定のエアコンも、ナマエの為に作る冷やし中華も、オレの中ではもう夏の風物詩みたいなもんだった。

「どう?美味い?」
「うん。美味しい」
「そ。良かった」

 麺を啜る音が部屋の中に響き、時々ポツリポツリと繰り広げられる会話。然程会話がなくてもナマエとなら気まずさも何もなかった。むしろ心地いいというか、長年一緒にいたからこそ気を遣わない楽さがあった。だからこうやって連絡を取れない日々が来ても軽く過ごせると思っていたのに。連絡したのに出てもらえない、所謂拒絶されている状態はさすがにキツさを感じた。

「私さ、自分が隆の彼女だと思ったこと一度もなくて」
「え?うん」

 皿の上の冷やし中華が残り僅かになった時、ナマエはゆっくりと口を開いた。

「だってそんなこと一度も言われたことなかったから。でもそんな言葉がなくてもこの関係ってどこか心地よかったっていうか」
「うんわかる」
「このままでいいと思ってたけど…いやでもなって思ってる自分もいて」 
「うん…オレも、いい加減この関係に終止符打ちたかったっつーか…そういうのがあって」
「うん、それは同感」
「そうなの?」
「だってこんなにずっと一緒にいるのに付き合ってないって、やっぱおかしいかなってずっと考えてて…でも隆が私のことどう思ってるとかイマイチ分からなくて踏み込めないところもあって」
「…好きだよ、ナマエのことは。ずっと前から」

 空になったナマエのグラスに麦茶を注ぎながらそう言うと、彼女はありがとうと呟いた。麦茶に対してか、それともオレが言った言葉に対してなのか分からないけど、どこか消えそうな声でそう言ったナマエはいつもより小さく見えた。

「彼氏彼女ってさ…何するんだろ」
「オレらの場合今までとなんも変わらねーって」
「気まぐれで会いに行くのもおっけー?」
「普通はオッケーじゃないかもしれないけど、オッケーでいいから、もう」
「いいの?」
「だってオレらずっとこうしてきたじゃん。今更やり方変えてヘンになるの嫌だし」
「そういうもん?」
「しらねーよ。オレもお前も誰とも付き合ったことないんだし」

 そっか、とナマエは言いながら麦茶を飲んだ。付き合い方なんてわからねぇけど、オレとナマエのやり方で進めれば、きっとそれはそれで正解なんだと思う。元々付き合ってるようなもんではあったと思うし。でも唯一つ、オレ達がしたことのないカップルっぽいことがある。

「デートでも行くか、今度」
「映画とか?」
「それもいいけど夏祭りがいいな。折角夏だし。高校のときも誘ったのにお前が他の男と行ったから行けなかったし」
「でもあのおかげで初めて気づいたかも。隆以外の人とアレコレするの無理だって」
「もうそれ好きじゃん」
「ね、好きかも」
「かもじゃねぇ」
「…好き。隆が好き」
「遅ぇよバーカ」

 ナマエは笑った。いつもオレといる時に見せるような向日葵のように明るい笑顔だった。生まれて初めて聞けたナマエからの好き、という言葉でとてつもない幸福感に包まれた。好きの二文字だけでこんな気持ちになれるならさっさと伝えておけば良かった。たとえ拒まれても何度でも何度でも挫けず伝えればいいだけだったのに。どんな形であれナマエと一緒にいられる時間を壊したくなくて、お互い臆病になりすぎていた。でも今思うとそれも仕方ないことなのかもしれない。だってオレ達は恋が何かも分からない時に、先に体で繋がってしまったのだから。




 せっかく夏祭りに行くから初めて自分で甚平を作ってみた。あんまこういう和服類は作ったことなかったから上手くできなかったが、自分への課題が見つかったってことでこれはこれで作ってみて良かったと思う。

 スマホを見ると待ち合わせ時間ジャストだった。今までお互いの家に直接行くだけの関係だったから待ち合わせというものをしたことがなかった。だからこそ記念すべき初デートの今日は、カップルっぽく待ち合わせしてみたいとナマエが言ったのだ。アイツでもそんな可愛いこと言うのかとちょっとびっくりしたけど、そんなところすら愛おしく思えてしまう。

 一人でナマエを待っていると、いろんなカップルに目が行った。小学生、中学生、高校生、そして大人。オレ達だってああやって夏祭りに行くチャンスなんて今まで何度もあったのに、一度も行ったことないというのも改めて思うと不思議だ。だいぶ遠回りしてしまったけどこれから始まるナマエとの新たな関係に、思わず頬が緩んでしまう。

「隆」

 聞き慣れた耳に優しい声に名前を呼ばれて振り返ると、浴衣姿のナマエがいた。高校生のとき好きな男と祭りに行った時は私服だった。でもオレと行く時はこうやって浴衣を着てくれたことに嬉しさしかなかった。

「待った?遅れてごめん」
「全然」

 じゃあ行こっか、と左手を差し出せばナマエの細い右手が重なった。小6の夏に始まったオレ達が十数年後の夏にこうして新たな一歩を踏み出すことがなんだか感慨深いなと思いながら、手を繋いで外を歩いた。オレにとってもナマエにとっても、お互いが最初で最後の相手になる予感をひしひしと感じながら。










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