大人になった君と






「部活の先輩がミョウジに告りたいって言ってんだけど、アイツって彼氏いないよな?」

 登校して朝イチにそう聞いてきたのは、ナマエと同じテニス部に所属するクラスの男子だった。

「え?いや、」
「女テニの奴らにも聞いたんだけどさ、いないよな?三ツ谷小学校の頃からミョウジと仲良いって聞いたから一応確認で聞いておきたくて」

 え、彼氏いないって言ってんのアイツ?は?そうなの?オレ彼氏じゃねぇの?いや確かに付き合ってるとか人に話したことはない。それは周りに冷やかされたり、下ネタで頭いっぱいの男子達にオレとナマエのあれこれを想像されれのが嫌だったから。でも彼氏いない、とハッキリ言われると……反論したくなる。

「え…いねぇの?アイツ」
「え!?むしろいんの?誰?他校の奴とか?」
「あー…だった、かな」
「まじ!?」

 話がややこしくなる予感は確実にした。それでもアイツが彼氏いないフリーな状態だということは否定しておきたかった。その告ろうとしている先輩とやらも周りにナマエに彼氏がいるかしっかりリサーチかけてるあたり、多分ナマエに本気だろうから。なんとしてでも告白は阻止したい。

「なになに?何の話ー?」
「ミョウジが他校に彼氏いるらしい」
「まーじ!?あーやっぱなぁ…アイツなんっか処女っぽくねぇもんなぁ」

 早速面倒くさい展開になった。集まってくんな馬鹿野郎共が。しかもなんですぐそうやって性的な話に持っていくんだよ。頼むからやめてくれ、ナマエのそういうこと想像すんのは。

「ミョウジが他校の男とヤってんのか〜うわぁいいなぁ」
「え、お前ミョウジ狙ってたの?」
「狙ってるっつーか…なんか雰囲気あるからエロいこと考えちまう」
「体細いのに胸デカくなってきたよな?ブラウスの前ボタンが前より張ってる感じがする」
「わかる!あ、それさぁ、彼氏できて揉まれてるからじゃん!?」

 一瞬で頭に血が昇るのを感じた。そして次の瞬間、ほぼ無意識的に鞄を肩から外して思いっきり床に叩きつけていた。凄まじい音が教室内に響き、周りの奴らが驚いた目でこっちを見ていた。やっちまったとは思った。思ったけど、限界だった。ナマエのことをそういう風に言われるのは無理だ。無理すぎる。

「…くだらねぇこと言ってんじゃねーよ」

 周りの奴らを一瞬睨みつければ顔を青くしてごめんと小声で謝られた。床から鞄を拾って黙って教室を出るまでずっと、クラス中がシンと静まっているのを背中に感じた。学校で騒ぎを起こしたいわけじゃない。でも今回は仕方ないことだと思う。むしろ手を上げなかっただけ褒めてもらいたいくらいだ。



 その晩、東卍の集会が終わってから携帯を見るとナマエから「ちょっとツラ貸して」なんてどこのヤンキーだよって口調のメールが入っていた。何を聞かれるかは心当たりがありすぎる。迎えに行くからマンションの前で待ってるように伝えてから、バイクに跨った。


 「私に他校の彼氏がいるとか言ったの、アンタだよね?」

 ナマエのマンションの裏にある小さな公園にバイクを停めて、その場で立ったまま話し始めた。ナマエは明らかに怒っていた。もしかしたらオレはナマエを怒らせる天才なのかもしれかい。

「…だって、お前に告ろうとしてる奴がいるって聞いたから。そう言っておいた方がお前も楽だろ?」
「楽じゃない。クラスの子からも部活の子からもなんで隠してたの?って聞かれまくってしんどかった」
「ごめん…友達に嘘つかせた感あるよな」
「うん。嘘しかないよね」

 嘘しかないって、そんな言い方もひどすぎないかと思ったが、よく考えればオレ達は「付き合おう」という言葉を交わしたことがなかった。あの小6の夏の日からもう2年経った。2年間ずっと、会えば体を重ねてきた。でも彼氏彼女っていう関係かって聞かれると…思えば曖昧なもんだった。好きだとも言ったことがない。たとえ行為中であっても。心の中ではしょっちゅう好きだとか大切だとか守りたいとか言ってるのに、言葉に出すのはむず痒くて…できていなかった。

「しかもなんかクラスでキレたんだって?」
「だからさぁ、それはクラスの奴らがお前でヤラシー想像し始めるから…お前知ってる?結構男子にそういう目で見られてるよ?」
「そんなこと言われたって…どうすればいいのよ」
「知らねーよ…もっと地味に生きろ」
「そっちだって…見た目も行動ももっと地味にしなよ」

 ああやばい。本格的に喧嘩になっている。少なくともオレはナマエを守ったつもりだったのに。先輩から告られるのも、男子達がイヤラシイ目で見てくるのも、絶対ナマエは嫌がるはずだから守ってやったつもりなのに。なんで、なんで分かってくれないんだ。

「…隆のばーか」
「あ?」
「ばか、あほ、おたんこなす」
「なんだようぜぇな」
「だって馬鹿なんだもん」
「馬鹿って言う方が馬鹿なんだよ」
「………」

 くだらない、まるで小学生みたいな言い合いをした後に流れた沈黙。それが3分だったのか5分だったのか、はたまたもっと長い時間なのか判断できなかったけどそれなりに長く感じた。ああ、気まずい。男同士だと言い合いになってもこんな沈黙が続くことってないから、正直どうすればいいか分からなかった。

「…これって喧嘩?」

 どうしようと心の中でモタついていたら、ナマエから言葉を発してくれて安堵した。ナマエは足元の砂を靴の先で弄りながら、顔を上げることなく喋った。横顔から見える睫毛が長かった。…あれ、こんな長かったっけな。マスカラとかつけるようになったのかな。そういえばいつからナマエはレースがついた大人みたいな下着を着けるようになったんだっけ。いつからヘアアイロンを使うようになったんだっけ。いつから…、こんな大人っぽくなったんだっけ。一番近くで見ていたつもりなのに、こう考えると彼女の変化がいつ起きたのか全く覚えていなかった。

「喧嘩、かもな」
「そっか。初めてしたかもね。こうやってながーい沈黙で気まずいの、初めて経験した気がする」
「うん、オレもそう思った」

 見た目上の変化だけじゃない。ナマエは精神も大人になった。気まずくて沈黙を破る最初の一言が出せないオレと違って、すんなりと言葉を発してくれた。そして怒ることも拗ねることもなく、いつもどおり話してくれる。そんな大人になった幼馴染の変化に焦りを感じた。オレが他のチームの奴らと殴り合いの喧嘩をしている間に、ただ仲間と馬鹿騒ぎしている間に、ナマエは成長を遂げていたから。そんなナマエに置いていかれる気がした。ナマエがいつかオレを置いて知らないところへ行ってしまうような、そんな感覚に襲われた。

「仲直りしよっか」
「…オレんちいま母ちゃんも妹もいるから」
「別にエッチしなくてもいいじゃん。しないと仲直りできない?」
「いや、そんなことねぇよ」
「良かった」

 安心した様に笑うナマエの顔に胸が苦しくなった。いつだかオレが仲直りしようと言ってナマエの家の中に入り押し倒したことがあったから、仲直りってそういうことだと思ったんだろう。確かにセックスは手っ取り早い仲直りの手段かもしれないけど、そんなのなくたって分かり合える関係なはずなのに。そのくらいナマエとはたくさんの時間を共有してきたはずなのに。

「じゃあ仲直りの…握手?」

 そう言って差し出された手のひらをぐっと掴み引き寄せてナマエにキスした。セックスの時以外で、しかも外でするのは初めてだった。

「…隆、なんで…」
「仲直りだろこれで」
「うん…、そうだね」
「ごめんなナマエ」
「ううん。分かってるから本当は。隆は私を守るためにあんなことしたんだよね?」

 ナマエには全てお見通しだった。それすらも悔しいし、置いて行かれた気分になった。ナマエを守るのはオレだし、ずっとそうしてきたつもりだった。でもなんだかもう、オレが大人になったナマエに守られているような、そんな気分になってしまった。






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