過ちにしないでね






「さっき何でミョウジと職員室呼ばれてたの?」

 夏休み明け、面倒くせぇ始業式なんかが終わり通常の授業が始まった日、オレはナマエと共に職員室に呼ばれた。まさか夏休み中のあの出来事が学校にバレた…?と一瞬焦ったが、オレ達が人に話さない限りそんなことはありえない。そしてオレは誰にも話していないし、ナマエも多分そうだと思う。だから2人で呼び出しされる理由なんて、あと思いつくのは一つだけで。

「宿題。写し合ったのバレた」
「え?お前ら一緒に宿題やってたの?」
「そう」
「夏休み中に?」
「そう」
「二人で?」
「そう」

 マジで?ってクラスの奴らがちょっと驚いた声を出した。やっぱりこの歳ともなると女子と二人っきりで過ごしてるってなると好奇の目で見られる。そして二言目にはお前らなんかあんじゃねーの?ってニヤニヤした目で聞いてくるんだ。そうだよ、なんかあるよ、オレとナマエは。もうただのクラスメイトでも幼馴染でもねぇんだよ。

「えー二人で宿題って…お前らなんかあんじゃねーの?」

 ほら来たと言わんばかりに聞いてきたのは田中。非童貞の田中。他の男子から崇められる存在になっちまった田中だ。…別にもうお前だけじゃねぇけどな、卒業したのは。

「なんもねぇよ」
「えーマジで?もしかして夏休み前にオレが譲ってやったゴム使ったりしてねぇよな〜?」
「使うかよ。あんなんもう水風船にして遊んで捨てたワ」

 ナマエとしたことについてコイツらに話すつもりはこれっぽっちもない。コイツらがナマエのことをイヤラシイ目で見てくるのだけは絶対に避けたかったからだ。変な目でナマエのこと見んじゃねぇ。アイツのあんな姿を知っていいのは、オレだけだ。






「…あれ?ナマエ?」

 自宅の玄関の前でランドセルを抱えてしゃがんでいる一人の女子がいた。それがナマエだと分かるとオレの足は自然と弾んだ。

「どーした?いつから待ってたの?」
「遅いよ隆…あっつくて溶けるかと思った」
「わりーわりー。田中たちとドロケイしててさ」
「この暑さの中?しんっじられない…」

 とりあえず入れよ、と玄関の戸を開けてナマエを中に入れた。外よりはマシとは言えど家の中もサウナのように蒸し暑かった。

「あっつ…エアコンつけよ」
「隆んちのエアコンいつも暑い。26度くらいにしてよ」
「無理。電気代上がると母ちゃんに殺される」

 扇風機もつけてやるから我慢しろ、と言うとナマエはすぐさま扇風機をつけてその前に座った。暑い暑い言いながら首元に流れる汗をタオルで拭いていた。頸に張り付いている髪の毛を見ていると、あの日の情景が浮かび上がってきて思わず生唾を飲んだ。…今日は特に約束なんてしてないけど、ナマエは何しに来たんだろう。またオレとヤりたいと思って来てくれたんだろうか。きっとそうだよな、家に来たってことは…。そんなことを考えながら麦茶を注いでいると少し溢してしまった。

「麦茶どーぞ」
「ありがとう。…あー冷えてて美味しい」

 冷房がまだきいてない室内は、室温30度くらいはあると思う。この暑さが余計あの日のことを思い出させる。今日はどうやってそういう雰囲気に持っていけばいいんだ。あの日はそんなこと意識せず、勝手にそういう事になっていたけど…。

「あの…ちょっと、話があって」
「え?」
「この間のこと、で」

 麦茶の入ったグラスを両手で握りながらナマエは言った。その改まった言い方にいい予感はしなかった。あの日のことはなかったことにして、とか。もうオレとはああいうことはしたくない、とか。とにかく自分を否定する言葉しか想像できなくて胃がキリキリと痛み出した。

「あの…変なこと、言うけど」
「…なに?」
「生理が……来ない」

 生理?全く想像していなかった単語に思わず顔を歪めてしまった。生理って……あの生理?いや知ってるようで詳しいことは知らねぇんだけど。

「どういう意味かわかる…?」
「えーっと…毎月来るんだよな、それって」
「そう、毎月…大体一定の期間で。それが…来ない。もしかしたら、この間したことが原因かもって思って…」
「…え!?そういうこと!?」
「いやまだ分からないけど!」

 それってつまり…妊娠?…え?小学生でもできんの?あっでも生理があるってことは、できるってことか…?え、それってかなりヤバくねぇか?どうすりゃいいんだよ?

「え、オレ…ゴム、使ってたよな?」
「う、うん…」
「生で少しも入れてないよな?」
「うん…でもちょっと雑誌に書いてあるの読んだことあるんだけど、正しくつけてないと意味ないとか…失敗するとか…」
「え…あ、え……マジ?」

 水風船以外の用途で初めて使ったから、正しく装着できてたかって言われると正直自信ない。つける時なんて、頭ん中興奮しまくっててそれどころじゃなかったし。でも漏れてたとかはなかったけど…。でもオレなんかミスったのか?え、かなりヤバくないかこれ?どうしたらいいんだよ?

「え、っと……病院行く?」
「いやだよ!」
「でもじゃあ…どうすりゃいい?」
「分かんないけど…」

 12歳のオレ達が話し合ったところで何の解決策も生まれなかった。どうしようどうしよって言い合うだけで、なんもできない。でも今一番不安になっているのは間違いなくナマエだ。だからオレが、しっかりしないと。

「ごめん突然こんな話して…」
「いや全然。…こっちこそなんかごめんな」
「とりあえず報告は以上なので……帰ります」

 残っていた麦茶を飲み干したあと、ナマエは立ち上がって靴を履いた。やっと冷房がきき始めたのにもう帰るのか。もう少し一緒にいたかったのに。別に何するわけでもなく、ナマエと一緒にいたかったのに。

「お邪魔しました」
「ナマエ!」
「ん?」
「万が一のことがあったら…オレ責任とるから!」
「…え?」
「絶対ナマエのこと一人にしないから…!」

 だからなんかあったら絶対に頼って。そう言ってナマエを抱きしめた。彼女に触れるのはあの日以来だった。今日はあの日と違って、汗を吸ったTシャツ同士が擦れ合った。でもあの日と同じようにナマエの汗の匂いがして、アホなオレの脳は興奮していた。

「ありがとう、隆」
「うん」
「…ありがとう」

 泣きそうな声を押し殺しながら吐かれたありがとうという言葉が切なくて仕方ない。ナマエが自分のせいで泣くのはどうしても耐えられない。だからなんとかしないと。オレがナマエの涙を止めるために、ナマエの笑顔をまた見るために、なんとかしないと。





「隆!」

 その3日後、あの日のようにナマエはうちの玄関の前で座ってオレを待っていた。灼熱の太陽の下、待たせてしまったことに今日も申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 この3日間、どうしたらいいか分からずとりあえず保健体育の教科書を読み返した。図書館で他の本を調べてみようとも思ったけど、普段図書館なんて行ったことないから本の調べ方もよく分からなかった。かと言って学校の図書室で調べてるのを周りに知られたくないし…結局保健体育の教科書しかなかった。

 でもそれだけじゃ気持ちが落ち着かなくてドラケンに相談してしまった。アイツ自宅があんな感じだし詳しそうだから。案の定、すげぇ落ち着いた態度で「彼女何日遅れてんの?」「そんくらいのズレならよくあるからもう少し待っとけ」「体調の変化は?」とか…悔しいけど、なんだか大人に相談したような気持ちになった。だから言われたとおり、数日待ってみたんだけど。

「ナマエ…どう?あれから」
「大丈夫だった!」
「え?」
「ちょっと遅れてただけみたい…ごめんね騒いじゃって」
「マジ!?はぁ〜〜…ンだよ焦らせんなよ」
「ごめんて」

 一気に気が抜け、玄関の前ででしゃがみ込んでしまった。ナマエはもう一度謝りながらオレの目の前にしゃがんだ。

「よかったよ、ほんと」
「そうだね。これからは早とちりしないようにするよ」
「…おう」

 これから、がまだある。ナマエは深いこと考えずに言ったんだろうけど、オレはその言葉に深い意味を感じてしまった。そうか…あれっきりじゃないんだなオレ達。

「寄ってく?」
「んーん。今日は習い事あるから」
「そ、か」
「また…今度、ね」
「…おう」

 照れ臭そうに、消えそうな声でそう言ったナマエが無性に可愛く見えた。いつからか分からないけど、やっぱりナマエはオレにとって単なる幼馴染じゃなかったんだ。オレの特別な、一人の女の子。そう思った途端ナマエに触れたくなった。今日は出来ない日だって分かってるんだけど、でも少しでもいいから触れたい。だから目の前にあるナマエの顔に近づき、唇を重ねた。半開きだった彼女の唇を割って少し舌を入れたのは、ちょっとした好奇心だった。

「…隆ポカリ飲んだ?」
「え、嘘わかったの?」
「うん…ポカリの味がした」
「バレたか。暑すぎて我慢できなくて途中で買ったんだよね」
「寄り道いけないんだー」
「寄り道じゃねぇもん。通学路にある自販機で買っただけだし」

 言い訳が上手いね、とナマエが笑う。そう、この笑顔がオレは好きでずっとそばで見ていきたいって思ったんだ。ナマエの特別はオレであってほしいし、オレの特別はずっとずっとナマエだけでいい。そう強く思った。









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