そこに広がるいちご味






 ナマエから貰ったのは義理チョコだと分かってはいた。だって俺らの関係は単なる幼馴染。普通の幼馴染とは違うっちゃ違うけど、結局恋人同士ではないんだからやっぱりこの関係の名前は「幼馴染」でしかない。でも今年のバレンタインの前に、初めてナマエへの気持ちを自覚した。コイツから貰うなら義理じゃなくて本命がいい。つーか義理貰うくらいだったらむしろ要らない。コイツから義理でチョコなんて貰っても嬉しくも何ともないから。でもそんな俺の思いには気づかず、ナマエはバレンタインの日に「はい義理チョコ」と言ってどこぞの洋菓子店で買ったと思われる小さな箱に入ったチョコを渡してきたのだ。

「ナマエーいるー?」

 学校でホワイトデーのお返しを渡すのは嫌だった。他の奴らに見られてなんか言われるのは俺もナマエも嫌っているから。放課後一旦家に帰って、予め買っておいたチョコボールとアポロを掴んでナマエの家のインターホンを押す。一応、カワイイ袋に入れておいたけど、中身は所詮スーパーで買った市販のチョコ菓子。義理だと宣言されて渡された物に対してどうしても気合い入れた物を返す気にならなかったから。俺なりの小さな嫌がらせのつもりだったりする。

「隆、もう来たの」
「ん。この後集会あっから早めに来た」
「そっか。上がる?」
「うん」

 おばさん達がまだ仕事から帰ってないこの時間帯に家に上がらせてもらうのも、もう慣れたもんだ。トップク姿でピンク色の可愛い紙袋を手にして来た俺の姿はさぞかし滑稽だろう。ナマエの口元が少し笑ってるからそう思ってるのも見え見えだった。

「はい。ホワイトデー」
「わーい…って本当にチョコボールとアポロ!?」
「そうするって言ったじゃん。忘れたの?」
「忘れてないけどさ…本当にそうするとは…」

 こんなんだからモテないんだよ、とナマエは眉間に皺ん寄せながら言った。別にモテなくていいし、お前以外からは。

「要らねぇなら返せ」
「いや貰うよ。ありがと」

 チョコボールとアポロはコイツが好きな市販のチョコ菓子トップ2だ。俺がちゃんとそれを把握してこの二つをチョイスしたことに気づいているんだろうか。ナマエが仲良くしてる女友達でも知らないようなことも、小さい頃からずっと近くにいた俺なら知っているって分かっているんだろうか。早速アポロを開封して口にの中に放り投げるナマエの肩を後ろから抱いた。そのまま「お前のこと一番分かってるのは俺だから」と言えたら、どんなにいいか。

「…なに?」

 至近距離で動くナマエの口元から香る、いちご味のチョコの匂い。別に俺はアポロもいちご味のチョコも特段好きってわけじゃない。でもガキの頃からナマエがこれを好んで食べているからか自然とこの匂いには唆られる。目の前にあるナマエの唇をぼんやり眺めながら口から溢れた言葉は、完全に無意識のものだった。

「…なぁ、食っていい?」
「アポロ?」
「違う。お前を」

 返事が返ってくる前に、吸い込まれるようにいちご味の唇を塞いだ。来年はアポロなんかじゃない、本命チョコのお返しに相応しい物をコイツに渡せることを願いながら。

 






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