この腕の中に収まって







 冬の体育館は寒い。いや、外の体育も寒ィけど、日が出てる日は外の方が幾分かマシな気がする。体育館特有の底冷えしてくる感じは男の俺でも嫌なもんだった。女子なんて体育のたびに寒い寒いと煩いくらい騒いでいる。なんで女ってあんなに寒がりなんだろう。筋肉ねぇから?ナマエもすげぇ寒い寒い言うしな。でも夏は暑い暑いうるせぇし。…要は我儘なだけか。

 今日は体育館を男女で半面ずつ使ってバレーボール。今日も今日とてうちのクラスの女子は寒い寒いと呟きながら整列していた。勿論ナマエもその中の一人だった。手がすっぽり隠れたジャージを着て、友達と体を摩り合っている。その格好を見ていて何故か少し違和感を覚えた。

「なー…なにあれ。ミョウジのジャージ、ブカブカじゃね?」

 横でそう呟いてきたクラスの男。その言葉を聞いて合点がついた。だよな、あれ絶対ぇデカいよな。いつもあんなんじゃなかったよな。

「あれ絶対男の借りてるだろー」
「あぁ彼氏から?」
「ちげぇって。ミョウジの彼氏は他校生。だよな?三ツ谷」
「ん?あ、あぁ」
「じゃあアレ誰のだよ」

 夏頃にナマエに告白しようとしてる先輩がいるからと、ナマエには他校の彼氏がいるという設定にしたことなんてすっかり忘れていた。そんなことよりナマエが着てるジャージの持ち主だ。アイツが校内で俺より仲のいい男がいるとは思わない。つか、いない。むしろいたら相当気分悪ィんだが。目を凝らしてナマエが着ているジャージの胸元に印字されている名前を見たクラスの男子が「あぁ」と納得したように言葉を吐いたのも、なかなか気分が悪くなるもんだった。

「あれテニス部の3年生のジャージだよ」
「ヒューッ。男の先輩にジャージ借りるなんてミョウジもやるなぁ」

 …うわ、最悪だ。ほんっとに男のジャージ、しかも3年のを借りてるとか。これでどうせまたその先輩と付き合ってるとか噂されるんだろ。絶対ェ貸した奴もそれがオイシイと思って貸してるだろ。…まじ最悪だ。思わず舌打ちしてしまうほど、最悪だ。

 体育の授業が始まってもナマエはジャージを脱ぐことはなく、時折先生からしっかり手を出すようにと注意され慌てて捲っていた。ダボついたジャージを捲るナマエの姿を見て「いいなぁ彼ジャージ。あのサイズ感やべー」なんて言う奴がいるからますます気分は悪くなっていった。つーか「彼ジャージ」じゃねぇから。「ただの先輩ジャージ」だから。




「おい」

 授業が終わり、体育館倉庫にボールを片しているナマエに背後から声をかける。「あ、三ツ谷くん」と平然とした調子で返事をするナマエに、ちくりと心が痛んだ。

「お前これ何」
「え…?ああ、上のジャージ忘れたから部活の先輩に借りたの」
「なんで先輩なんかに借りるんだよ」
「隣のクラスの友達みんな持ってなくて」
「そうじゃねぇよ!何で男の借りてんのって聞いてんだよ」

 クラスの奴らが体育館から出て行く声が聞こえる。そんな中、倉庫の中に俺とナマエは二人きりでまだ残っている。そもそも校内で俺達は二人きりになることはなかったし、話すのもクラスメイトとしての必要最低限レベルだった。だからもしこんなところを見られたら…ナマエは怒るし嫌がるだろう。でも今はそんなこと言ってる場合じゃない。このどこにぶつけていいのか分からない苛立ちを鎮めることが最優先だった。

「…先輩が、たまたま廊下歩いてて俺の貸すよって言うから……」
「要りませんて言えばいいだろ」
「でもこんな真冬に半袖で体育やる方が浮くじゃん」
「ブカブカの男子のジャージ着てる時点で十分浮いてたぞ」
「寒いんだから仕方ないじゃん」
「お前さぁ、なんで俺に言わなかったの?」

 その言葉にナマエは驚いた顔をすることはなかった。きっと他の男のジャージを着て俺が何か言ってくることはある程度予測できていたのだろう。彼氏ではないのかもしれないけど、ナマエに一番近くてナマエを一番知っている男は絶対に俺なんだから。

「言えるわけないでしょ」

 だから分かっていた。ナマエがこう言ってくることも、分かっていた。ナマエが俺のジャージを着て体育に出るなんて、そんなこと絶対にしないって分かっていた。…分かっているけど、どうしようもないことなんだけど、我慢できなかった。

 ナマエの着ているジャージのファスナーを下ろして脱がして、体育倉庫の床に投げ捨ててやった。そして半袖一枚になって寒さで縮こまるナマエに、自分のジャージを脱いで着せた。

「ほら、こっちのが似合うじゃん」
「いやいや…同じジャージでしょ」
「でもこっちのがいい」
「うん…隆の匂いがする。私もこっちの方がいい」

 手首のところでくしゃくしゃになった袖を自分の鼻に持っていき匂いを嗅ぐナマエ。その姿を見ているとやっぱりコイツは俺のものだって強く思えてきた。俺のジャージに身を包むナマエの体に手を回し、そっと抱きしめて彼女の細い肩に頭を預けた。

「…隆の匂いだ」
「うん…俺だもん」
「半袖で寒くない?」
「寒くない。ナマエがいれば、寒くない」

 俺の髪を二、三度撫でた後、小さい子供を慰めるかのように俺の背中を優しく撫でてきた。ナマエは俺のだ。俺のなんだ。たとえ周りに言えないような関係でも、俺だけが触っていい奴なんだ。

 頭を上げて至近距離にあったナマエの唇にそのまま自分の唇を預けた。一度だけでは満足できず、二度三度とキスを繰り返す。ナマエは抵抗することなく、俺の背中を撫でながらちゃんと応えてくれていた。

「ねぇ。ここ学校ですが」
「…だな」
「べろちゅーはちょっと、だめ」
「じゃあ舌入れなきゃいいってこと?」
「…ううん。どっちもアウト」

 夏に初めてナマエと外でキスをしたけど、学校でするのは初めてだった。普通は人に見られてないかという緊張感を楽しむもんなのかもしれないけど、なんかそんな余裕もないくらいただ夢中になってナマエにキスをし続けた。俺のブカブカのジャージを着て俺の腕の中に収まるナマエを見ていると、ジャージを貸してきた3年の先輩に対して優越感を覚えた。それがものすごく快感だった。

「なぁ…放課後うち来てよ」
「え…今日?」
「うん。来てよ、ナマエ」
「…分かった」

 チャイムが鳴った。寒くて薄暗くて埃臭いこの体育館倉庫に、俺達は何分間いたんだろう。俺の腕から抜けたナマエは、床に落ちていた先輩のジャージを拾って軽く埃を叩いていた。その様子を片目で見ながら、臨戦モードに入ってしまった自身を沈めるべく横にあったマットに座った。

「あー…先行ってて。色々やべぇし」
「うん。立派に勃ってますね」
「おいこらハッキリ言うなや」
「ごめんね」
「謝るなよ…逆に恥ずかしくなる」
「ううん違くて…嫌な思いさせちゃったよね。もうしない。ごめんね」

 そう言ってナマエは俺のジャージを脱いで俺の腹部に掛けた。そして寒いだろうけど先輩のジャージを羽織ることなく手に持ったまま、帰っていった。

 ナマエに一番近い男は俺だし、俺に一番近い女はナマエだ。だからナマエは俺が一番欲しかった言葉を言ってくれたんだ。俺の心の中なんてアイツには丸わかりなんだ。

 もう二度と、俺以外の男から着る物なんて借りないでくれ。俺が心の中でそう叫んでいたことも、アイツにはお見通しだったんだ。







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