隙間を埋めるもの







 放課後、渋谷の方に向かっている道中、約束していたドラケンから急用が入ったからとドタキャンされた。さて、どうするか。こんなことなら家で服作りの続きをやりたいところだが、生憎作りかけのそれは学校に置きっぱなしだ。面倒くせぇけど学校に取りに戻るかな。今日は家のこともしなくて済む日だから、本当は出掛けていたかったのに。

 そんな時ふと頭の中によぎったのはナマエの顔。今日は木曜日。ナマエの所属するテニス部も部活がない日だ。アイツ暇してるかな。そう思いながら制服のポケットから携帯を出して連絡してみる。

「もしもしナマエ?今日部活ねぇよな?いま家?」
『家…だけどコンビニ行こうと思ってたとこ』
「じゃあ合流しよ。お前んちから一番近いファミマでいい?」
『やだ。セブン行きたいの』
「ちょっと遠いじゃん…まぁいいや、りょーかい」

 ぱちんと携帯を閉じてセブンイレブンに向かう。部活がないか俺が確認してきたっつーことは、そういうことだってナマエは分かっているはずだ。今日はうちの母ちゃんがいるから俺んちは使えないが、アイツの親は留守にしてるのかな。まぁこの時間ならおじさんもおばさんもまだ仕事から帰っては来ないだろう。

 目的地のコンビニにいち早く着いた俺は、寒ぃし腹も減ってたから肉まんを買ってコンビニの前で頬張りながらナマエを待った。遅ぇなアイツ。まぁアイツんちからここまで結構距離あるし仕方ないか。でもこのままだと肉まん全部食べきってしまいそうになる。半分はナマエにあげたいし、このくらいで我慢しておくかと思っていると「ねぇねぇ二中の子?」と誰かに声を掛けられた。

「あ、カワイ〜。ねねっ、渋谷二中だよね、制服的に」
「そーっすけど…」
「ねぇ何してんのぉ?暇してるならお姉さん達とカラオケでも行かない?」

 きゃっきゃと笑いながら声を掛けてきたのは、見知らぬ女子高生のグループ。すげぇスカート短くてこんな気温の日にすげぇなと思わず感心してしまう。俺が言えたもんじゃないけど派手な髪色にぐりんと巻かれた長い髪(これまた俺が言えたもんじゃないけどすげぇ傷んでる)、ばっちばちのつけまつ毛に目を囲んでいる真っ黒なアイライン。まぁよくいる派手な女子高生達だった。

 東卍に所属してからドラケンやマイキーみたいのと連むようになったからか、こういう派手な女に声を掛けられることも時々あった。つーかまずドラケンのとこの店にいるねーちゃん達がこんな感じの人多いし。だからこういう女に声を掛けられたくらいでビビることも喜ぶこともなかった。ただ結構真面目に、興味が湧かない。

「すんません。暇じゃねーっす」
「え〜?本当にぃ?もしかして待ち合わせ中?」
「うん。彼女待ってるんで」

 なるべく嫌味にならないように、彼女達をイラつかせないように、にこりと笑顔を浮かべながらそう言えば「かわい〜!彼女だって!」と彼女達は高い声で笑った。うんまぁ、とりあえず不快感は与えなかったようだ。

「じゃあ彼女にフラれたらお姉さん達が慰めてあげるから言ってねー」

 そう言って頭を撫でようとする女子高生。いやいらねーからそういうのって思いながらスッとその手を避けるように頭を動かしてしまった。…あ、やべぇ思わずこんな行動をとっちまったけど、文句言われるかな。

「じゃあその時は是非お願いしますね。また今度遊んでくださーい」

 なるべく波風立たぬように穏便に終わらせたかった。
だってナマエと待ち合わせ中に他の女と揉めるとか絶対ぇやだし面倒くせぇし。またカワイ〜と言いながら手を振って去っていく彼女達に適当に手を振り返し、とりあえず何事もなく終わったことにホッとした。もう一口だけ肉まんを食べようかと口元に持ってきた時、背後から「ねぇ」と声を掛けられる。ああこれは、さっきの女子高生達と違って随分と聞き慣れた声だ。

「お、遅かったなナマエ」
「…私いつから隆の彼女になったの」
「ん?別に彼女みてぇなもんじゃん?」

 さっきの人達とは違って俺の笑顔も通じないのがナマエだ。明らかに機嫌が悪そうな、なんか灰色っぽいオーラを纏いながらこっちに近づいて来る。

「いや違うでしょ」
「細かいことはいいじゃん。穏便にあのお姉さん達追い払えたんだからさ。あ、食う?」

 違う、というナマエの言葉に少しグサリと来たがまぁ付き合ってるわけではないのだから当たり前か。ナマエの前に肉まんを差し出すとキョロキョロと周りを見てから「食べる」と言った。学校からそこそこ近いこのコンビニだからこそ、周りに見られてないか警戒したのだろう。

「はい、あーん」
「…いや、自分で食べるから」
「なんで?」
「学校の子に見られたら面倒じゃん」
「誰もいないじゃん今。ほら、あーん」

 ナマエと俺の関係なんて学校の奴には誰にも言ってない。正直普通に彼氏彼女ならこんな隠す必要はないんだけど、カラダだけの関係だんて学校中の格好のネタにされるのは目に見えている。それに何より、ナマエのことをそういう目で見て来る男が増えることだけは絶対に絶対に避けたかったから。

 もう一度周りを見渡したナマエは、意を決したように俺の手から肉まんを一口食べた。少し冷めてしまったけど、ナマエは美味しいと言いながら口を動かした。


「もっと食っていいよ」
「ううん、いいよ。隆が食べな。お腹空いてるでしょ」
「ナマエだって空いてるだろ、ほら」
「じゃああと一口だけ」

 そういってもう一口俺の手から肉まんを食べるナマエ。近づいて来る顔にキスしてしまいたくなるけど、さすがに外でそんなことしたら怒られそうだから我慢した。

「コンビニに何買いに来たの?」
「あんまん」
「さっき売り切れになってたぞ」
「えっ困る!」
「我慢しろよ。仕方ねぇだろ」
「やだ。我慢できない」
「我儘だなー」
「違うコンビニまで行こうよ隆」
「しゃーねぇな」

 普段俺と二人で外を歩くことを、ナマエはなんとなく嫌がっていたと思う。でもこんなこと言ってくるってことは相当あんまんが食べたかったんだろう。夏は冷やし中華に目がない奴だけど、確かに昔から冬はあんまんをよく食べていた気がする。残った肉まんを一口で食べ、袋をゴミ箱に投げ捨てた。行こうぜと思わず手を出すとナマエは眉間に皺を寄せた。

「いや、繋がないから」
「冷てぇ女」
「いやいや、普通に考えて繋ぐわけないでしょ」

 断られるとはわかっていたけど、こうもはっきりと言われるとやっぱいい気はしない。ナマエに一番近い男は俺だと思ってるし、俺に一番近い女は間違いなくナマエなのに。なんだかこの絶妙な距離感が悔しいけど心地よくて擽ったくて、こうやってずっと近くに居られればいいのになと思った。

「あんまん買ったらお前んち行っていい?」
「最初からそのつもりだったでしょ」
「まーな。あ、おばさん達まだ帰ってこねぇよな?」
「うん。大丈夫大丈夫」

 やっぱり最初からナマエにはちゃんと俺の意思は伝わっていたことに安心した。いいのか悪いのか、俺達が会う時って必ずそういうことをする時だったから。いつかナマエが俺とするのを嫌がり、この関係が終わる日が来るのかもしれない。その時俺はどうしたらいいんだろう。体だけでなく心で多少なりとも繋がっていると信じているけど、いつかナマエを手放す羽目になることもあるんだろうか。

「今日何時まで居ていい?」
「うーん…7時、かな」
「じゃあ2回はできるな」
「どうでしょうねー」

 悪戯に笑うナマエの顔を見て、いつかナマエが俺を拒む日が来るとしても、それはまだまだ先なんだと自信が持てた。とりあえず近い未来には、外で手を繋げる関係くらいに関係が進捗していれば…いいなと思う。










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