Bitter than Black | ナノ





Bitter than black6

「山崎、只今戻りましたー」
「ご苦労」

しんとした室内で一人でパソコンに向かう土方さんに挨拶をすると、少しもこちらに目を向けないまま挨拶を返された。カタカタと部屋に響くキーボードの音を聞きながら鞄を机に起きスーツの上着を脱いだ。

はー…こんな殺風景な場所だがなんだかんだここが落ち着く。あの煌びやかなビルの高層階にあるオフィスより俺はこっち派だ。


「どうだ?なんか進展はあったかあの女」
「うーん、強いて言えば高杉と知り合いなことは認めたぐらいですかね。あと本当に何も知らなかったですよあの人。このまま張り続けても意味ないんじゃないですか?」
「ある、絶対ある。そのうち高杉とまた会うぞあの女。今に見てろ」
「彼女ってわけでもなさそうだけどなぁ」
「でも高杉が会ってる女はミョウジナマエだけだ。特別な女に違いねェ」

そうなのかなぁ。彼女にとって高杉が特別なのは俺から見ても分かった。何を思ってか、彼女は高杉を擁護しようとしてた、知り合いじゃないと言い張って。惚れた弱みで言いなりになっているだけにも見えたが…よく分からない。


「もう一度尾行したらどうだ、あの女」
「えぇーまたですか?この間してはみたけど真っ直ぐ帰宅してるし、寄ってるのはスーパーとかぐらいで…あ、あと沖田さんのバー」
「そういや総悟は何してんだよ。報告全然上がってきてないぞ」
「知りませんよ…バーテンダーの仕事楽しんでるんじゃないですか?」

俺も潜入するならそういう所が良かったなぁ…。まぁ地味な俺には一般企業の方が絶対に馴染むから、沖田さんだと社内で目立ってしまうからと俺が行くことになったわけだが。そして実際自分でも驚くぐらいふっつーの会社員が似合っちゃうしオフィスにも馴染んじゃってるけどさァァァ!


「でもそろそろ潮時かなぁ。ミョウジさん完全に俺の事怪しんだもんなぁ」
「ナマエさんが何だって?」
「ぅわ!?おっおっ沖田さんいつの間に!」
「たった今。おいザキ茶入れろ。緑茶な緑茶」

自分で入れろよそのくらい、俺だって会社で仕事をしてきた後なんだよ!……って沖田さんに言える日は来るのだろうか。はぁと溜息をつきながらポットに向かう。


「総悟、おめーここ数日の報告書書くまで帰るんじゃねぇぞ」
「それが報告することがなくてですねェ」
「だったら毎日ここに寄って仕事しろ!バーに潜入するだけがお前ェの仕事じゃねぇだろ!」
「ナマエさんも先週以来来てませんよ。高杉に至ってはあの店全然出入りしてる様子ないでさ。あ、でも最近話題のあの裏金騒動の政治家は来ましたよ。女の子のパトロンしてるみてぇで。どうします?週刊文冬にでもネタ売ります?結構なカネになりますよね、こういうの」
「なに真顔で言ってやがる!俺たちの職務は何か忘れたのか!?国家に危険を及ぼすテロ用の特殊警察部隊だろ!」

政治家の裏金は他所の担当だ、と言い放てば沖田さんはカネになるのになぁと口を尖らせる。正直我々はこんな危険な仕事だからそれなりに給与はいいけど、生憎使う暇がないから俺や土方さんなんかは金目に欲がない。沖田さんはわりと金にがめつくなれて、なんだか羨ましい。


「話は戻るが…この間あの女、高杉の仕事のパーティーに同伴してただろ。てことはビジネス相手たちにあの女の顔は知られている。必ず何かしら動きがあるはずだ」
「俺思ったんですけどナマエさんって高杉をよく思ってない連中に狙われる可能性ありますよね、顔知られてるなら。ボディガードつける必要ありますよね、例えば俺とか」
「なんでお前!?」
「どう考えたって俺が適任ですぜ。彼女と顔見知りなのは俺と山崎だけ。山崎は他にも雑務があるだろ?なら暇な俺が…」
「お前は暇じゃねェだろ!」

いや俺はあんたがやらないから雑務増えてるんですけどォォ!と心の中で突っ込みながら緑茶を渡した。熱すぎると文句を言われたがそれなら自分で入れてくれよ頼むからマジ。


「それで…高杉の方はどうなんです?」

そう質問をぶつけると土方さんはだめだと首を振った。

「テロを起こすっつー決定的証拠も出ねぇし奴の会社は潜入もできねぇし…参ったな」
「何やってんだ土方ァちゃんと仕事しろーォ」
「お前ェにだけは言われたくないんだけどぉ!?」


ギャーギャーと言い合う二人は置いておき、土方さんが作り上げた報告書を手に取った。最近の高杉の動向及び例の中華系組織のことが記されている。ただやっぱりなぁ、決定打がない。こいつらと繋がっているのが分かったからと言っても、今の段階じゃただのお友達ですと言われればハイそうですかで終わってしまう。

高杉は警戒心が人一倍強い。基本会社に篭りっぱなしで会食なども極力幹部の者に任せ、自分は表舞台に出ないようにしている。…だからこそ、ミョウジさんという一般人から接触を試みるのが一番手っ取り早いのだが。


「やっぱりミョウジさんしかいないかなぁ」
「お、よく分かってるじゃねーか山崎。彼女は俺に任せなせェ」

でも果たしてほんとうに、この人に任せていいのだろうか。


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