Bitter than Black | ナノ




Bitter than Black 2


俺がナマエと出会ったのは、俺の元で実質ナンバーツーとして働いている万斉のこんな一言からだった。

「晋助、お前もそろそろ女の一人ぐらい作ったらどうだ」
「いらねぇよ。今は仕事が波に乗ってるときだ。女に時間割きたくねぇ」
「しかし今後は海外とのやりとりも増えるだろう?外国ではパーティに自分のパートナーを同伴させる事が多い。いつまでも独り身では恥をかくぞ」
「…それはそうかもな」
「お前が特別な一人を作りたくないのは知っている。せめて都合良く連れて歩ける女の一人や二人、作っておくといいでござる」


そう言って万斉が紹介してきたのは所謂高級交際クラブと言われるもの。俺のような経営者や金が余ってる男達が金銭を渡して会える女を見つける場所。女はどこぞの有名大学の女子大生や芸能事務所に所属している奴らが多いと聞く。

そこで何人かの女と会ったがどいつもこいつも頭の軽そうな女ばかりだった。レストランで食事をパシャパシャと携帯で撮ったり、俺のことを詮索してきたり、頼んでもねぇのに体の関係を持たそうとしたり。

とんだ時間の無駄だった。やっぱり女はいらねェ。しかし万斉はなんとかして俺のそばに女を置こうとしやがる。


「じゃあここに行ってみるといいでござる。普通のバーだが、パトロンを探している女もちょくちょく出入りしていると聞く。店柄そんな煩く厚かましい女はいないと思う」


半信半疑だが、仕事終わりにそのバーに立ち寄ってみた。確かに落ち着いた場所にある静かなバーだった。ゆったりと店内で流れている音楽も静かで心地よい。なかなかいい店だ。…しかしこの中から自分で女を見つけて声をかけるってか?めんどくせぇな。

店内を見渡すと男女で来ている者、男一人で飲んでいる者が点在している中で、ひとりで奥の席で飲んでいる女がいた。どんな女かと近づき、顔を見た。


「…こんばんは」
「こんばんは。一人か?」
「はい」
「ご一緒しても?」
「ええ、どうぞ」


女は読んでいた新聞を脇に置いた。適当にカウンターで酒を頼み、彼女が座るテーブル席の向かい側に腰を掛けた。歳は俺より少し若いくらいだろうか。服装、髪、化粧、全てを綺麗に仕上げていて、この間の交際クラブにもよくいたような見た目の女だ。でも纏う雰囲気がやけに落ち着いていてどこか冷然としていた。


「よくここには一人で来るのか?」
「いえ、二度目です」
「金銭援助してもらえるような相手を探しに?」
「一応はそうですね。でもそういうのってご縁ですし、良い方からお声がけいただけたら、ぐらいにしか思ってません」
「欲がねぇ奴だな」
「よく言われます」

口数が少ないわけではなさそうだが、喋り方が静かな女だった。耳障りではないその声は、店内に流れる音楽と同様に心地よく感じる。…この女なら、いいかもしれない。

「あんた、グラビアアイドルの卵がなんかか?」
「えっ?…やだ、私そんな安っぽい感じに見えましたか?」

その返答に俺は思わず笑ってしまった。なるほど、あれを安っぽいと感じるあたり俺と感性が似てそうだ。

「悪い、例えが悪かったな。芸能事務所にでも所属してるように見えたから」
「それは…褒めていただいてる、と解釈していいのでしょうか?」
「そうだな。仕事は何してる?」
「金融機関に勤める普通の会社員ですよ。でも少しだけ、ファッション誌に載せてもらっています」
「読者モデルってやつか?」
「そうですね。でもどこの事務所にも所属していませんよ。本当に細々とやっているだけで…毎月毎月載ってるわけでもないですし」


そこらへんにいる女より見た目が綺麗だが、でもそこまでギラついていなく派手でもない。そのぐらいがちょうどいい。悪目立ちせずちょっと人目を惹くような容姿、落ち着いた雰囲気、一般企業に勤める会社員…。全てに於いて俺が求めているものを兼ね備えていた。


「俺は会社を経営している。時々仕事関係のパーティーなんかにも連れて行ける女を探していた。あんたは俺の条件にぴったり当て嵌まる。一回につきこれぐらいの金額でどうだ?」

初めて女とこんな契約をするためどのくらいが相場なのか分からないが、彼女はその額を聞いて驚いた顔をした。


「えっ、と…」
「少ないか?」
「いや、私実はこういう事初めてで…。これが多いのか少ないのかもお恥ずかしながら分からないのですが」
「奇遇だな。俺もだ」
「読者モデル仲間にここのバーの事聞いて来てみたんですが、なんというか契約に至るまでのイロハも分かってなくて…」
「そんなん口約束でいいんじゃねぇのか?やるかやらないか、あんたが決めな」
「…ぜひよろしくお願いします」

女はそう言って俺に頭を下げた。物分かりのいいなかなか賢そうな女だ。今まで、特に学生時代はなんもしてなくても女が寄ってきた。その中から適当に見繕って付き合った奴もいたが、結局他の女の影が見えるだのなんだの言われて別れた。そんな生活を何年か続けてるうちに女なんて面倒だとしか思わなくなった。そんな俺が今日は自ら女を作りに来てるなんざ、笑い話だ。



「お前、名前は」
「ミョウジナマエといいます。あなたは?」
「高杉晋助だ。…してナマエ、お前は金に困ってるのか。金融ならそこそこ給料もいいだろ」
「困ってるってほどでは…ただもっと欲しいもの買ったりしたいっていう程度の欲です」


やっぱり、この女は欲がない。本来ならこんなことしないで生きていくタイプの人間だろう。だがだからこそ、俺の求めていた性質の女だ。


「いくつか約束事がある。それを守ってくれるってことなら契約成立だ」
「…どんなことです?」
「一つ、俺以外に金銭援助を受ける男を作らないこと。二つ、読者モデルを辞めること。三つ、俺のことをあれこれ詮索してこないこと。以上だ」
「分かりました。お約束します」
「いいのか?折角なれたモデル辞めるんだぞ?」
「折角なれたって程では…大学の頃友達がやっていてそのツテで載るようになったんです。大したお金にもならないし撮影に1日拘束されたりするし…高杉さんに一回デートしていただける方がよっぽど効率いいので」


そう言ってナマエはグラスに残っていた酒を口に含んだ。本当に誌面に載ることに執着はないらしく淡々とした口調で話していた。


「これからよろしくお願いします、高杉さん」


艶やかなルージュで潤う口元を緩ませて作るナマエの笑顔は、よくファッション誌の表紙を飾っている女達のそれと酷似していた。いい女を捕まえることができたと俺の口元も同様に緩んだ。


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