きみの笑顔に首ったけ




三ツ谷くんに自分の気持ちを伝えてから少し月日は経ったものの、恐ろしいほど私たちの関係に進展はない。廊下ですれ違った時に挨拶すれば「おー」としか返って来ない。そして勿論、私が挨拶しない限りは絶っっ対向こうからはしてくれない。三ツ谷くんのクラスの友達に教科書を借りに行った時「席ここなんだね」と話しかけたら「チッ…バレたか」と露骨に嫌な顔をされた日もあった。それでもめげない自分に驚く。いや、これが本気の恋なんだなって思うと、こんなんでも毎日楽しいのだ。




「イェーーー!」
「うっっわ、あっぶね!!」

塾帰り、ちょっと広めの公園の前を通るとやたら騒がしい声がした。覗くと同い年ぐらいの男子たちが季節外れの花火をしていた。ネズミ花火でぎゃーぎゃー騒いだり手持ち花火を口で咥えたり……バカみたい。なんだろう、同学年の他の男子より一歩大人な三ツ谷くんを好きになってから、ああやって騒ぐ男子を見るのが嫌いになった。

「って、あれ林じゃん」

あのヒョロ長い体型とあの声…林だわ。だっさい柄物シャツじゃなく黒い服着ているけどすぐに分かった。ていうかみんな同じ服着てない?なんだろあの集団…金髪ばっかだし…。なんかやだなと思い帰ろうとした時、目の端に見慣れた銀髪が映った。えっ…三ツ谷くん!?三ツ谷くんもいるじゃん!思わず前のめりになり、公園の入り口まで足を伸ばしてしまった。

「一緒に花火する?」
「え!?いやちがっ…」
「お、マイキーナンパしてんの?」

背は小さいのになんかオーラのある男の子と、首元に虎のタトゥーが入った男の子に喋りかけられてしまった。その声を聞いてか、自然と残りの男の子達の視線もこっちに集まる。三ツ谷くんもその中の一人で、私の姿を捉えるとあからさまにゲッて顔をした。声聞こえないけど、今絶対ゲッて言ってた。

「なに?きみドコ中?」
「あ、いや、あの…」
「マイキーこういうの好みなの?」
「いやナンパじゃねぇから」

知らない男の子たちが目の前で私を話題にして、わちゃわちゃと話し始めた。どうしよう…帰りたい。帰っていいかな。ていうかこの人達あれだよね…特攻服着てるしこれ三ツ谷くんが入ってるっていう暴走族のチームなんじゃ……

「あれ?お前なんか見たことある」

マイキーと呼ばれている男の子の後ろから、林がひょこっと顔を出してきた。

「は?同じ学校でしょ」
「だよなぁ?」
「てか去年同じクラスだったし!」
「え、まじ?わりー」

林の野郎…私の名前すら覚えてないのかよ!去年のクラスメイトだっつーのに!林のくせに生意気!だからモテないんだよ!

「なんだっけ名前」
「自分で思い出せばー?」
「なんだよ感じ悪ぃな、教えろよ」
「いやです!」
「はぁ?なんだお前…」
「ミョウジだよ、ぺーやん」

林の肩に手を置きながら登場したのは三ツ谷くんだった。いつも見る制服姿とは違って、特攻服だともろヤンキーに見えるから不思議だ。なんだかちょっと、違う人みたい…。

「あーそうだなお前ミョウジだったな」
「林さいってー」
「まぁまぁ怒んないでやってよ。ぺーやんほぼ女子と関わんねぇからさ」
「なぁこの子三ツ谷の知り合いなの?」
「そう、学校の奴」

“奴”って…友達でもないのか私…とショックを受けながらも一応三ツ谷くんの友達には好印象を持たれたいから笑顔で「ミョウジナマエです。よろしく」と自己紹介をしておいた。すると虎のタトゥーが入った男の子が「へー結構可愛いじゃん」と声を上げた。見た目ぜんっぜん好みじゃないけど、やっぱり異性に可愛いと言われたら純粋に嬉しいし照れる。

「ねぇねぇナマエチャン一緒に花火していかね?」
「うーん、遠慮しておく。もう遅いし帰るね。お邪魔しました。三ツ谷くんと林はまた学校でね」

初めて校外で会った三ツ谷くんともっと絡みたかったが、流石に暴走族の仲間がいる前ではやりにくい。それにそんなことしたら、いよいよ本格的に嫌われそうだし…。公園の出入り口に止まっている何台ものバイクを見て、本当にあの人たち暴走族なんだと改めて思わせられた。三ツ谷くんのバイクもきっとこの中にあるのだろう。なんだか信じられないな…あの三ツ谷くんが、あんなゴツい人たちとバイク乗り回しているなんて。


「ミョウジ!」
「え…、え!?三ツ谷くん」
「お前意外と歩くの早いな」
「あ、うんよく言われる…じゃなくて、どうしたの?」
「送る」
「…ん?なんて?」
「だから、送ってやる。家まで」

三ツ谷くんの口から出た言葉が信じられなくて、脳内で何度もリフレインさせて噛み締めまくった。三ツ谷くんが私を送る…!?飛び跳ねてしまいたくなる衝動を抑えながらなんとかお礼の言葉を捻り出した。たぶん、私いま声震えていた……だ、大丈夫かな。また引かれてないかな。

「…嬉しいのは分かるけどさ、震えてんなよ」
「え!?あ、失礼しました…?」
「いいけどさ。あとちゃんと横並んで歩いて。後ろ歩かれると何かあった時気づけねぇから」
「だめ…三ツ谷くん…」
「は?」
「キュンってした今……」
「そうかよ」

三ツ谷くんと肩を並べて歩くなんて、タンコブできた翌日に一緒に帰ってもらったとき以来だ。あの日から私は彼に興味を持たれなくなり…いや違う、嫌われ、一緒に歩くなんてこと許されない間柄になっていた。なのに今日は一体なんのご褒美ですか。ずっとずっと塩対応だったのに、なんで急に優しさ見せるんですか。

「公園にいっぱいバイクあったけど、あの中に三ツ谷くんのは?」
「あったよ」
「えっじゃあ私送った後また歩いて公園戻るの?」
「そう」
「ごめん…面倒だよね」
「でもお前バイクの後ろに乗せるわけにいかねぇし」
「あっやばいまたキュンとした…!そうだよね、危ないもんねバイクに女の子とか」
「ちげーよ、乗せたらお前また変に期待しそうだし。あとアイツらに揶揄われんのも嫌だから」

漫画みたいにグサッと包丁が私のハートに刺さる音がした。久々に三ツ谷くんとお喋りできたと思ったらまたこれだよ…サラッと傷つくこと言ってくるなぁ。三ツ谷くんと喋るとなかなか精神がすり減る…

「あーごめん。言い方良くなかったよな」
「分かってるならやめてよ…私も普通の女の子なんだから傷つくって…」
「悪い悪い。つい本音が」

いやだからさ…本音って。そこがまた酷いんだって。

それから私たちは特に会話もなく、ただ夜道を肩並べて歩いた。二人きりで外を歩くなんてまたとないチャンスなのに…なんだか会話するのが怖かった。またグサッと来ること言われそうで。本当は一緒にいたあのお友達たちのこととか、高校受験するのかとか、どこ住んでるのか好きな食べ物は何か誕生日はいつか…聞きたいことなんて山のようにある。だって私、三ツ谷くんのこと何も知らないんだもの。


「あ、そこの角の家だから…ここまででいいよ」
「ん。了解」

ぴたりと角の手前で足を止めた。挨拶は「ありがとう、おやすみ」で大丈夫かな。これなら特にグサッと来る返答とかして来ないよね…?

「えっと、送ってくれてありがとう、おやす」
「ミョウジさ、なんで何も喋らなかったの?」
「へ?」
「お前が喋らないとなんか不気味っつーか…」
「三ツ谷くんあんたいつも言葉のチョイスが…不気味って…」
「不気味は良くないか…まぁお前が喋らねぇとか変じゃん。普通に心配する」
「うん…」
「バイクに乗せなかったのはさっきの理由もあるけど…普通に怖がると思ったし、万が一学校の奴に見られたらお前も困ると思ったから。だからそんな落ち込むなよ」
「それ、慰めてるつもり?」
「一応」
「結構不器用なんだね」
「生憎、器用なのは手先だけなんで」

思わずプッと吹き出してしまった。そっか…大人で紳士的に見えるのに案外不器用なところあるんだね。もしかしたら女の子に対しては不器用なのかな?

「本当はいっぱい喋りたかったよ。三ツ谷くんのこといっぱい知りたいから」
「例えば?」
「好きな食べ物、誕生日、血液型、趣味、志望校、さっきの不良仲間のこと…」
「じゃあ特別に一つだけ答えてやる。どれ知りたい?」

えっと声を漏らしてから私は脳内でぐるぐると考えた。どうしよう、どれも知りたい。一つになんか絞れないけど…

「じゃあ…誕生日」
「誕生日ね。6月12日」
「えっ?」
「え?」
「い、一緒!私と一緒!!」
「え゛っ、さい……いや、なんでもねぇ」
「ねぇ今絶対最悪って言おうとしたでしょ!?」
「してないしてない」
「うそー!」

その時、三ツ谷くんは笑った。たぶん彼が私にこんな笑顔見せてくれたのは初めてだった。さっき暴走族の仲間と花火していた時に見せていたような無邪気な笑い方、学校ではなかなか見せないんじゃないかな。なのにそんな笑顔を私は目の前で堪能してしまっている。なんて贅沢なんだ。

「よし!来年の誕生日は一緒に祝おうね!」
「せいぜい頑張れよ」
「ぜっったい次の6月12日までには私のこと好きにさせるからね!」
「分かった分かった。ほらもう遅いから家入れよ」

背中を押されて(というか押し込まれて)私は家の門の中に入り、また明日ねと彼に挨拶をしてから玄関のドアに手をかけた。せっかく話が盛り上がってきたところなのに…もっと話したかったな。

「ってあれ、三ツ谷くん帰らないの?」
「お前が家ん中入るの見届けたら帰る」
「……」
「キュンすんなよ。早く入れって」

もう私のキュンポイントまでしっかり把握されてしまっている。うん、やっぱり私、三ツ谷くんが好きだ。




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