三ツ谷くんに初メールを送った。
『今日言ったこと、嘘じゃないから!中途半端な気持ちじゃないから!』
当然の如く、返信は来なかった。
◆
「ねぇねぇよっちゃん」
「ん?」
「よっちゃんは、どうやって彼氏に好きって伝えてるの?」
えぇ!?と彼女は驚いた反応をし、顔を赤くした。女子から見ても可愛いと思える反応だった。…三ツ谷くんも、こういう女子なら興味持つのかな……。
「どうやってって言われても…」
「ほらたとえば告白した時とか…」
「それは向こうからだったし…」
「じゃあ今は?いつ好きって伝えてるの?」
「えっ、と…手繋いでる時とか、お家デートの時とか…好きだなって思った時に言っちゃうかな……」
「…可愛いねよっちゃん」
「ねぇもう恥ずかしいからやめてよ!」
よっちゃんの回答は私にはハードルが高すぎる。手を繋ぐのもお家デートも、三ツ谷くんが私としてくれるわけない。そもそも付き合ってない時の「すき」と付き合ってからの「すき」って伝える手段が違うのは当たり前か…。どうしたら三ツ谷くんに私のことを意識してもらえて「すき」って気持ち伝わるかな。少女漫画の無鉄砲なヒロインみたいに毎日すきすき言える程私のメンタルは強くない。第一周りの目が気になりすぎてできるわけない。
「ナマエ、次音楽室だよ」
よっちゃんにそう言われたから机の中から教科書と筆箱を出して音楽室へ向かった。らしくないことを聞いた私によっちゃんは心配そうに「南くんと別れて後悔してるの?」と聞いてきたから否定したけど、本当のことは言えない。周りのみんなみたいに軽ノリで生きてる私が、とある男子に告ったのにフラれて更に諦めきれてないなんて…恥ずかしくて言えない。
「あ…あれ南くんじゃない?」
廊下の向こうから歩いてくる数人の男子。そこには紛れもなく5日前に別れた元カレ南くんの姿……と、今の想い人三ツ谷くんがいた。えっ…うそ。割と仲良いって本当だったんだ。どうしよう…でも今までも他の男子と別れた直後でも普通に挨拶していたし、するしかない、よね。しない方が不自然だし。
「やっほー!」
「…おー」
「これから体育?今日なにするの?」
「バスケ…だっかな」
「まじ?参戦したいわー」
一応顔は南くんに向けているけど、横目で何度も三ツ谷くんを見てしまう。ああ、今日もかっこいい。不良のくせに、なんでかっこいいんだ。そのベージュのカーディガンなんでそんな似合うんですか?
じゃあねーなんて最後に挨拶をして、私たちは音楽室へ向かった。三ツ谷くんと最後まで目合わなかったな…
なんてしょげていたのに、昼休みにまさかのメールが届いた。『ちょっと音楽室来て』ってえ!?え!?呼び出し!?誰もいない昼休みの音楽室に!?
「ナマエどーしたの?」
「おっ音楽室に忘れ物したから取りに行ってくる!」
「また忘れ物…?あんたほんと大丈夫?」
認知症だから!と適当に友達から笑いをとってから音楽室にダッシュした。三ツ谷くんを待たせたくないし、彼に呼ばれたとか嬉しすぎるし、なにより1秒でも早く会いたいから。
「三ツ谷くん!」
「え?はや…」
ピアノの椅子に座って待っていた三ツ谷くんは、あまりにも早い私の到着にドン引いていた…。あれ、待たせちゃ悪いと思って走って来たの、逆効果だった?
「えっと…私になにか話?」
走って乱れてしまった前髪を手櫛で直しながら、三ツ谷くんのそばまで行く。三ツ谷くんは足を開いて椅子に腰掛けていて、なんだかその姿すら男らしくてかっこいい。
「お前さぁ、南と別れた後もあんな風に話しかけんの?」
「え?なに、南くんの話?」
「そうだよ。じゃなきゃお前呼ぶかよ」
本当に冷たいしハッキリ言ってくるもんだからビックリする。そんな…あからさまに私に興味ないって態度取ってこなくてもいいじゃないか。やっぱりヤンキーだからなのかな…仲間以外は大事にしない的な。
「話しかけちゃダメだった?別れた後廊下ですれ違う度に無言でも気まずくない?」
「ちげーよ、挨拶くらいはいいけどあんな風に何もなかったかのように話しかけんなよ」
「はぁ?普通に友達に戻ったんだからいいじゃん。なんでダメなのよ?」
「アイツが傷ついてっから」
傷ついている?南くんが?
意味がわからず「へ?」と間抜けな声が口から漏れた。それを聞いた三ツ谷くんはチッと舌打ちをして椅子から立ち上がった。少しだけ私を見下すような身長差に、私は何故かどきりとする。
「なんで傷ついてるかもわかんねーの?」
「…え?」
「アイツがお前のこと好きだったからだよ。別れてショック受けてんの」
「…えぇ!?」
「そんな驚くかよ?」
「だ、だって南くん何も手出してこなかったしデートも一回しかしなかったし、本当ただ男友達と1ヶ月過ごしたって感じだったんだよ!?」
「それの何がおかしいんだよ?」
「好きだったらもっと何かして来ない?その前に付き合ってた東くんとはちゅーとかしたよ?」
誰だよ東って…と呟きながら三ツ谷くんはまた目を細めた。
本当に南くんとは週何回か一緒に帰るだけの間柄だったし、たった一回のデートもサイゼでご飯食べてちょっと私の買い物に付き合ってもらっただけ。手も繋がず、バグもちゅーも何もない。おそろいのストラップも買わなかったしプリクラも撮らなかった。何もカップルらしいことしないから、もういいやと思って別れたんだけど…。
「お前さ、ちゅーしねぇと好きじゃないとか思ってんの?」
「そういうわけじゃないけど…付き合ってて、好きならするでしょ普通」
「そんなことでしか相手からの愛情感じれねぇの?」
「だから、そういうわけじゃないけど!ちゅーされたら嬉しいし好きって気持ちも伝わってくるじゃん!」
いい加減三ツ谷くんの態度に私もイライラしてきた。少し強い言い方をしたら三ツ谷くんは冷めた目を更に細めて私を見下ろしてきた。ここで引いたら負けだ、と謎の意地が働き私も三ツ谷くんの目を見ていると、突然顎を乱暴に掴まれた。私は言葉が出なかった。驚きと、それから顎を強く掴まれているという物理的な理由で。
「…ちゅーしてほしい?」
「へ?」
「ちゅーしたら好きだとか思っちゃうんだろお前」
「……!?」
「だったらオレはぜっっってぇお前にちゅーなんてしてやらねぇけどな」
乱暴に掴まれた顎は、乱暴に離された。……え?今のなに?結構酷いこと言われたけど、三ツ谷くんの顔が近くにあったことと三ツ谷くんが私の顔の一部を触っていたことで頭がいっぱいいっぱいだった。
「もう南に気安く話しけんなよ。当分そっとしておいてやれ」
なんで部外者のあんたにそんなこと言われなきゃいけないんだ。しかも女の子をこんな乱暴に扱かうって何事?かっこいいけど…かっこいいけどさぁ!あまりにも私雑に扱われてない?悔しい……そこそこ男子から人気あるのに私。何でこの人、こんなにも私に興味ないの?
そう思っていると、私の心の中で沸々と悪戯心が湧いてきた。
「じゃあなー…」
「い、痛い…」
「え?」
「顎…痛い、なんか赤くなってない?これ」
「え?うそ?」
しゃがみこむ私に三ツ谷くんは慌てて駆け寄った。
「どこ?見せてみ」
「痛かったよ三ツ谷くん…」
「え、ごめんまじ。そんな力入れたつもりなかったんだけど…」
「私女子なんですけど」
「いや分かってる…あーーごめん、本当に。な、ミョウジ一回見せて?」
顎を押さえる私の手を、三ツ谷くんは優しく取った。…なんだ、こんな触り方もできるんじゃん。ならあんな乱暴に顎掴むことないじゃん。一昨日保健室で保冷剤当ててくれた時みたいに、優しくしてくれたっていいじゃん。
「赤くはなってねぇけど…痛い?」
「うん、痛い。タンコブだってまだ痛い」
「…だよな。ごめん」
「いつも優しくしてくれたら許す」
「え?」
「三ツ谷くんが私に興味ないのは分かったけど…私は三ツ谷くんが好きだって言ったじゃん。好きな人に優しくされたいに決まってるでしょ!だったらせめて……あんな乱暴にしたり睨んでくるのはやめてよ…!」
三ツ谷くんは困ったように自分の頭をガシガシと掻き回した。あーとかうーとか、少し呻き声も漏らしている。あ、私いま三ツ谷くんを困らせているんだ、と気づくとそれだけで私のおかしい心は跳ねそうになる。だって私のことで三ツ谷くんが、頭を悩ませてるだなんて嬉しすぎでしょ。
「…わかった。ごめん」
「優しくしてくれる?」
「しない。」
「え?」
「変にこれ以上好意持たれても困るし」
「は?」
「悪いけどお前に女として全く興味ないんだわ。でもまぁ…わざとらしく冷たくするのはやめるよ。普通にする。優しくはしない。それでいいだろ?」
「よ、良くない!あのタンコブ作った日みたいに優しくしててほしい」
「無理。お前がどういう人間か分かった以上優しくしたくねぇもん」
「え?ひどくない?」
「好きじゃない女に対してはこれが普通だって」
好意持たれても困るとか好きじゃない女とか…あまりにも直接的すぎるワードじゃないか?さすがに私の心も折れそうになった。…けど、こんな対応ばっかしてくれる三ツ谷くんだけど、私が痛いと言えば急に女の子扱いしてくれて優しくしてくれたり、そういうところに単純な私の心は持っていかれそうになるんだよ。
「…やっぱ好きだよ、三ツ谷くん」
「うん。まじ勘弁な」