絶対落ちました。





朝起きると隣に三ツ谷くんの姿がないことに私はこの世の終わりの如く絶望を感じた。あ…あああ…あれは夢だったんだ…最後の別れの前に神様がいい夢を見せてくれたんだ…そうだよ、だって本当に別れの危機だと思ってたところだったんだから。最後にたくさん好きって言ってもらえて願いは叶ったけど…でもそれが夢だなんて。いやもしかして付き合えた時から夢だったりして!?えっこの約半年間全て夢!?これ夢オチ!?

「あんまりだよ神様ーー!」
「うっせーな朝から」

ハッとして横を向くと、少しイラついた顔をした三ツ谷くんがドアの横に立っていた。……良かった、夢じゃない。それによく見ればここ、三ツ谷くんの部屋じゃないか。

「やっと起きたか」
「あ、ごめ…」
「いーよ。疲れたろ?昨日。朝飯作ったから食おうぜ」

シャワー浴びて来い。そう言って三ツ谷くんは私の顔にタオルを投げて来た。いや、疲れたって…うんそりゃ疲れたんだけど。でも三ツ谷くんにいつも借りている部屋着のスウェットに身を包んでいることに気づくと、どことなく安心した。

夢じゃない。夢じゃないんだ。昨日の行為も言葉も全部。ちゃんと私のことを好きな三ツ谷くんなんだ。



「わ、美味しそう!和食だ」

シャワーを借りてリビングに戻ると炊き立てのご飯やお味噌汁といった和食の朝食が用意されていた。自分のお母さんですらこんな朝食用意してくれないのに…三ツ谷くんの家事レベルには本当に頭が上がらない。

「いただきます。……美味しい」
「味噌汁しょっぱくない?」
「…ちょっとしょっぱいかも」
「これでもしょっぱいか。今度から気をつけるわ」

ズズと味噌汁を啜りながら彼は言った。三ツ谷くんもシャワーを浴びたのだろうか、なんだかさっぱりして見える。ああ今日もまつ毛長いなぁ。かっこいいなぁ。こんな人が私のこと好きだと言ってくれるなんて。

「あ…そう言えば二日酔いとかどう?平気?」
「うん全然。日本酒あんま残らねぇし。ちょっと量飲み過ぎただけで」
「珍しいね、そんな飲み過ぎちゃうなんて。一虎くんとなんかあったの?」
「なんかっつーか、…お前の職場にはじめての男いるって聞いて」
「はじめてのおとこ…、って北くんのこと?」

三ツ谷くんは目を細めてコクンと頷いた。昨夜もやたら北くんことを気にする発言をしていたけど、やっぱり一虎くんに聞いたのか。三ツ谷くんと付き合うことになった頃、一虎くんはうちの病院に絶賛入院中だったから毎日のように惚気話をしに行っていたから、その流れで北くんという元カレの存在を話した記憶は確かにある。あるんだけど…


「なんか…誤解してそうだから言うけど、初めて付き合った人、ってだけだからね?」
「は?」
「いやだから…初体験の相手、ではないからね…」
「…え?まじ?でも一虎が」
「それは勘違いか……わざと三ツ谷くんをおちょくる為に嘘言ったのか…どっちかは分からないけど…」

あ、自分で言ってる途中でこれ後者なんじゃないかと思えてきた。あの一虎くんのことだ。そういうことわざと言いそう。そして結果的にそれがトリガーとなって三ツ谷くんが妬いてくれて好きって言ってくれた……なんて言ったら今度は高級寿司奢れとか言ってきそうだから言わないでおこう。いや、もう彼と食事に行くことはないんだけど。

「…あのバカ虎…!」
「まぁまぁ。私も中学の頃なんも考えずいろんな人と付き合ってたから、勘違いされてもおかしくないよね」
「ほんとだよ」
「でも中学の時はほんとただのお遊び交際だったから…北くんとも東くんとも南くんとも何もないよ」
「南以外知らねーっつーの」

少し不貞腐れた様子でご飯を進める三ツ谷くん。今思うと私は本当バカだったなぁ。周りがそうだってからって乗せられるように好きでもない男子と付き合って。もっと早く三ツ谷くんと出会っていたら違っただろうに。

「じゃあさ、オレがお前の鬱陶しさに負けて中学の時付き合ってたら、オレがお前の初体験の相手になってたかもってこと?」
「でしょうね〜!中学の時の私のあのテンション思い出して!あんな時に三ツ谷くんと付き合えてたら私速攻あなたのこと押し倒してたよ!」
「ふーん。じゃあ惜しいことしちまったな」

……おっと。それは、どういうこと?
自分でふざけたノリで言ったことなのに、みるみると顔が赤くなる。そんな私の顔を見た三ツ谷くんはニヤリと得意げに笑った。

三ツ谷くんが、おかしい。昨夜からおかしい。酔っていたからなのか分からないけどあんな甘い言葉の数々を吐いて、酔いが覚めた今朝も私の元カレに嫉妬するような発言したり。おかしい。こんな三ツ谷くん三ツ谷くんじゃない!……でもこんな彼もどうしようもなく好きだし心臓がキュンとしてしまう。

「はぁ…なんかバチでも当たりそう」
「なんで?」
「幸せすぎて…」
「そんなに?大袈裟だろ」
「もう…三ツ谷くんは分かってない!私がどんなにあなたを好きか!」
「はいはい」

ごちそーさん、と手を合わせて一足先に朝食を食べ終えた三ツ谷くんは椅子から立った。慌てて私も残りのご飯をかきこむように食べて彼の後を追う。洗い物を始める三ツ谷くんの背中に抱きつき、その大きな背中にこつんと額をぶつける。あったかい、彼の熱が額からじわじわと広がっていく。

「三ツ谷くん…北くんとはなんもないからね。昔も、勿論今も」
「分かってるよ」
「私は一生三ツ谷隆一筋だからね」
「一生?マジ?」
「ま、マジだよ…!」

なんだか逆プロポーズというか、自ら嫁にもらってくれと言ってるようにも聞こえる発言だったかもしれない。言った後にちょっと恥ずかしくなってきた。いつものふざけたテンションならともかく、こんな落ち着いた雰囲気のときに言うのはちょっと違っただろうか。…ヤバい、引かれたかな。または塩対応されるかな。いや、それでいいんだけど。

「ふーーん…一生ね」

掘り返してほしくないのに、掘り返すように三ツ谷くんは一生という言葉を繰り返した。ちょっとやめてほしい。抱きつく腕の力をぎゅっと強め、自分の恥ずかしさを押し殺すように顔を彼の背中に押し付けた。



そのあとも部屋でぐだぐだと何をするわけでもなく二人でのんびり過ごした。休みの日に会うと必ずどこかへ出掛けていたけど、こうやって日中のんびり過ごすのはなんだか新鮮だ。床に座ってテレビを見る三ツ谷くんの足の間に座ってみれば「頭邪魔でテレビ見えねーよ」と頭をペシンと叩きながら言われたけど、それでも私を退かさないところが好き。私の髪の毛先をくるくる指で遊び、悪ふざけのように耳に息をかけてきて、私の反応を見てニヤニヤ笑うところも好き。

「ね、ねぇ!もう耳やめて!」
「前から思ってたけどお前耳弱すぎ」
「ひっ…!それを耳元で言わないで」
「いやお前が耳こっちに寄せてるだけじゃん」

ケタケタと笑うところ。私の弱点知り尽くしているところ。基本塩対応なのに……私のこと大好きなところ。もうだめ、全部好き。全部全部、私のものにしたい。私の中に閉じ込めちゃいたい。

「…まぁそんなこと恥ずかしくて言えないけど」
「何が?」
「え!?あっ…いやなんでも……あ!見て三ツ谷くん!このサッカー選手!イケメンで人気の人!結婚発表だってー」
「ほんとだ」

たまたまテレビに映っていたアスリートの話題に慌てて切り替えた。三ツ谷くんは日本代表戦とか案外見るし、この選手のことも勿論知っているようでこの話題に食いついてくれて内心ホッとした。

「うわぁすごい…中学の同級生と10年の交際を経てゴールインだって。少女漫画みたい。本当にあるんだねこういうこと」
「別によくあるんじゃねーの?」
「そうかな〜?だって中学の時から付き合ってたんだよ?響き的にも憧れるけどな〜」
「アホみてぇにそこらの男と付き合いまくってたお前が憧れたりすんの?」

痛いところ突いてこられて、何も言えなかった。どうしても男女交際が盛んな中学に通っていたからあんなことになっていたけど…私だって内心は心から好きな人と長く付き合いたいと思っていた。三ツ谷くんは中学の時も、今も、きっとそのスタンスだ。渋谷二中生粋の不良がこんな硬派な思想の持ち主だと知って、ハートが射抜かれたのも今やいい思い出。

「…憧れるよ。当たり前じゃん」
「そうなの?」
「あ、バカにしてるな!三ツ谷くんはこういう関係いいなぁとか思わないの?」
「いいとは思うけど」

テレビに映されるそのアスリートと奥さんの出会いのストーリー。学生時代から周りから美男美女カップルだと言われていたとか…サッカーが忙しい彼を献身的に支えていたとか…もうほんとどんな少女漫画だよとツッコミながら頬がニヤニヤと緩んでしまう。そんな時そっと三ツ谷くんの腕が背後から回ってきて、私の腹部に回って抱き寄せられた。ナマエ、と耳元で彼が私の名前を呼ぶ。慣れない名前呼びに心臓が飛び出しそうになるが、平常心を装いながら「なに?」と首を彼の方に向けた。


「なぁ、オレらも結婚したら中学の同級生同士ってことになるんだよな?」
「え…?まぁ、それは、そうなるよね…」
「交際10年ではないけど、憧れなんだろ?こういうの」

きょとんとした顔の私を、三ツ谷くんは優しい眼差しで覗き込んだ。そして私の頬を少しかさついた親指で撫でた。……待って、どういうこと?三ツ谷くんはよく分かりづらいというか、はっきりしない表現の仕方するから混乱する。だから私、暴走しちゃうことも多いんだよ。

「……三ツ谷くん。はっきり言ってください」
「…それはまた行く行くな」

ちゅ、と頬に当てられた唇。ど、ど、ど、と心臓の音がうるさい。…なんだよ、結局はっきり言ってくれないのかよ。ほんとにいつもズルいんだから。モヤモヤしつつも、でも確実に喜んでいる自分がいる。それはやはり、昨夜三ツ谷くんの気持ちがちゃんと聞けたから。三ツ谷くんが私のことを想ってくれているって分かったから。

「三ツ谷くん」

向き合うように座り、彼の頬を両手でそっと挟んだ。なに?と優しく応答してくれる三ツ谷くん。その瞳の中には、自分しか映っていないんだ。

「“オレを落としてみなよ。絶対落ちないから”」
「は?」
「出会った頃、三ツ谷くんが私に言ったんだよ。覚えてる?」
「うん…覚えてるよ」
「すごい自信満々に言ってたけどさ…どう?今は」
「………」
「落ちた?」
「…見事に、落ちました」

ふ、と目尻を下げて笑い、重なる唇。しつこいと言われようがウザいと言われようが、諦めなくてよかった。だって私、ちゃんと三ツ谷くんを落とせたんだもの。



fin.



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