甘味の後に刺さる棘





「だからさぁ!言ってんじゃん!三ツ谷くん絶対職場で言い寄られてるって!!」
「別にそんなことないから」
「そんなわけある!彼女いるの?って聞かれても、アーなんか適当にあしらっても懐いてくる犬なら飼ってます。とか言ってるんでしょ!?」
「言ってねぇって…」


どうして、こうなった。

一虎くんと焼肉店で1〜2杯飲んできたしお肉もご飯もちゃんと食べてきた。だから今は決して空腹の胃にアルコールを注いだとか、そういうわけじゃない。なのになんで?なんで私だけこんな酔ってる?

「お前酔すぎだって」
「なんで…?」
「弱いのに飲むからだろ。はいこれもう終わりな」
「やだー!まだ飲む!」

私からグラスを奪おうとする三ツ谷くんは、至って平常モード。なんで?strongのレモンサワー騙して飲ませたのに、なんで?

「三ツ谷くんも飲んでる?」
「飲んでるって」
「なんで酔っ払ってないの?」
「お前みたいに酒弱くないから」
「じゃああの日はそんなに飲んでたの?」
「あの日?」

言った後にハッとした。三ツ谷くんは勿論分かっておらず「どの日のこと?」と聞いてくる。あの日は、あの日だよ。付き合う前の過ちの日だよ。あの日私とホテルで飲んだのはビール一本とかそんな程度だったはず。勿論その前に同窓会でどれだけ飲んでたかは知らないけど…あの夜、三ツ谷くんは確実に酔ってた。こっちがクラクラするほど、酔っ払っていた。

「おいミョウジどうした?気分悪ぃ?」

俯く私の背中を摩りながら聞いてくれた。

三ツ谷くんは優しい。塩対応のくせに根は優しいし面倒見がいいから、すぐに心配してくれる。そんなところが好きなの。我慢しきれず彼の体に抱きつくと、ちょっとバランスを崩しつつもしっかり抱き止めて優しく頭を撫でてくれた。

「ほらもう酒はやめて寝ようぜ」
「やだ…もっと三ツ谷くんと飲んでたい」
「またいつでも飲めるじゃん」
「やだ…今日は一緒に浴びるほど飲むって決めてたんだから」
「なんで?なんか仕事で嫌なことでもあった?話してみ?」

首を横に振り三ツ谷くんの服をギュッと握る。何かを察してくれたのか分からないけど、言いたくないならいいよと言ってまた私を抱きしめてくれた。

こんなに優しいんだから、正直に言えば良かったのかも。こんな小賢し作戦なんてとらずに素直に好きって言ってほしいって言えば、きっと三ツ谷くんなら応じてくれたはずなのに。


「三ツ谷くんが酔ったところ…見たかったの」
「は?」
「同窓会二人で抜けた日…覚えてる?」
「…うん」
「あの日みたいな三ツ谷くん、また見たかったの」
「だから酔わせようとしたの?」
「うん……、あと…好きって、言ってほしくて…」
「え?」

言った後に顔が赤くなっていくのが分かるほど、顔に熱が集中した。…うわ、恥ずかしい。やっぱりこういうこと言うの、すごい恥ずかしい。三ツ谷くんからの視線に耐えきれず、私は自分の顔を手で覆った。

「…お前でも顔赤らめたりするんだ」
「す、するよ!悪い?!」
「悪くないけど意外すぎて」
「わ、私だって女の子だもん!少女漫画みたいに顔赤くなったりするもん!」

いやもうこれ、顔どころか耳まで絶対真っ赤だよ。もう三ツ谷くんの顔が見れない。やっぱり言わない方が良かっただろうか。いやでも言わない後悔より言って後悔だ。中学の時三ツ谷くんを好きになってからそれを心の中でモットーとしてやってきたんだ。今更その信念を曲げるなんてことはしたくなかった。

「お前が女の子なことなんてわかってるって」
「嘘だよ…いつもぞんざいな扱いしてくるくせに…」
「ははっ。でもそれも愛じゃん?」
「何言ってんのよ…」
「可愛いな、お前」

……可愛い!?いま可愛いって言ったこの人!?
顔を覆っていた手を外してガバっと顔を上げて三ツ谷くんを見る。平然とした様子で「ん?」と首を傾げていた。あ、かっこいい…じゃなくって!

「三ツ谷くんが可愛いって言ってくれた…」
「は?別に言うだろそんくらい」
「言ってくれてないよ!あの…同窓会後のあの時以来…」
「そーだっけ?つか何、お前そういうのいちいち覚えてんのな…」
「だ、だって好きな人に可愛いって言ってもらえるなんてそんな嬉しいことないじゃん…!はあ。もう無理。幸せ」

余韻に浸るようにぽやーっとしてしまう。三ツ谷くんにしまりのねぇ顔って笑われたけど、ほら私アホだからさ、それすら嬉しい。お酒が入ってるせいもありなんだか体もフワフワするし。

「あー…今の録音しておきたかった…」
「そんなにかよ」
「そんなにだよ」
「じゃあもう一回言ってやろうか」
「え!?」
「可愛い」
「えっちょっまっ」
「可愛い。そうやって素直に慌てちゃうところもいつも猛突進なくせにいきなり顔赤らめちゃうとこも可愛い」
「まってまって!」
「可愛い可愛いナマエちゃん」

なんで…なんでこうなった!?こんな三ツ谷くん見たことない。いやこれ三ツ谷くん?なんか変なもの食べたの?とにかく突然の可愛い攻撃に私は腰が砕けそうだった。

「もう…スマホ手に握っとけばよかった…録音し損ねたじゃん。ねぇ今!今もう一回言って!」
「やだよ。つか録音してどうすんだよ」
「え、毎晩寝る前に聞いて噛み締める」
「きも」

…え?ひどくない?やっぱりさっきの可愛い攻撃は幻想だった?しょげていると笑いながら「冗談だって」と肩を抱いてくれた。…くそう、悔しいけどかっこいいから許しちゃう。

「ねぇもっと我儘言っていい?」
「だめ」
「……」
「なんかこのやりとりもよくするよなオレら」
「三ツ谷くんの反応がワンパターンなんだよ!」
「オレのせいかよ。で?なに?」
「可愛いも嬉しいけど……やっぱ好きって言ってもらいたい、です」

二度目でも口にするとやっぱり恥ずかしくて顔がまた赤くなった。三ツ谷くんはそんな私をどう思ってくれているのか。また可愛いなんて思ってくれているのかな…。あれ、私今日一日ですごい欲張りなこと考えるようになってる。

「そんなに言ってほしいんだ?」
「…うん」
「じゃあ、あとでな」
「え?今じゃなくって?」
「ほら、さっさと片付けてベッド行こうぜ」

それって……それってつまり!!?

ああもう今日は幸せすぎる。可愛いも好きも1日で享受できる日になるなんて…。

三ツ谷くんがテーブルの上に散らかったお酒やグラスを片づけ始めたから、私も慌ててビニール袋を掴んで空になったおつまみの袋を拾った。今後の展開に浮かれすぎて慌てすぎたからかビニール袋をひっくり返してしまったが、そんな私を見て三ツ谷くんは「ばーか」って言って私に唇を落としてくれた。…無理。好き。かっこいい。

「つーかお前もさ、わざとオレを酔わせようとせずに素直に言いたいことは言えばいいのに」
「結果的にはそうだよね…なんか一虎くんに提案されてついこれだ!って暴走しちゃったよ」
「…一虎?」

ぴりっと空気が変わるのを感じた。そして3秒後ハッとする。…これ不機嫌スイッチ、また、押して、しまった……?

「お前さぁ、オレの言ったこと覚えてねぇの?」
「え、えぇっと…」
「一虎と二人きりになるのはよせって。これさ、付き合う前にも言ったよな?」
「…そうでした、ね」

いま思い出してさぁーっと血の気が引いていくのを感じる。言われていた。確かに言われていた。でも付き合う前はまだしも、三ツ谷くんと付き合ってから今日まで、一虎くんと二人でご飯は行っていない。だからそんなこと言われていたのもすっかり抜けてしまっていたし、なにより今更彼が一虎くんに対してなんか思うこととかないと思っていた…んだけど…

「付き合う前に寝たこととかどーでもいいことばっか覚えてんのに、こういう大事なことは忘れてたわけ?」
「どうでもいいって…私にはどうでもいいことじゃなかったんだけど」
「どうでもよくなかったにしろ、どっちのが覚えておくべきことか分かるだろ?」

それは、そうなんだけど…。三ツ谷くんから注意されてることを忘れて一虎くんと会ったのは私だけど…。でも、私にとって忘れられない大事な一夜のことをどうでもいいと言われるのは純粋に悲しかった。

「他の男と二人きりで会うような奴に、好きとか言えるかよ」

あ、終わった。これ本当に、終わったかも。



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