君が突き落とす恋




「へぇ!目玉焼き作る時って水入れて蓋するんだぁ〜」
「…は?お前目玉焼き作ったことないの?」
「あ゛っ!いやっそんなっまさか……」

わざとらしい咳払いと戸惑った口調。それが何よりの答えだ。別にコイツに料理のスキルとか求めてないからいいんだけど。でも一応コイツにも女としてのプライドがあるのか、料理をあまりしたことないのは恥ずかしいようだ。小声でスクランブルエッグなら得意だよ、と言っているが、まぁ確かにコイツの性格からしてとりあえず雑にフライパンの上で卵掻き回してそうだなと思う。

目玉焼き、ベーコン、カットしたトマト、スープ、そしてトースト。いつもよりちょっと朝ご飯が豪華なのはミョウジがいるから以外の理由はない。ミョウジはトマトを切るのすら怪しそうだからオレがやった。コイツがやったことと言えばトーストにバター乗っけたこととジャムを冷蔵庫から出したくらいだ。…まぁさっきも言ったけど別にコイツに料理のスキルとか求めてない。求めてないんだけど……トマトくらい切れねぇもんか。

「美味しい〜〜!三ツ谷くんの目玉焼き、この半熟具合最っ高!ベーコンもカリカリだぁ」

…まぁでもこんな程度の料理でもここまで喜ばれたら、別にトマトのことなんてどうでも良くなった。





誕生日の日はディズニーでミョウジに晩飯を奢ってもらった。勿論それは誕生日プレゼントっつーことでいいって言ったのにやっぱりミョウジは何かモノをプレゼントしたいと言い張るから、お互い仕事が早く終わった昨日、外で一緒に飯食ってから買い物へ行った。っつっても欲しいものも今必要なものもないから迷いに迷ったんだけど…

「みみみ三ツ谷くんっ!」
「なに」
「こういう眼鏡似合いそうじゃない!?ちょっとかけてみてよ!」

そう言って小洒落た雑貨屋の隅に置かれていた黒縁の眼鏡を差し出された。眼鏡か…そういや使ったことない。視力も元々いいし、でもファッションアイテムとしても買ったことなかったな。

「ど?」
「……っ!!無理、無理」
「え?似合わなかった?」
「違う……かっこよすぎて無理…鼻血出そう…」
「…そーかよ」

ミョウジは相変わらずミョウジだ。中学ん時から変わらないアホなミョウジのまんま。付き合ったら少しは変わるかなと思ったけど、そうでもなかった。

店内にある鏡を見て初めて伊達眼鏡をかけた自分の姿をまじまじと見てみる。…へー、悪くないじゃん。仕事中とかもかけたらちょっと雰囲気変わりそうだし。

「ミョウジ、これ欲しいかも」
「はいっっ是非買わせてくださいっ!」
「後ついでにこの眼鏡ケースも」
「はい喜んで!」

ミョウジは小走りでそれらをレジに持っていった。別にいいのに、わざわざラッピングまで頼んでるし。飾りのリボンの色を選ぶだけで眉間に皺を寄せて懸命に考えてる姿を見て思わず笑ってしまった。本当アイツ、オレのこととなると必死なんだよな。


「おまたせ!はいどうぞ!」
「サンキュー。あれ、なんか袋の中に封筒が…」
「あっあっそれは……」

照れながら言うミョウジを片目で見ながら封筒を開けるとバースデーカードが入っていた。

「なになに?『三ツ谷くん誕生日おめでとう。あなたの彼女になれてもう死んでもいいほど幸せです。ずっとずっと大好き。これからも…』」
「あー!!もう恥ずかしいから読み上げないでよ!心の中で読んで!」
「ははっ、わりわり」

顔を赤くしてカードを取り上げてようとするから、ひょいっと交わしてやった。するとバランスを崩したミョウジはオレの腕の中にすぽりとはまる。そしてまた顔を赤くする。付き合ってそこそこ経ったのに、いつまでコイツは赤面するんだか。

「『これからもずっと一緒にいようね。離さないからね!ナマエより』」
「…結局最後まで読み上げるんじゃん……」
「すげぇアツいメッセージ」
「ねぇもう……!三ツ谷くん意地悪だよ…」
「わりーって。ほら男って好きな女の子虐めたくなる生き物じゃん?」

顔を近づけてそう言えばミョウジはいかにも「キュンしました」な顔をして、何かを感じとったのか目を瞑り始めた。いや、するかよこんなとこで。唇が触れ合う寸前のところで離れて、代わりに鼻を摘んでやった。

「いたたたたっ!」
「こんなとこですると思った?調子乗ってんなぁミョウジ」
「三ツ谷くん…本当に意地悪だなぁ」
「眼鏡サンキューな。バースデーカードも」
「あ、うん…改めてお誕生日おめでとう」
「お前もな」

照れ臭そうに笑うミョウジを見て思わずオレも笑ってしまった。誕生日が同じ日だと知った時は純粋に厄介な運命だなと思ったけど、今となっては毎年こうやって一緒に祝うのも悪くないなと思えてしまう。


「どーするこの後?もう時間も時間だしそろそろ解散にしよっか」
「…来る?」
「ん?」
「うち、来る?」
「…えっ!!!」
「なんだよ嫌なのかよ」
「まさか!?えっでもさ、今から行くって…その…」
「お前の望んでた展開だろ?」

なんて、意地悪い言い方だなと自分でも思う。まるでお前だけがオレんちに来たいんだろという言い方。まるでお前が一方的にオレのこと抱きたいとか言ってただろという言い方。全然、そんなことねぇのに。自分の卑怯さに呆れた。

「のぞっ…望みまくってたけど!」
「じゃあ来る?」
「待って!私もお泊まりセット的なモノなんもなくて…!」
「必要なもんは買えばいいじゃん。服ならオレの貸すし」
「え!?そんなん…鼻血で汚れちゃう…」

ミョウジはアホだ。昔からアホだ。どうしようもないアホだ。でも自分に向けられるこの熱い好意はいつしか心地良くなってしまっていたし、オレに対して一生懸命なコイツが可愛くて見えてしまう不思議。





「てゆーか一人暮らしなら早く言ってよ!」
「やだよ。お前すぐ押しかけてきそうだもん」

ドラッグストアで買った洗面用具なんかを開けながらミョウジは口を尖らせて言った。就職先が決まってから貯まったバイト代を駆使して自分でアパートを借りて暮らすようになった。これでミョウジちゃん連れ込み放題だな、なんて一虎が揶揄ってきたのが懐かしい。まさかコイツを本当に連れ込むことになるとはあの時は思っていなかったけど。


「歯ブラシそこに立てて置いていいよ」
「えっ三ツ谷くんの歯ブラシの隣に?」
「そう」
「…やばい……新婚さんみたい…」

三ツ谷ナマエかぁ…とうっとりしながら呟くミョウジの頭を思わずぺしんと叩いてしまった。どうしてコイツはこうも先走りがちなんだ。

「痛い!未来の嫁になんてことすんの!」
「誰が嫁だよ誰が」
「ドラケンくん言ってたじゃん!」
「アイツは彼女のことヨメって言う癖があるだけ」

まだ付き合って1ヶ月程度なのに、なにが嫁だよ。やっと彼女になれたって喜んでたくせにもう嫁になることを考えているミョウジは本当にめでたい奴だと思う。…でもな、こんなアホみてぇな奴と一緒になれたら気が楽だろうし毎日楽しいのかもしれないけど。

「とりあえずオレ風呂入ってくる」
「はーい!お供します!」
「よーし、来い」
「え!?冗談だよ恥ずかしいよ無理無理無理!」
「自分で言ったんだろうが」

シャツを脱いだオレの上半身を見てミョウジは顔を真っ赤にして背けた。そんなんで照れてるくせによく嫁だなんだって言えたもんだ。ミョウジの手を引っ張って自分の体を触らせる。じわりとミョウジの手のひらの熱が腹部に伝わってきた。

「ちょっちょ無理!刺激強すぎる!」
「ほら、特別に触り放題だぞ」
「腹筋が眩しいです三ツ谷くんもうしんどいです…!」
「分かった分かった。はいじゃあバンザーイして」

何度も言うがミョウジはアホだ。アホだからアホみたいに素直にそのままオレの指示に従い手を上に上げた。そのまま着ていた服をすっぽり脱がされた後に「あっ!?」と声を上げるあたり、やっぱりアホだ。

「ちょっ脱がせるなら一言言ってよ」
「言ったようなもんだろ」
「えっこんな明るいところで恥ずかしいー!」

そう言ってしゃがみ込むかと思いきや、そのままオレに抱きついてきた。こうやって肌と肌がぶつかり合うのはあの成人式の日の夜以来だった。ミョウジの滑るような肌に触れ、むくむくと自分の中の欲が蠢き出す。ミョウジの胸を締め付けていたブラのホックを外して脱がせたら、いよいよあの日の夜の情景が蘇ってきて歯止めが効かなくなった。あーあ…風呂入ろうと思ってたのに。無理かも。体に触れる度、唇が重なる度、コイツの口から漏れる甘ったるい声に欲情してしまう。

アホのくせに、急にアホじゃなくなるから。ギャップ萌えとかそんなん意識したことねぇのに。コイツがこんなんだから悪いんだよ。




「こっ今度は私が三ツ谷くんにご飯振舞うね」

そんなこんなでコイツを初めて自分ちに泊めた翌朝、オレの作った朝食を食べたあとに言い放たれたミョウジの言葉に溜息が出た。

「いーよ、上達してからで。どうせお前料理したことないんだろ?」
「あるよ!パスタ茹でてパスタソースかけたりするよ!」
「お前それ料理だと思ってんの?」
「ぐっ…!でも練習して上達するまでめっちゃ時間かかっちゃいそうで…」
「別に待つけどいつまでも」

ミョウジは驚いた顔をしてそのままオレの隣に来た…と思ったら押し倒してきやがった。視界が急に天井とミョウジの顔になったからなんか無意識的に逃げようとしてしまったが、オレの腹の上にミョウジは座ってきたもんだから、まじで逃げられなくなった。

「それって……プロポーズだよね!?」
「はぁ?」
「嬉しい…!待っててね、三ツ谷くんの舌を唸らすような料理、絶対絶対作るからね!」

別に料理なんてオレがいくらでもするからいいのに。でもオレの為に頑張ろうとするその姿勢は健気で可愛げがあるから…まあいっか。

「じゃあ期待しとくワ」

頭を撫でるとミョウジはくしゃりと笑った。すっぴんだからか、中学ん時のコイツを思い出した。必死にオレを追いかけ回していた、あの頃のミョウジを。

「三ツ谷くん…襲ってもいいですか」
「朝から盛ってんなぁ」
「だ、だって…好きなんだもん」
「うんオレも」
「……え?」
「じゃねぇと付き合うわけねぇだろ」

ぽかんと口を開けるミョウジのシャツの中にそっと手を這わせた。オレが貸したTシャツだからブカブカで、するりと簡単に手が入っていく。その細い腰を撫でながら、こんな休日の朝っていいもんだなと思った。



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