愛は投げられた




あれからこまめに三ツ谷くんにメールをすることが増えた。飲みに行こうよ!とか、いま○○に来てるんだよね〜とか、旅行のお土産渡したいんだけど!とか。色々送ってみた。送ってみたけど全部玉砕した。これじゃあ昔と変わらないじゃん…と思ったけど、二回に一回は返信してくれるようになっただけ、やっぱり私たちの関係は進展しているに違いない。まあ、返信来たって全部「やだ」とか否定系の言葉ばかりなんだけど。





短大を卒業し私は総合病院で事務職として働き始めた。三ツ谷くんもこの春に専門を卒業し今は社会人をやっているはずなんだが、どこで何をしているかは教えてくれない。理由は「お前職場の前で待ち伏せしそうで怖ぇもん」だそうだ。確かに待ち伏せはしようと思っていた。そしてあわよくばそのまま飲みに行こうと思っていた。そして更にあわよくば……いや、これ以上の思惑は心に秘めておこう。

はあ…気づけばまた何ヶ月も三ツ谷くんに会えていない。おかしいなぁ、こんなはずじゃなかったのになぁ、いい方向に向かってると思ったのになぁ…とぼんやり考えながらパソコンで昨日緊急搬送されて来た患者のリストを整理していた。

「…は?」

なんで、なんでなんで…この人の名前がここに…。




退勤後、面会時間が終わる前に急いで着替えて入院病棟に走った。確かに部屋番号は505号室。エレベーターに乗り込み廊下を早歩きで進み、目的の病室の前に辿り着くと荒々しくノックをした。

「一虎くん!!だいじょうぶ…」

ベッドで包帯だらけで横になっている一虎くんは「え?」と私の顔を見て驚いていた。かく言う私は、一虎くんの姿ではなく、彼のベッドの横に立っていた三ツ谷くん(とそのお友達?)を見て驚いていた。

「あんれ?ナマエちゃんなんで?」

一虎くんの言葉は耳に一応入ってきたけどすぐに通り抜けていった。三ツ谷くんだ…三ツ谷くんがいる。ちょっと…数ヶ月ぶりに見たらまたかっこよくなってない?なんか痩せたのかな?私の顔を見てはぁーっと長めのため息を吐いてる姿に、なぜか私はキュンとした。

「ミョウジ…オレ前言ったよな。一虎なんかに会いに行くのはやめろって」
「え!?あ、違くてこれは…」
「お前あん時分かったっつってたじゃん。なのにこれ?一人でお見舞いとか来んの?まじ呆れたわ」
「いやいや違くて三ツ谷くん!」

会って早々呆れられ…いや嫌われている?三ツ谷くんの隣にいる背の高い男の人も一虎くんも「どうした三ツ谷?」と彼の言葉を不思議そうに聞いていた。

「三ツ谷くん、あのね実は私ー」
「いいよもう、好きにやってろよ」
「いや違うの話聞いて」
「いい、聞かない」
「いや聞いてよ!」
「なに?この子三ツ谷のヨメ?」

その言葉にハッとして振り向くと、背の高い男の人が私たちを見ながら確かにそう言っていた。ヨ…ヨメ!?彼女じゃなくヨメって響きに私の心は強く打たれた。はいそうです!と言っていいだろうか。いやいいわけはないんだけど、たまにはこういう悪ノリもしてみていいだろうか…

「はいっそうで」
「ンなわけねーーーだろ!」
「えっそんな否定しなくても…」
「むしろなんでお前肯定しようとしてんの?引くわ」

本当にドン引いたような目で見られて、久々にグサッときた。そんな…あんなことまでした仲なのに…そんな……。

「なんだ、てっきりヨメかと思ったわ」
「なんでそうなるんだよドラケン」
「ん?だってお前この子が一人で一虎の見舞いに来たことに怒ってんだろ?」

それってそういうことじゃん?
とそのドラケンと呼ばれていた男性が言った。一虎くんもニヤニヤ笑いながらドラケンさんの言葉に頷いていた。三ツ谷くんはポカンと口を開けていた。私は…自分の顔を確認する手段がないけど、恐らく物凄くニヤついているだろう。

「三ツ谷ぁ。言っとくけどオレバイクで事故ってここで入院してることナマエちゃんに言ってねぇからな?」
「えっ」
「なんで知ってたのかわかんねぇけどさぁ、だーいじょうぶだって。お前に内緒でオレに会いにきたとかじゃねぇからさっ」

一虎くんはニヤニヤとしながら私と三ツ谷くんを交互に見ていた。…え、ちょっとまって。あんなにメール無視されたり塩な返信しか来てなかったけど…でも三ツ谷くん、私のことそういう風に見てくれてるってこと!?

「みつ…」
「帰る」
「えっ!待って私も」
「えー?ナマエちゃんオレのお見舞いに来たんじゃねぇの〜?もう帰るとか酷くね〜?」
「ごめん一虎くん、私この病院で働いてるからまた明日にでも来るね!お大事に!」

一虎くんに謝ってから急いで三ツ谷くんを追いかけた。ああ、もうこんなにも距離が空いてしまっている。でも甘いよ三ツ谷くん。忘れたのかな。私は学年の女子の中で一番足が速かったという事実を。

背後から私の足音が聞こえたからか、三ツ谷くんは振り向いてゲッと言った。でも既に時遅し。加速がかかった私の足だと三ツ谷くんの場所まで3秒でいける。例えいま彼が走り出したとしてもスピードに乗った私の足なら追いつけるだろう。よし、いける。絶対捕まえてやるー…!

「三ツ谷くん覚悟ぉ!」
「ぅわっ!」

横にあった扉が突然開き、私は見事に扉に激突し、すっ転んだ。痛い…嘘、痛い痛い痛い。おでこが痛い。

「ってミョウジさん!?大丈夫?」
「あっ北くん…」

扉を開けて来たのは看護師の北くんだった。何を隠そうこの北くん、私が初めて付き合った相手だ。渋二中の時の先輩で、あの頃の私あるあるな「なんとなく付き合ってみた人」だ。まさか就職先で再会するとは思っていなくて、かなり驚いた。なんとなく付き合ってなんとなく別れた相手だから、お互い気まずさもなく今も時々話しているんだけど…。

「痛いね、そこタンコブになってるよ」
「えっ!ほんと?」
「あれ、なんかすぐ横にも古傷があるね。同じようなところ昔ぶつけた?」

北くんは額を押さえている私の横にしゃがんで、そっと患部を見ながらそう言った。そうだ、ここ…昔三ツ谷くんが持ってたゴミ箱が降ってきてぶつけた箇所だ。その時もこのくらい痛かったなと思い出す。タンコブ出来て、三ツ谷くんが保健室連れてってくれて、あの時はまだ優しくて、私すっかり好きになっちゃって…

「とりあえずそこ手当てしよう。立てる?ミョウジさん」
「あ、はいー…」

北くんの差し伸べてきた手を取って立ち上がったとき、突然ぐいっと反対方向に引っ張られた肩。勢いで私の体はふらつき、北くんの手も離してしまった。

「えっ?あ、三ツ谷くん…」
「……何してんのお前」
「ちょっとぶつけてしまってね…」
「何やってんだよしっかりしろよ」

そう言って私の前髪を掻き分け、タンコブの場所を見た。三ツ谷くんもあの時の傷が残っているのを見て何か思い出したのか、少し苦しそうな顔をしてから患部を優しく撫でてくれた。あれ…怪我すると優しくなる仕様なのかなこの人は。

「彼氏?」

北くんの言葉にハッとして振り返る。にこりと優しげに笑うその姿は、中学の頃のちょっとヤンチャっぽく見えていた北くんの面影がまるでないから不思議だ。

「あっいやあの、彼氏ではないんだけど…」
「そっか。とりあえずそこ手当てしないと。行こう?」

そう言われて私は素直に着いて行こうとした。三ツ谷くんと話したいことあったけど、今は仕方がない。またね、と一言挨拶をしてから歩き出そうとした時ボソリと背後で三ツ谷くんが何か言った。うまく聞き取れない。でもまた何かボソリと言っている。

「なに?三ツ谷くん」
「…シだよ」
「ん?」
「彼氏だよ。コイツの」

あ、いま、地球の回転が止まった。絶対止まった。

少し照れ臭そうにそう言った三ツ谷くんの顔を、私はきっと一生忘れないだろう。呆然と突っ立っている私の手を乱暴に取り、北くんの正面に立った。

「手当て…オレがするんでいいです」
「え?でも一応俺看護師で…」
「喧嘩ばっかだったからこの程度の手当ては慣れてるんで。」

手を引っ張られわけもわからず三ツ谷くんに着いて行った。気持ちも足どりもフワフワしていて、なんだかちゃんと歩けていない気がする。病院の敷地の横にある駐輪場に着くと、三ツ谷くんはやっと私を見てくれた。

「三ツ谷く」
「あぁああ〜…何言っちゃったんだよオレはもう……!」
「え?」
「クッソ…あーもうまじ!なんだよこの展開…!」
「え?あの」
「…とりあえず怪我大丈夫?」
「うん…痛いんだけど、なんかもう今心臓の方が痛くて…なんかこうフワフワしてるんだけど中心部がずきゅーんって痛くって」
「はいはい」

冷静に考えたらすぐにでも冷やした方がいい怪我なんだと思う。でもなんかもう…それどころじゃない。しゃがみ込む三ツ谷くんの隣に私もしゃがみ、ちらりと彼の顔を覗き込んだ。

「さっきの…本当なんだよね?」
「……」
「私、三ツ谷くんの彼女?」
「……」
「ヨメ?」
「それは違う」
「じゃあやっぱ彼女」
「……」
「私ついに三ツ谷くんの彼女になったんだよね!?」
「…言わせんなよバーカ」

べしんと頭を叩かれ、ちょっと額のタンコブに響いた。でもそんなのへっちゃら。痛くも何ともない。だって私、やっと三ツ谷くんの隣にいられるようになったんだもん。

「好き…三ツ谷くん好き……うぅっ諦めないでよかった…!」
「泣いてんの?」
「泣くよそりゃ!だって中3の時からずっと」
「間に他の男と付き合ってたくせに」
「え゛っ…だ、だってさすがにあまりにも脈無しかなって思っちゃって…」
「お前が他の男の話したり付き合ったりってさ…なんかすげぇ違和感だった」
「そ、それは…妬いた、ってこと!?」
「しらねぇよ」

立ち上がった三ツ谷くんは横に置いてあったバイクにキーを差した。あ、これ…昔から三ツ谷くんが乗ってたバイクだ。エンジンが掛かる音がし始めた時、三ツ谷くんは一つしかないヘルメットを私に被せてくれた。

「えっ乗っていいの?」
「仕方ねぇから送ってやる。あ、メット痛い?タンコブのとこ当たるよな?なんかタオルとか挟むか」

私がハンドタオルを差し出すとヘルメットの間に挟んでくれて怪我の部分に当たらぬよう調整してくれた。……無理、優しい、好き。そんな気持ちが猛烈に溢れ出てしまい、思わず三ツ谷くんに抱きついてしまった。

「なんだよ」
「もうやだ…好き…」
「はいはい」
「今猛烈にあなたを抱きたいです…!」
「ハ?いややめろよマジ」

ここでオレも、って甘い返答をくれないことは分かっていた。だってこれが、私が好きになった三ツ谷くんだもん。




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