もう絶対逃さないから




「珍しいじゃーん。ナマエちゃんが誘ってくれるなんて」

数日後、授業とバイトの合間を縫って一虎くんとお昼ご飯を食べに来た。腹に溜まるモンがいいという一虎くんの希望で、めっちゃガッツリした定食屋さんに連れて来られたが…食欲が全然わかない。

「どれ食う?」
「えー…サラダとかでいいや」
「すげ。女子だねぇ〜」

豚の生姜焼き定食大盛りとサラダ。対極的な二品を注文してから一虎くんは「んで?」と私に聞いて来た。

「なんか話でもあんの?」
「うん…あのさ、最低最悪な話なんだけどさ、私実はさ……彼氏いるのに他の人と寝ちゃった」
「へ〜。じゃあついにオレとも寝る気になった?」
「何の話?でさ、私さ…その人のこと本当は前から好きでさ、こんなことになれたのも嬉しくてさ…向こうもめっちゃ優しくしてくれててもうこれいい感じだ!私たちついに付き合うんだ!って思ったのに…そんな気ないって言われた…」
「ナマエちゃんが彼氏いるからだろ?」
「ちゃんと別れるって言ったのに、だよ?」

一虎くんはまたへ〜と興味なさげに相槌を打ちながら携帯を弄り出した。三ツ谷くんと仲良いこの人からなら何かいいアドバイス貰えるかなと思ったけど…無理そうだな。第一相手が三ツ谷くんだと明かしてない時点で無理か。でも三ツ谷くん、私とワンナイトしちゃったとか友達に知られたくないだろうしなぁ…。

「男の人ってさ…ベッドの中でいくら優しくて甘い言葉言って来ても全部その場限りのものなのかなぁ」
「え、三ツ谷どんなこと言うの?」
「可愛いって言ってくれたの…!ずーーっと私のことウザがってたのに、お前すげぇ可愛くなったなって……って、え?」
「うわーでもアイツ言いそう」
「…待って、私、相手三ツ谷くんだって言ったっけ…?」
「言ってない。でもそうだろうなと思ってた」

一虎くんは笑いながらカマ掛け成功〜と言い、絶望した私の顔を携帯で撮っていた。いや最悪。なんなのこの人。

「嘘…いつから気づいてた?」
「結構前から。三ツ谷昔からの変にお前の話しねぇし、まぁなんかあんだろうなーとはずっと思ってた」
「…ねぇ今の話全部忘れて。三ツ谷くん、一虎くんにこんなこと聞かれたくなかったと思うし」
「やーだね。こんな面白い話題忘れられるわけねぇじゃん。オレが三ツ谷の攻略法教えてやるよ。あ、メシ来た。とりあえず食お」

ホカホカと湯気が立つ一虎くんの定食とひんやりとしたお皿に盛り付けられた私のサラダ。まるで今の私たちの感情を具現化しているみたいだった。ヤバいな…一虎くんに喋ったこと知られたらマジで三ツ谷くんに怒られるし嫌われそう…。それに一応一虎くんは危ないから近寄るなって散々言われてるのにこうやって会っちゃってるし。本格的に呆れられるかな…

「あのな、三ツ谷って堅い奴だから基本真面目とかお淑やかとか、そういう女が好きなんだよ。ナマエちゃん一途そうだけどさ、喋りやすいしノリいいからちょっとそこ違うと思うんだわ。だからそういうとこ直してみたらいんじゃね?」

つまり、私は根本的に三ツ谷くんのタイプの女じゃないってことだ。なんとなく分かってはいたけど…やっぱりそうなのかと悲しくなる。

一虎くんは笑いながらモリモリと定食を口に運んでいた。ダメだ…全然元気出ない。サラダすら食べる気しない。一虎くんに会おうと思ったのが根本的に間違いだった。アドバイスしてくれているが、なんかもはやダメージにしかならない。



「あー食った食った。あれ?ナマエちゃんなんか元気ねぇな?」
「あるわけないじゃん…」
「なんで?元気出せよ。すぐにいい事あるって!」
「何を根拠に…」
「それはこれからかお楽しみーーって、いっでぇ!」

一虎くんの野太い声に驚いて顔を上げると、不機嫌そうな顔をした三ツ谷くんが一虎くんの髪を後ろから引っ張っていた。突然現れた彼の姿に、私の頭は大混乱だった。

「一虎てめぇ何してんだよ…!」
「何もしてねぇよ!むしろお前が何してんだよ」
「くだらねぇメール送ってきたてめぇにイラついてんだよ」
「いでで!離せよ!なっ、ナマエちゃん、いい事起きただろ?」

意味が全く分からなかった。なんで三ツ谷くんが一虎くんにキレてるの?いい事?なにが?メール送ったって…もしかしてさっきの私の絶望顔を送りつけたの?

「ミョウジ」
「はいっ」
「何ボーッと突っ立ってんだよ。行くぞ」
「え?え?どこに?」
「じゃーねーーナマエチャン。あ、今度奢ってねー」

状況が理解できないが、とりあえず一虎くんに手を振ってから前を歩く三ツ谷くんの後ろをついて行った。真冬だと言うのに襟足の髪が汗で濡れていた。…走って、きたのだろうか。

「待って三ツ谷くん!なんかよく状況が掴めないんだけど」
「お前さぁ、なんっであんなに忠告したのに一虎と会ってんの?しかもお前から誘ったんだって?」
「へ?」

そう言って三ツ谷くんはきっつい睨み方をしてきた。元ヤンにこんな目つきで見られるとなんとも言えない威圧感と恐怖感がある。

「あの、ちょっと一虎くんには相談に乗ってもらってて…」
「アイツ相談とか乗れるキャラか?」
「…うん。人選はミスったと思うよ」

三ツ谷くんは大きなため息を吐いた。
どうしよう…この間の一件で嫌われたのは明白なのに、さらに怒らせてしまっている。これはもう、二度と彼と会うことはできないフラグでは…?恐る恐る三ツ谷くんの方を向き「ごめんなさい」と言うと、またきっつく睨みつけてきた。

「分かったらもうアイツと会うなよ、特に二人きりでは」
「うん分かった…、あとこの間のことも、ごめんなさい」
「なにが?」
「彼氏いること言わないであんなことしちゃって…軽率の極みでした」
「いいよそれはもう…オレもあん時なんかいつもと調子違ったつーか、場の雰囲気に飲まれたっつーか…悪かった」
「ううん、でも私がしたことは最悪だった!彼にも三ツ谷くんにも…ほんっと最低なことした!ごめんなさい!」

三ツ谷くんの前に立ち憚り、がばっと頭を下げて謝罪した。こんなことしても三ツ谷くんに好かれるのは無理だって分かってるけど…けど、謝っておかないと自分の中での靄が消えない気がした。好かれるのは無理でも、せめて嫌われないではいたい。

その時ポンと私の頭に彼の手が置かれたのは、気のせいじゃない、と思う。

「…彼氏とは別れた?」
「え?あ、うん…あのバイト先に三ツ谷くんがきてくれた後…別れ、ました」
「ふーん…怒られた?」
「怒ると言うか…呆れられた。ずっと他に好きな人がいたって言ったんだけど…」
「すげ。よくそんなんで修羅場ならなかったな」
「あ、でも結構キツイ言葉では色々言われたかな…」

怒りはしなかったものの、西くんにはかなり傷つく言葉を投げられた。静かにキレられてるのも怖かったし彼の言葉一つ一つに傷ついたけど…でも、最低なことをして彼を傷つけたのは間違いなく自分だから。どうこう言える立場ではない。手を上げられなかっただけ良かったと思う。

「あのさ、ミョウジ」
「うん?」
「この間のことは忘れて」

鈍器で頭を打たれたような衝撃が走る。……やっぱ、そうなるよね。忘れたいんだよね、三ツ谷くん。そうだよね。お酒の勢い。同窓会後のノリ。そうやって一夜限りの関係を持つことは大人になればあると知ってた。知ってた……けど、

「誘ったのは自分だけどさ…やっぱ順序おかしかったしアレはなかったことに」
「やだ」
「…は?やだ?」
「やだよ!だってあんなに三ツ谷くんに優しくされたり一時だけとは言えくっつけたのに…忘れるなんてしない!てかできない!死ぬまで一生心に刻み込んでやる!!」
「え、や、なにお前どうした?」
「私言ったじゃん!絶対私のこと好きにさせてみせるって!ここまで来たのに…やっとここまで辿り着けたのに、諦められるわけないじゃん!」

突然声を張り上げる私に三ツ谷くんは明らかに戸惑っていた。本当は諦めようと思ってた。一回こんな関係になっても付き合う気はないと言われて、もう修復不可能かなと思った。でも三ツ谷くんは来てくれた。私が一虎くんと二人で居ると知ったら、走って来てくれた。そんなのもう…諦めんなって言ってくれてるようなもんじゃん。

「三ツ谷くん絶対もう私のこと好きじゃん!」
「え…何その自信。引くわー」
「じゃなかったら走って来てくれるわけないじゃん!」
「走ってねーよバーカ」
「汗かいてたの見えたからね」
「たまたまジョギングしてただけ」
「何そのあり得ない言い訳。引くわー」
「お前自惚れすぎ」

気づけば中学の頃のように幼稚な言い合いをしていた。昔に戻ったような感覚に心地よさを覚える。あの頃のままだ。三ツ谷くんは、やっぱり私の好きな三ツ谷くんだ。

「三ツ谷くんが私に落ちるまであと一歩だね!」
「は?何言ってんの?絶っっっ対ェ落ちないから」

昔ならその言葉にショックを受けて言葉を失ったかもしれない。でも今はもうそんなことない。三ツ谷くんの気持ち、あの頃より確実に私に傾いてるって分かってるんだから。

絶対落としてみせるからね、三ツ谷隆!




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -