幻でも消えないで




「えぇ!?三ツ谷くんと!?」
「しーっ声大きいよ!」

大学に入ってからも相変わらずよっちゃんとは仲良しで、大学こそ別だが今は同じコーヒーショップでバイトしている。一昨日の同窓会は勿論よっちゃんも一緒だったが、三ツ谷くんと抜けるときに体調悪くなったから先に帰ると彼女に嘘をついていた。でも実はこういうことがあったのだと打ち明けてみたら、予想どおりの反応だ。

「ま、待って?三ツ谷くんとそんな仲良かったっけ?」
「えーうーん中3の終わり頃はちょっと喋ってたけど…」
「あぁ、そうだったかもね。えぇーでも…えぇー!なんか意外…そういうことって本当にあるんだね」

よっちゃんはあの一つ上の彼氏と未だに続いていた。たぶん数年後には結婚するんじゃないかと思う。そんな一途な彼女にワンナイトしてしまった話なんて正直しづらかったが…でもどうしても誰かに話したくて我慢できなかった。だって!私…私!あの三ツ谷くんとえっちしたんだよ!!?さんっざん冷たくあしらわれてたあの三ツ谷くんとだよ!?しかも髪伸びてお洒落になってますますカッコ良くなっていて、同窓会でも女子たちが「三ツ谷カッコよくなってなーい?」って話題にしてた、あの三ツ谷くんとだよ!?…変態みたいだけど、あの夜のことを思い出すだけで…とろけそうになる。

「実は私中3の時から三ツ谷くんのこと好きで…」
「えっ初耳」
「全く相手にされてなかったから誰にも言えなくってさ…でも約5年かかって、やぁっと少し前進したかなぁって」
「そうなんだ…えっと、それは良かったね、って言っていいのかな?」
「いいに決まってんじゃん!」
「そっか。じゃあ西くんのことはもうちゃんと方がついてるんだね」

ガシャン

拭いていたお皿を落として見事に割ってしまった。よっちゃんは「まさか…忘れてた?」と青ざめた顔で聞いてきたが、それに答える前に店長が裏から出て来てしまったから慌てて謝った。

待って待って…西くん。そうだよ西くんいるじゃん!私浮かれすぎて忘れかけてたけど彼氏じゃん!あれっしかも今日バイト後会う約束してなかったっけ!?ヤバいヤバい、しかも絶対えっちしたらマズイんだった!!

「おい…大丈夫かよ。すげー音したけど」
「あっいらっしゃいまー……」

目線を割れたお皿からカウンターの方へ向けると、そこには三ツ谷くんが立っていた。思わぬ人物の登場に私もよっちゃんも目を丸くする。

「えっえっなんで?」
「中学の奴に聞いた…お前ここでバイトしてるって」
「それで来てくれたの?」
「たまたま近く通りかかったらお前いるの見えたから。とりあえず皿片せば?」
「いいよナマエ。私が片付けておくから。三ツ谷くんごゆっくりね」

よっちゃんの姿を見た三ツ谷くんは「一緒にバイトしてるって本当だったんだな」と言った。そんな情報まで回っているのか…。とりあえず三ツ谷くんが注文してきたアイスコーヒーMサイズをレジに打ち込んだ。トレイに置かれた500円玉を受け取り、150円のお釣りを渡す時、少し三ツ谷くんの手に指先が触れた。過剰反応かもしれないけど、それだけで体が痺れるような熱が走った。

「…ふっ、何今更こんくらいで反応してんの」
「えっ?しっしてないしィー」
「嘘こけ」

いや何なのもう、かっこよすぎるでしょ。嘘こけの一言だけで私を悩殺してくる人とか絶対この世に二人といない。だめだ…一回寝ちゃってから三ツ谷くんのことが頭から離れない。何年も会ってなかったからもう過去の想い人ってことにしていたのに…同窓会で三ツ谷くんと再会して私はまた彼に恋してしまっていた。何年経っても、どうしても忘れられない。

「今からどこか出かけるの?」
「ううん、バイト帰り」
「えっほんと?私ももう少しで上がるからー…」

いや何誘おうとしてるんだ私。この後西くんと会う約束してるのに…。だめだ。だめだめ。ちゃんと西くんと別れてこなきゃ。三ツ谷くんと会うのは、それからにしなきゃ。

「お前さ、今日彼氏と会う日だとか言ってなかった?」
「よく覚えてるね…バイトの後会う予定だよ」
「ふーん」
「あの…ちゃんと、別れてくるから」
「え?」
「だってあんなことなっちゃって、もう付き合ってはいられないでしょ…それにこの間も言ったけど私やっぱり三ツ谷くんのことが……!だから、ちょっとだけ待ってて。ちゃんとケジメつけてくるから」

お客さんがいないのをいいことに、カウンター越しで三ツ谷くんに改めて告白をしてしまった。恥ずかしい…バイト中に何してるんだ私。でもちゃんと伝えておきたかったから。三ツ谷くん、塩顔巨乳の彼女に二股されてた辛い過去があるんだから、私は絶対そういうことしないからねって伝えておきたかった。しっかりと彼氏と別れてから三ツ谷くんのとこに行くねって。

「あのさ…なんか勘違いしてる?」
「え?」
「彼氏と別れるとかは勝手にすりゃいいけどさ…だからと言ってお前と付き合うとか言ったっけ?」
「え?」
「言ってねぇよな?オレ」

言って、は、ない……かもしれない。けどさ、あの流れで…こうなる?お前の気持ちなんか知ってんだよバーカってちゅーしてきたのに?三ツ谷くんからしてきたのに?私たち、付き合わないの?

「え?は?嘘?」
「本当。」
「あの流れで?」
「むしろどの流れだよ」
「え、言わせないでよ恥ずかしい」
「じゃあ別にいい」

え?うそ?何これ夢?ベッドの中での甘々三ツ谷くんどこ行った?一夜明けて優しくメイク落としてくれた三ツ谷くんは幻だったの?混乱してる私の顔を見て三ツ谷くんは口を押さえて笑っている。そして「んじゃお疲れ」とアイスコーヒーを片手に去っていった。

おかしいな。やっと距離縮んだと思ったのに、このやりとりの感じ…中3の頃に逆戻りしてない?

やっぱりあれは一晩だけの夢のような時間だったんだ。期待して舞い上がった自分が恥ずかしい。そうだ、三ツ谷くんは元々こういう人だ。私に彼氏がいると知ったらこんなこと絶対しなかっただろう。むしろ嫌わたまであるよね…彼の中で私のキャラ付けはますます軽い女になったに違いない。ああ…私のバカ。自分で自分の株下げてんじゃん。

「ナマエ…大丈夫?」

私と三ツ谷くんの会話を聞いていたらしいよっちゃんが心配そうに声をかけてきた。

「ははっ…なんか、一人で舞いあがっちゃってたみたい!はっずかしいーー!」
「うん…大丈夫?」
「大丈夫大丈夫!あの人に冷たくされるのは慣れてるからー…」

でも自分の言葉とは裏腹に、視界が滲んできた。鼻の奥がツンとしてきた。肩が震えてきた。本当に結ばれたと思ったのに、やっぱりそれは勘違いだし彼にとっては単なる酒の過ちだったんだ。中学の頃とは違ってあんなに優しく触れてくれたのに、全部全部幻だったんだ。幻だったとしても、あんな出来事、忘れることなんてできないのに。





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -