「マイキーこれ食べない?」
「いいの?」
「うん、なんかもうお腹いっぱいで」
「ふーん。じゃあもーらいっ」

集会前になんとなく創設メンバーで集まってファミレスで腹ごしらえ。今日も今日とてナマエは当たり前にマイキーの隣に座っていた。

「なに?食欲ねぇの?」
「んーちょっとそうかも」
「夏バテ?」
「かなぁ」
「あ、分かった生理だろ」

マイキーとナマエの会話に割って入って来た一虎の言葉に場の空気が凍る。おいおい…流石にそれは言っちゃやべぇだろ…。案の定、ドラケンの拳と三ツ谷の手刀とパーのこめかみチョップがほぼ同時に一虎を襲った。

「っってぇぇぇだろうがてめぇーら!!」
「お前最低」
「デリカシーなすぎ」
「オレより脳みそアホ」

降り注ぐ一虎への罵倒の言葉。一虎は「ぁん!?」と目を細めながら睨みつけていたけど、そんなん誰も気にしてない。もう一度言うけど、今のは流石に言っちゃやべぇやつだった。こいつが100パー悪い。

「…帰るね」

静かにナマエが椅子から立ち上がったのを見て全員ギョッとした。え…怒ったか?冷静で淡白な性格のナマエが怒る姿を見るのはいつぶりか。怒ってるっつってもやっぱり静かなのはナマエらしいんだけど。でもみんな慌てていた。オレに至っては無意識にナマエの腕を掴んで帰るのを阻止していた。

「ちょ、待てナマエ!おい一虎てめぇ謝れよ!」
「やだね」
「何言ってんだよこのクソガキ!」
「はぁ?ガキぃ?オレら全員同い年だろーが!」

完全にへそ曲げやがった一虎はどうやら謝る気ゼロらしい。ナマエはそんな一虎を冷めた目で見下ろし、その後オレに掴まれている方の腕を静かに触った。

「場地、離して」
「あ…わり……じゃなくって、え、まじ帰るの?」
「うん。だって今から集会でしょ?」
「今日は終わるまで待ってねぇの?」
「うん、帰って勉強したいし」

中3の夏、一般的には受験生の夏。勉強するのが当たり前なはずだ。「ナマエの成績で勉強する必要あんの?」と言うマイキーを彼女は少し睨んでから今一度「帰るね」と言った。

「待てよナマエ、送るって」
「いいよ、集会じゃん。総長が遅刻してどうするの」
「総長だからこそ遅刻していいんだよ。なぁお前ら?」

マイキーは言い出したら聞かない。そんなことオレらが一番よく分かっていた。だからまぁみんなで適当に同調しておいたら、マイキーは笑って席を立ちナマエの手を引いてファミレスを出て行った。

その様子を見てまた自分の片眉がピクリと動いた。ガキの頃はたしかにマイキーがナマエの手を引っぱって歩く姿を何度か見たかもしれない。でも中3になって、体がもうほぼ成人女性になったナマエと、背は小せえけど男らしい体つきになったマイキーが触れ合っている姿は、やっぱり自分の中で納得いかなかった。

あれはオレが知っている二人の姿じゃねぇ。そう思うと無意識にストローを噛んでしまっていた。


「おい一虎、てめぇ後でナマエに謝っとけよ」
「はぁ?オレそんな悪いこと言った?てかそれで怒っちゃったらナマエいま生理だって自分で言っちゃってるようなモンじゃん!怒ったアイツが悪い」
「お前があんなこと言わなきゃこんなことならねぇんだよ。一虎がモテねぇ理由がまた一つ分かったわ」
「はぁ!?モテるしオレ!ぜっってぇこん中で一番顔面偏差値高ぇし!」

いつまでも吠え続けるバカ虎の相手はしてらんねぇ。ドラケン達にあいつの相手は任せて、窓から外を覗く。マイキーがヘルメットをナマエに被せ、ナマエを先にバブに跨がせてから自分が乗り、ナマエがマイキーの腰元に手を添える。そんないつもの二人のやり取りにすら目を背けたくなった。

「なぁ?そう思うだろ?場地ィ」
「ん?あ、ごめん聞いてなかった」
「はぁ?だからさ、どう考えてもこの中で彼氏にするならオレが一番だろって話!」
「一番ねぇだろ、お前は」

ほら見ろ!とゲラゲラ笑い出すドラケン達。その笑い声に釣られてオレも笑った。笑っていたおかげで、バブで走り去るマイキーとナマエの背中を見ることはなく済んだ。






8月20日。我らが総長マイキーの誕生日。折角だし今年はサプライズしてやろーぜ!と誰かが言い出してそういう流れになった。適当に幹部メンバー集めてジャンケンで役割分担を決めたところ、オレは飾り付け係になった。……いや飾り付けって、オレできねぇんだけど。他の奴らもそこは同意見だったのか、こういうのが得意な三ツ谷も一緒に飾り付け係になってもらった。


「こんなクソ暑い日に野郎共で集まってバースデーパーティーなんて…」
「いいじゃん。マイキーの部屋クーラーあんだしガンガン付けて冷やしてやれば」
「そういう問題かよ。どんなに部屋涼しくてもむさ苦しくて暑くなんだろ」
「ナマエは?今日来ねえの?」
「…さぁ。知らね」

思えばいつもナマエを連れて来るのはマイキーだった。マイキーへのサプライズとなると、マイキーがナマエに声掛けてるとも思えない。でもな、あいつがマイキーの誕生日忘れるとも思えねぇ。…もしかしたら昨日とか二人で祝ってんのかもしれねぇけど。


「あ、なぁ場地、そっちの袋クラッカー入ってる?」
「入ってねぇよ」
「あーやべ…買い忘れた。ちょっと買って来るからお前先行って飾り付け始めてて」
「は!?おいちょっと三ツ谷!」

このクソ暑い炎天下の中、三ツ谷は走って買い出しに戻ってしまった。先に飾り付けておいてと言われても……どこをどう飾ればいいんだ。溜め息を吐きながらマイキーの家に向かって、慣れた手つきで離れにあるあいつの部屋を開けた。その時ふわりと冷気が漂ってきた。マイキーの奴、冷房つけっ放しで出掛けたのか?


「…ナマエ」

部屋の冷気の正体はコイツだった。ナマエが、既に部屋にいて冷房を付けていたんだ。多分、飾り付けやすいようにと散らかっていたマイキーの部屋を先に片付けてくれていたのだろう。マイキーの部屋の割にきちんと今日は片付いている。でも疲れたのかなんなのか…ナマエはベッドの上で寝ていた。

「おいナマエ、起きろ」

声を掛けてみるが全くの無反応だ。マイキーがガキの頃から愛用してるくたびれたタオルケットを掴みながら寝息を立てるナマエを見て胸が苦しくなる。

男のベッドで無防備に寝てんなよ
あいつのタオルケットなんて使ってんなよ
お前はオレの部屋でもそういうこと出来るのかよ

悔しさと焦燥感を胸に抱きながら、ベッドの前でしゃがんだ。全く警戒していない寝顔と寝方。夏で暑いのは分かるけどこんな足出したまま男のベッドで寝てんじゃねぇよ。どうなってもいいのかよ。相手がマイキーなら…いいとか思ってんのかよ。

「ナマエ…」

名前を呼んでも起きなかった。なら何してもバレないと思った。後から思えば、オレが取った行動は一言で言えば「魔が刺した」ってやつだったと思う。気持ちが正常だったら、絶対ぇナマエにこんなことしていたかったと思う。寝ているナマエの唇に自分の唇を押し付けるなんて、どうかしていた。本当に、どうかしていた。ほんの一瞬の満足感なんてすぐに消えるのに。こんなんで自分が満たされるわけなんてないのに。

ギイとドアが軋む音がした。驚いてベッドから体を離し、音のする方を見た。


「み、つや…」

パタンと静かにドアを閉めた三ツ谷は、気まずそうに笑った。そして「クラッカー買ってきたぞ」なんてすげぇどうでもいい報告するもんだから、なんか気が抜けた。見られて、ない…?いやでもコイツがそんなところ見逃すとも思えない。


「おい、三ツ谷…」
「あーうん…大丈夫、見なかったことにする」

やはり見られていた。頭をガシガシと掻くオレを見ながら三ツ谷は目尻を下げて笑った。

「お前いつからナマエのこと?」
「しらねーよそんなん…」
「伝えねぇの?」
「言えるかよ…マイキーもいるのに」
「え?なに、結局アイツら付き合ってんの?」
「ちげぇ…と思うけど」

全てが曖昧な返答だった。自分の気持ちのことも、マイキーとナマエの関係のことも。でもわかんねぇんだ、マジで。ナマエに告ってどうこうしたい…と思っているわけでもない。マイキーとデキてんなら邪魔したいとも思わない。ただ…その相手がマイキーじゃなくオレだったらいいのにって、それだけなんだ。


「お前の気持ち他に知ってる奴いんの?」
「気づかれてなければ、誰も」
「案外一虎が気付いてたりして」
「どんな見解だよそれ」

あのバカ虎が人の気持ちの機微に気づいているわけない。それでけは断言できる。三ツ谷は誰にも言わねえから安心しろと言ってくれて、見られたのがコイツで良かったと心底思った。それと同時に、実はナマエが起きていてオレがしたことに気づいていた…なんて展開がないことをひたすら祈った。





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