恋は0時に沈黙する

家に帰るといつものように真っ暗な室内が広がっていた。でも違ったのは部屋の綺麗さ。電気をつけるときちんと片付いた台所とリビング兼寝室が照らされる。しっかり片付けてから出て行ったのか…さすがだ、と感心しながら台所を横目で見ると冷蔵庫にメモが貼ってあった。


名前ちゃん、仕事お疲れ様。
夕飯のおかず冷蔵庫に入ってるからレンジで温めて食べてね。


じわりと涙が目に滲ませながら冷蔵庫を開けた。美味しそうなオムライスとサラダが入っていた。早速レンジに入れて温めてぱくりと食べると、優しい卵の味が口内にふんわりと広がった。そう言えば彼が初めてうちに泊まった日の翌朝、世界一美味しいだし巻き卵を作ってくれたっけ。あれ美味しかったなぁ。リクエストしたら明日の朝作ってくれるかなぁ…


「…三ツ谷くん」

彼氏でもない男の名前を呼んでも、より虚しくなるだけだった。


遅くなるけど絶対帰ってくるという彼の言葉を信じて今回は絶対に寝ないで待つことにしよう。幸い明日は祝日だし、夜更かしなんていくらでもできる。もし…もしそれでも帰って来なかったらもう追い出そう。そして綺麗さっぱり今度こそ三ツ谷くんのことを忘れよう。

そんなことを考えながらお皿を洗って、お風呂入って、テレビを見ながらペディキュアを塗り替えていた。三ツ谷くん赤とか好きかなぁとか、そんな果てしなくどうでもいいことを考えながら塗っていると、ガチャリと玄関の鍵が回る音がした。


「ただいまー」
「……」
「え?名前ちゃん?いるんだよね?」
「い、ます…」
「なんだよ、おかえりぐらい言ってよ」
「おかえりなさい…」
「ん。ただいま」

まだ乾いてないペディキュアを気にすることもなく、私は玄関に駆けていきそのまま三ツ谷くんに抱き着いた。ちょっとビックリしつつも優しく抱き止めてくれて、私の頭を撫でながら「どうした?」と聞いてきた。


「遅くなるって言ってたじゃん…」
「え?十分遅くない?もう11時半だよ?」
「もっと…朝方とかかと思ってたから…」
「名前ちゃん…ごめん。帰ってこねぇと思って不安になったよな?ごめんな、ほんと」
「うん…」
「大丈夫、オレここにいるよ。名前ちゃんの隣にいる」

ぎゅうっと抱き締める力を強めてくれることが嬉しかった。三ツ谷くんの存在をこれでもかってほど感じられた。良かった。三ツ谷くん、今回は私のところに帰ってきてくれた。良かった。良かった。


「オムライス食った?」
「うん、美味しかったよありがとう。三ツ谷くん夕飯は?」
「オレは大丈夫。食ってきたから」
「あれ、今まで仕事だったんだよね?」
「うん。だから職場のみんなで出前取って軽く食った」
「そっか」

にこりと笑いながら私の頭を撫でるその手を、いつからこんなに恋しく思っただろうか。ぎゅっと彼の胸元に抱きつくと抱き返してくれて、それだけで私の心臓はきゅんと音を立てる。まるで思春期の頃に戻ったようだ。

「風呂入ってくるね」
「うん」

彼がお風呂場のドアをバタンと閉じた後、畳んだバスタオルをまだ洗面所に戻していないことに気付いた。来客用にと取っておいた誰かの結婚式の引き出物で貰ったバスタオルが、ここ数日で三ツ谷くん専用のバスタオルになっている。

そっと洗濯機の横にバスタオルを置いておいた。洗濯カゴには三ツ谷くんがさっきまで着ていた服が乱雑に突っ込まれている。意外とこういう所はだらしないんだなぁ、まぁ男だしこんなもんか、と思いながらカゴからはみ出ていた白のカットソーの袖を中に入れた。

「……ん?」

真っ白のカットソーのちょうど首元…いや胸元あたりだろうか、ファンデーションがついている。あぁ、さっき私が抱きついたからかと思ったが、鏡に映った自分の顔を見てハッとする。……私もうお風呂入ってスッピンじゃん。

待って待って…これあれだよ、以前ついてたのに洗濯で落ちなかったやつ。いやでもこんなハッキリと付いている…一度でも洗濯すればもっと薄くなってるはず、だよね?三ツ谷くんは今日仕事で遅くなったと言っていた。ご飯も、職場で済ませたと。でもあの男の口を信じていいわけがないと思い出した。ご飯作ってもらってちゃんと約束どおり帰ってきたから忘れかけてたけど…この人は、三ツ谷隆なんだ。


「名前ちゃん?何してんの?」

お風呂場の扉をちょっと開けて顔を出してきた彼に驚きつつも、なるべく普段どおりの顔を作ってバスタオルを持ってきた旨を伝えた。

「それだけ?」
「それだけ、って?」
「一緒に入りたいのかなって」
「…いや、私もうお風呂済ませちゃってるから」
「そっか。また今度お湯溜めて一緒に入ろうな」

パタンと閉まった扉を見つめながらため息が出た。

例えば私があのファンデーションの汚れについて問いただしても、三ツ谷くんは上手く交わすだろう。「職場の女性がよろけたときについた」とかなんとか言って。本当にそういう可能性があると言うのは分かるけど、彼がうちに転がり込むまでに吐かれた言葉の数々を私は全て鵜呑みにしているわけじゃない。ていうか鵜呑みにしちゃいけないと思っている。だから今回のことも、どういうことなのか頭ではわかっている。



「名前ちゃん」
「わっ!?上がったの?」
「うん。起きて待っててくれてありがと」

顎を掴まれて無理やりキスされて、無理やり舌をねじこまれる。やめて、今は流石にやめてほしい。そう思いながら彼の肩を押したが、お構いなしに彼の手は私の服の中に侵入してくる。


「んっ…だめ、やめて」
「なんで?名前ちゃんともう3日も一緒の部屋に寝泊まりしてるに触れなくってもう限界なんだけど」
「触ってるじゃん」
「そういう意味じゃないの、分かってるでしょ?」

もっと上の方まで侵入してくるその手は、私の胸の膨らみを弄りだした。半年前に三ツ谷くんに触れられて以来、異性に触られていなかった体は簡単に疼き出す。悔しいけど、三ツ谷くんとまたそうなりたいって思ってしまっている。けど……


「三ツ谷くん…本当にやめて」
「なんで?…あ、アレの日?」
「違う。数時間前に他の女触っていた手で、さすがに触られたくない」

そう言うと彼の手はピタリと止まった。また唇を塞ごうと近づいてきていた顔も止まった。そしてタレ目をもっと垂れさせるように柔らかく笑ってから「なんのこと?」と言うのだ。

「シャツに…ファンデーション付いてたよ」
「…あぁ、今日仕事で化粧品触ったからかな」
「別に三ツ谷くんがどういう人か分かってるんだから、もうはぐらかさないでいいよ。分かってていま一緒にいるし、そんなことで追い出そうとか思ってないから」

真っ直ぐ三ツ谷くんの目を見ながら言う。そんな私を見ながら彼は服の中に入れっぱなしだった手を再び動かし始めて、おっ始めようとした。

「ちょ、ちょっと!話聞いてた!?」
「うん。聞いた。全部名前ちゃんの誤解だよ。だからオッケーっしょ?」
「はぁ?…あのさ、別に今日に限らずだけどさ、他の子とも会ったりしてるんでしょ?」
「ううん、してない。名前ちゃんだけだよオレ」
「…うっそくさ」
「じゃあ信じてもらえるまで頑張るよ」
「……」
「こんなに好きなの、名前ちゃんだけだから」

甘い言葉には棘がある。そう分かってるはずなのに、私はこの男に抗える日は来るのだろうか。




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