間引く感情

みっともないとも思ったし、わたしにはプライドというものがないのかとも思った。いや、本当に困った。自分の感情がコントロールできないみたいで。

三ツ谷くんとホテルに行った翌日にもうLINEしてしまうなんて、本当にアホだ。でも彼はやっぱり昨日のように優しく応えてくれて、私の家にまで会いに来てくれた。部屋も片付けたしルームフレグランスも新しいのを開け、本当はキラキラOLとはかけ離れた部屋だけど、懸命にそれっぽさを演出した。私が本当は外面だけ着飾ってる見栄っ張りOLだって彼にはバレてるけど、それでも可愛さを演出したかったんだ。





「ほんと嬉しい。名前ちゃんとまたこんなすぐに会えて」

コンビニでお酒やおつまみを買ってうちに来てくれた三ツ谷くん。仲良くそれらを早速開けて飲んだり食べたりしているうちに、あっという間にそういう雰囲気になり、私はあっさりとまた抱かれたのだ。いや、まぁそれ目当てで三ツ谷くんに連絡したんだけどさ。三ツ谷くんも三ツ谷くんで、しっかりコンビニでゴム買ってしてたし。

「名前ちゃんからLINE来てさー、オレめっちゃ顔にやけた」
「えーほんとー?」
「ほんとほんと。なんで疑うんだよ」
「別に疑ってはいないけどさ…」

事後のベッドの上でゴロリと三ツ谷くんに背中を向けると、当たり前のように後ろから抱き締めてくれる。ぶつかる素肌も、悪戯に私の胸を触ってくるその手も、耳元で囁かれる名前ちゃんって声にも、全部全部感情が持っていかれそうになる。


「…今日、泊まる?」
「泊まっていい?」
「いいよ」
「やった。朝まで名前ちゃんといられる」

ぎゅうって私を抱き締める腕の力が強くなる。バカじゃないの私。この人は、この三ツ谷隆って人は、一時の愛と優しさをくれるだけの男だって分かってんのに、なにこんなに嬉しくなっちゃってるのよ。


「三ツ谷くん、私お風呂入ってくるね」
「風呂溜めんの?」
「うん。ていうかもうお湯張ってある」
「ほんと?じゃあオレも一緒に入っていい?」

また悪戯に、私の胸を摘むように弄ってきながら聞いてきた。そんなの断るわけないじゃない、バカ。



大して広くないお風呂場に成人が二人。当たり前に窮屈だから当たり前に距離が近いままお互いの体を洗い合い、一緒に湯船に浸かった。何度も三ツ谷くんは「入れていい?」って聞いてきたけどそこは断った。さすがに避妊なしでこの人とする気にはなれなかったから。

「オレ実は風呂場でやったことないんだけどさー」
「ふーん」
「あ、何その反応。名前ちゃんはやったことあるんだな?」
「えーどうだったかなぁ、忘れた」
「うわー絶対ェあるやつだそれ。悔しい」
「悔しい?何が?」
「んーだってさ、なんでも名前ちゃんの初めてはオレが貰っちゃいたかったから」
「…はぁ!?」
「風呂場での初セックスはもう他の奴に貰われてたかー…なんかない?名前ちゃんがまだしたことないこと」
「え?なに?エロなことで?」
「んーん。なんでもいい。名前ちゃんが“あれしたのは三ツ谷くんが初めてだったなー”って、何年経っても思い出してくれるような事なら、なんでもいい」

……だめだ、やっぱ私日々の仕事や周りの人とのマウントの取り合いで疲れてるのかも。三ツ谷くんの今の言葉で、かなり心がグラッときた。そのまま三ツ谷くんに近づくとゆっくり抱き締めてくれて、そのまま膝に乗せてくれて、ちゅっと唇をぶつけてくる。なにこれ、もう癒し効果抜群すぎる。


「…その日会ったばかりの人と寝たのは、三ツ谷くんが初めてだよ」
「ほんと?」
「ほんと」
「すげぇ嬉しい。名前ちゃんの記憶に残れるじゃんオレ」
「そーだねー。残るかもね」

濡れた三ツ谷くんの髪を手で取って、そこにあったヘアゴムで結んでみた。襟足の部分が濡れていつもより長くなっていて、結びやすかった。男の人の髪を結んだのもこれが初めてだなぁと思いつつも、これ以上三ツ谷くんを調子乗らせてくないから黙っておいた。

「オレも初めてだなー」
「んー?なにが?」
「その日会ったばかりの女の子と寝たのも、あとこーやって女の子に髪結ばれたのも」
「ごめん、それは嘘くさすぎるわ」
「は?何でだよ」
「ぜーったい慣れてるじゃん、三ツ谷くん」
「慣れてねぇよ」
「ていうかさぁ、そもそもこうやって休日に私の家に来たりして大丈夫なの?彼女はどうしてんの?」

そう尋ねると三ツ谷くんはキョトンとした顔で私を見た。

「彼女?オレ彼女いるなんて言った?」
「言ってないけど…昨日、内緒って言ったじゃん」
「うん。だからいるとは言ってないよね?」
「いない人はいないって言うもんだよ〜」
「いやいないけどさぁ、内緒って言うと名前ちゃんが気にして悶々とオレのこと考えてくれるかなぁと思ってそう言ったんだよ」
「……」
「なにその目」

三ツ谷隆。名前しか知らないこの男はどうやらかなり女の子を騙す上級者と見た。そこまで考えて「内緒」って言うとかある?少なくとも私の今までの人生でそんな男には会った事ない。

風呂場の温度と湯気でそろそろ本格的に頭がおかしくなりそうだから湯船から出た。何も言わずに風呂から上がる私に三ツ谷くんは少しビックリしながらも「オレも出る」って言って後をついてきた。いやだからさ、狭いのは分かるけどそうやって体を密着させないでくれないかな。


「名前ちゃん?怒った?」
「怒ってないよ。でも驚いた」
「ん?」
「ねぇ三ツ谷くんて何歳なの?」
「名前ちゃんが教えてくれたら教える」
「じゃあいいや」
「えーなんでだよ。名前ちゃんはアレだろ?会社の同期が結婚ラッシュだったり子供いる人もいたりって考えると…27〜8だろ?」
「…知りません」

ドンピシャだけどさ。まっじでドンピシャだけどさ。悔しいから言わないけどさ。しかし三ツ谷くんが何歳か、正直検討がつかない。見た目若そうだけど、なんか落ち着いてるところもあるし…。学生、ではないと信じたいところだけど。チラリと顔を見上げると目が合って、にこりと笑ってくれた。

「大丈夫、未成年じゃねぇから。酒飲んでもラブホ行っても問題ない歳だから」
「うん…もうそれだけ分かればいいや…」
「なんだよそれーオレに興味ねぇの?」
「あんま興味持たない方がいいかなと思った」

タオルを体に巻いて、脱衣所を出ると廊下の涼しい空気に体が一瞬震えた。三ツ谷くんも後をついてきて「なんか着るもん貸して」と言うからメンズ物のスウェットを投げておいた。

「なぁこれ誰用なの?」
「え、自分用。ゆったり着たいからメンズ物の部屋着買ったりするの」
「ふーん、なんだ。それなら良かった」

三ツ谷くんは「ほんとだ名前ちゃんの匂いする」とかなんとか言いながらスウェットを着ていた。名前ちゃんの匂いじゃなくってそれ名前ちゃんちの柔軟剤の匂いだからね。と思いつも私の匂いとか、そういうの認識しているのか…ってまた気持ちがおかしくなりそうになった。


「名前ちゃん、明日は仕事や用事ないよな?」
「うん」
「よっしゃ、じゃあ夜更かししまくろーぜ」
「えーでもうちトランプとかUNOくらいしかないよー?」
「ねぇ何そのボケ。誰もカードゲームで夜更かししようだなんて思ってねぇから」
「……ですよね」
「名前ちゃんなに、天然?可愛すぎんだけど」

お腹を抱えて笑う三ツ谷くん。…うん、狙ったわけじゃないんだけど今の発言は天然すぎたね。やっぱ私どっかおかしくなってるかも。三ツ谷くんはこっちに近づいてきたと思えば私を抱き締め、また思い出したように笑い出した。そして気づけば釣られて私も笑っていた。

「あーやべぇウケるわ。あっそうだオレ朝ご飯作ってあげるよ。卵くらいは冷蔵庫に入ってる?」
「え?うん」
「じゃあ世界一美味いだし巻き作ってあげるから。期待してて」
「…ねぇなんでこんな若い男の子がだし巻き玉子なんて作れるの?やっぱ同棲してる子でもいるんでしょ?」
「いねぇって」
「うそ!じゃあなんで作れるの?」
「んー…それもなーいしょ」

三ツ谷くんは目を細めながら私の頬を撫でた。
やっぱりダメだ、この男は。絶対に絶対にハマってはいけない。




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