ハロー、ナンパ男

7センチヒールのパンプスに定番のベージュのトレンチコート。胸まである長さの髪は32ミリのコテで毎朝せっせと巻いているしヘアコロンだって忘れない。ネイルサロンは月一回の楽しみ。今はオフィスにも馴染むモーブピンクのグラデーション。メイクポーチには愛用しているエレガンスのラプードルやシャネルのルージュココやローラメルシエのチーク。これでいつもばっちりオフィスのお手洗いでメイク直ししている。お昼は同僚や先輩たちと近くでランチするのが定番だ。

そう、自分で言うのもなんだけど、傍から見たら私は完璧なキラキラOLだ。それに憧れていたから就活も死ぬ気で頑張ったし、ずっとこうやって自分を綺麗に着飾っていたいから毎日毎日こうやって生きている。後輩に「名前先輩いつも頭から爪先まで綺麗にしてますね」って言われたら素直に嬉しいし、イケメンの男の先輩から「今日の服似合ってんじゃん」て言われたらニヤニヤが止まらなくなる。だからやめられないの、キラキラしていることに。

でも疲れた。就職してからもう何年経ったっけ。何年こんな生活続けてるんだっけ。家帰ったら速攻服脱いで毛玉だらけのスウェットに着替えるし、ランチでお金使ってるから夜は納豆ご飯くらいだし。ブランド物も買い漁ってるから貯金なんてないに等しい。毎月カツカツ。おまけにそんな疲れ切った私を癒してくれる彼氏なんて、いない。





「名前ごめんね!」
「いやいいよいいよ、早く帰ってあげて」
「うん…ほんとごめん!」

華金。同期の仲良しの子と久々に二人で飲んでいたのだが、子供が急に熱を出したと旦那さんから連絡が来た彼女はたった今帰って行った。色々注文したのにまだ料理は何も運ばれてきていない。まあ、仕方ないことなんだけど。

「おまたせしましたー」

店員さんが次々と運んでくる料理。普段夜は納豆ご飯の自分には明らかに多すぎる量だ。とりあえず食べられる分だけ食べるか。

おかしいな。一緒に入社した同い年の彼女は約三年前に結婚してすぐ妊娠して半年前に育休から復帰してきた。その間に男女問わず同期の間で結婚ラッシュが続き私はご祝儀ビンボーになった。みんなに払ったご祝儀、私は一円も回収できていない。

…あれ、なんでだ?私こんな毎日キラキラと綺麗に着飾ってんのに。彼氏とか何年いない?なんで私だけ取り残されてるの?仕事もお洒落もこんな必死にやってるのに。トドメを刺されるように、一人でいま飲んでることが何よりも虚しくなった。


「ねぇ、おねーさん一人?」

突然頭上から降ってきた声に驚いて顔を上げる。そこには見知らぬ男性が私のテーブルに手をついて立っていた。


「え?」
「ドタキャンでもされた?それともこの量、一人で頼んだの?」
「前者、かな」
「そっか。じゃあオレここ座っていい?」

そう言ってさっきまで友人が座っていた椅子を彼は指さした。…いやいや、誰ですかきみ。

「いや、なんなんですか突然」
「ナンパ」
「は!?」
「座っていい?」
「や、いやですやめて下さい」
「いーじゃん。おねーさん一人でこれ食い切れんの?それにいかにもシンドイですって顔しててさぁ、放っておけねぇんだけど」

じゃ座るね。とその男は結局私の了承も得ず座った。そして店員を呼んでビールを頼んでいる。


「あ、ちゃんとオレ払うよ?」
「当たり前でしょ!」
「おねーさん名前は?」
「…名前。あなたは?」
「三ツ谷隆。よろしくね名前ちゃん」

そんな彼の笑顔にどきりとしたのは何故か。よく見ればこの三ツ谷くんて人、なかなかお顔がイケメンじゃないか?しかもなんかお洒落?普通のサラリーマンではなさそうな髪色だけど…

注文していたビールが届き、三ツ谷君は店員さんにあざっすなんて軽くお礼を言ってから私の飲んでいたグラスに自分のグラスをぶつけてきた。「乾杯」と静かに言う彼の声が心地良いのは、何でなんだ。私よっぽど疲弊してるのかな。


「で?名前ちゃんはなんでそんな疲れた顔してんの?あ、分かったドタキャンされた相手彼氏だったんだろ?」
「違うよ…てか彼氏いると思ってるならナンパなんてして来ないでよ」
「なんで?一人でいるとこ狙って何が悪ぃーの?」
「うわー…そういうタイプなのね」
「で?彼氏なの?」
「違うよ。女友達が……子供が具合悪くなったからって帰っちゃって」
「あーそりゃ仕方ねぇな」
「うん…仕方ない」
「それで寂しくなったんだ?」
「それもあるけど…同期入社で同じようにやってきたのに、彼女はもう結婚もして子供もいて…私より中身よっぽどキラキラしてて…、私なんて見てくればかりキラキラさせて中身なんっもなくて結婚どころか彼氏もいないし…」
「……」
「って考えてたら虚しくなってきただけ!」

グビグビっとグラスに残っていたお酒を飲み干すと、三ツ谷くんは「いい飲みっぷり」と笑ってくれた。そしてそのままドリンクメニューを手渡してきて、次のお酒を進めてきた。

「そういう時はさー、パーっと飲んじゃおうぜ。そういう気持ちって会社の友達には話せねぇだろうけど、見ず知らずのオレにならいくらでも愚痴れるっしょ?」
「なにそれ…聞き上手ですか」
「うん。オレ聞き上手よ?名前ちゃんワインもいける?デキャンタで頼もうぜ」
「うん!いける!」

三ツ谷くんの言う通り、こんな話会社の友達にはできない。なんなら大学の友達にもできない。私はほんっと見栄っ張りだから。私の普段の生活も素性も何も知らない人の方がこの話はしやすい。デキャンタに入ったワインを互いのグラスに注ぎ合ってからもう一度乾杯をし、料理をつつきながらさっき出会ったばかりの見ず知らずの男に私は延々と話を聞いてもらった。




「だからね…私一人暮らしだしお金ないからさ…本当はこの通勤バッグだってロエベが欲しいけどフルラで我慢してんの…。ロエベのバッグね、外銀勤めの旦那を捕まえた同期の子が買ってもらってて羨ましくってさ、でも買えなくて私妥協してこれなの!これ!これでもカツカツなの!」
「うんうん、ロエベのバッグ可愛いよな」
「え?ロエベ分かるの?」
「そりゃ知ってるよ」
「え?まじ?男の人ってヴィトンとかグッチとかしか知らないイメージ」
「オレはそーゆーの詳しいの」
「そうなの…?」
「うん、ファッションとか、あと美容とかも結構分かるよ」
「ほんと…?じゃあもう一つ聞いて?あのね、毎月ネイルサロン行くんだけどね、いつもケチってワンカラーとかこんな感じのグラデーションばっかなの。ほんとはもっとアートしてもらってキラキラ華やかな爪にしたいんだけどね、サロン行くだけで精一杯で」

三ツ谷くんの前に自分の手を出し、メソメソとネイルの愚痴を語った。こんな話、男の人からしたら心底どうでもいいはずなのに三ツ谷くんはうんうんと頷きながらワインを飲んでいた。

「いいじゃん、グラデで。シンプルな方が男は好きだよ?」

そして私の中指と人差し指の爪を摘んでから撫でてきた。3日前にサロンでやってもらったばかりの爪は、まだ艶々キラキラだった。そのツルツル感が珍しいのか、三ツ谷くんはずっと私の爪を触っている。

「名前ちゃんの爪、縦長で綺麗だね。ゴテゴテしたデザインよりこーやってシンプルな方が指も長く綺麗に見えるよ」

そう言って爪から手を離したかと思うと、今度は私の手を握ってきた。しかもいわゆる恋人繋ぎってやつで、私の指と指の間一本一本に三ツ谷くんの指が絡まる。……やばい、なにこれ。そっと彼の顔を見るとにっこり…いや、ニヤリと笑っている。だめだ、なにこれ、雰囲気に流されそうになる…!


「…デキャンタ空になったな。もっと飲める?」
「あ…はい」
「すいませーん!」

握っていた手をスッと離してから三ツ谷くんは店員さんを呼んだ。離された手が寂しいと言っているのは気のせいだろうか。もっと触ってほしいって思うのは気の迷いだろうか。


「名前ちゃん、ここ入る時2時間制とか言われてた?」
「へっ?…あ、言われてた。今日は金曜で混むからって」
「そっか、じゃあもう追い出されるな。会計しちゃお」

え、もう2時間も経ったの?と思いながらも慌てて鞄とコートを持って席を立つ。大丈夫、まだそんな酔ってない。そう思いながら立ち上がったが、7センチのヒールに急に体重をかけたからか足首を捻り三ツ谷くんの背中に倒れてしまった。

「え?大丈夫?」
「だ…大丈夫…あの、酔っ払ってるわけじゃなくてヒールが…」
「うん、痛めてない?」
「大丈夫大丈夫!ごめんね」
「鞄とコート貸して。持ってるから。あとフラつくならオレの腕掴んでていいから」

きゅん。なにそのさり気ない優しさ。酔っ払ってるわけじゃないし足首も痛めてないから全然フラつくとかないけど、掴んでていいと言われたんだから腕を掴ませてもらった。そしてお会計を終えて外に出ると冷たい風がビューっと吹いてきた。ここビル風すごいもんないつも、と思いながら「寒っ」と呟くと三ツ谷くんは持っていた私のトレンチを着せてくれて、ご丁寧にボタンまで閉めてくれた。


「さて、どーする?」
「え?」
「もう一軒付き合おうか?それとも…」
「……」
「休憩、する?」

それがどんなキュウケイなのか分からないほど、私はアホじゃない。がぶがぶ飲んだワインのせいでほんのり思考はボヤけているけど、でも全然泥酔なんてしていない。だから私がいま「休憩、する」と答えたのは確実に自分の意思があってのことだ。

にやりと笑う三ツ谷くんの口元。また恋人繋ぎで握られた手。少し薄暗い夜の街中で見るその横顔。全てが私の気をおかしくしている。キラキラOLで居続けることに疲弊した私の身も心も、今夜だけは全て彼に預けてしまいたい。




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