カップ一杯に許される時間

「本当はね、下着もねワコールで上下セットで一万以上するようなの買いたくてね…」
「すげ、下着に一万以上?」
「だってね、会社の子が言ってたんだけどやっぱりいいの使うとおっぱいめっちゃ盛れるし形も整うからって…」
「名前ちゃんもちゃんとおっぱい盛れてるよ?」
「違うの〜!」
「あ、元々大きいってこと?」
「…それも違う」


キュウケイするために三ツ谷くんと入ったホテル。ちょっと勢いに乗った行動に出たからか、それともお酒が今更ながら回ってきたからか、私の不満や愚痴に拍車がかかっていた。三ツ谷くんはお店で飲んでた時と変わらぬ調子で話を聞きながら、私をベッドに座らせコートを脱がして、更にカーディガンも脱がせてきた。

「いい下着欲しいけどさ、それならコートとかトップスにお金かけたくなっちゃうから買えなくてさ」
「うんうん、そーだよなぁ」
「所詮下着じゃんって思いと、でもこうやっていざ男の人とこうなった時にあ゛〜〜!って後悔する気持ちもあってね」
「うんうん」
「だってさぁ、今日だってこんなことなると思ってなかったじゃん?私絶対今日ろくな下着つけてない…上下セットではあるけど」
「名前ちゃんはどんな下着つけてても絶対ぇ可愛いから大丈夫」
「古くてくたびれてる下着かもしれない…」
「いいのいいの」
「洗濯しまくってタグのところも薄くなって読めないレベルかも…あっでもそれなら三ツ谷くんにサイズ見られなくて済むから逆にラッキーかな!?」
「見ねぇから、そんなの」
「嘘だー!絶対男の人ってひっそり見てるでしょ?あ、やっぱコイツ案外サイズ小さいんだな…うわパッドめっちゃ分厚いの入れてんじゃん、とか思いながら」
「名前ちゃん、ちょっともう黙ろうか」

私のくだらない下着トークにいい加減嫌気がさしたのか、三ツ谷くんは私のお喋りな口を彼の口で塞いできた。キス自体、私にとっては久しぶりだった。唇から伝わる温かさと舌から伝わる熱。それだけでもう気持ち良かった。

「…三ツ谷くん、もっかいして」
「いいよ」

結婚していく友達たちを見て、私は寂しかったし悔しかった。自分だけ結婚は愚か抱き締めてキスしてくれる相手がいないことに虚しさを感じていた。ずっとずっと人肌が恋しくて仕方なかった。だからってまさかナンパしてきてその日に出会ったばかりの人と、数年ぶりのえっちをすることになるとは思っていなかったけど。

三ツ谷くんはまた気持ち良くなるようなキスをしながら私のトップスの中に手を入れてきた。少し冷たい手がお腹に触れて、体がビクッとすると三ツ谷くんも驚いて唇を離した。

「あ、手冷たかった?」
「うん…」
「ごめんごめん。じゃあちょっと温めてよ」

三ツ谷くんがそう言って私の手を握ってきたので、私も彼の手を握り返した。そして少しでも手が温まるように必死に彼の手を擦った。

「名前ちゃん手温かいね」
「うん。足は冷えやすいけど手は何故か昔から冷えないんだよね」
「じゃあ足は後でオレが温めてやるよ」
「え、どーやって?」
「ベッドの中で、オレの足で挟んで」

なんですかその想像するだけで甘いシチュエーションは。思わず口元がニヤけてしまうと「いま想像したな?」って三ツ谷くんに言われてしまった。素直に「うん」って頷けば「名前ちゃんはヤラシーなー」って言いながらキスしてくれて、それだけで自分の下半身が疼いてくるのを感じた。


「ねぇ…手、もう温まった?」
「ん、温まった。ありがと」

そう言って今度はおでこにちゅーしてくる三ツ谷くんは、とことん甘い空気を作るのに長けている人なんだと思った。でもそれだけじゃ全然足りない。足りないんだよ。だから今度は自分から三ツ谷くんの唇に齧り付く。三ツ谷くんは驚いた顔をしたけど、すぐに舌を絡めて応えてくれ、温まった手を再びそっと私の服の中に忍ばせてくる。


「ねぇ、下着はあんまり見ない方がいいの?」
「…そうだね。なのであの、すぐ脱がせてもらっていいので…」
「おー、積極的じゃん」
「いやあの、積極的とかじゃなくって見られたくないからで」
「下はー?どうする?」
「うん…一緒にもう脱がせて?」
「……やっば、今のまっじやべぇ。めっちゃキタわ」

パチンと背中で弾かれるホック。胸元の締め付けがなくなった開放感を感じる間もなく、スカートも脱がされ下着が剥ぎ取られた。

「ねぇ、もう濡れてんだけど」
「三ツ谷くんだって、大きくなってる」
「バレたか。さっき手当たったなとは思ったけど、もしかしてわざと?」
「…ちょっと、わざと」
「あー、やべ…。名前ちゃん見た目よりまじ積極的じゃん」
「いや、そんなことは…」
「なんで?オレ積極的な女の子好きだよ?」

その言葉の意味は、あくまで私の積極的なところが好きってだけで私自身に向けられた「好き」ではないと分かっているのに、頭が都合の良い「好き」に変換しようとしている。そんなことないって、分かっているのに。





結論から言うと三ツ谷くんとのえっちはとても良かった。単に久々だったからなのか、三ツ谷くんが上手いからなのか、イケメンだからなのか、優しいからなのか、甘い空気を生み出すのが上手いからなのか、私の気持ちが持っていかれているからなのか…理由は分からないけど。いやもしかしら全部、なのかもしれないけど。良すぎるしお互い気分が乗ったから二回戦までしたけど、それでもまだしたいと思える不思議。


「あー、もうこんな時間か。シャワー浴びるよな?」
「うん」
「先入ってきていいよ」
「…一緒には?」
「うーん、それもいいけど、3回目したくなっちゃうからだーめ」

シーツに擦れまくってぐしゃぐしゃになった私の髪を三ツ谷くんは優しく撫でてくれた。ああなんで休憩で入っちゃったんだろう。宿泊にしてこのまま三ツ谷くんと眠れたらどんなに幸せだったか。もうホテルを出る時間が迫ってきているなんて信じたくない。

シャワーを浴びながら考える。三ツ谷くんってこういうこと慣れてるのかな、しょっちゅうなのかなって。サラッと堂々とナンパしてきたくらいだし、あの見た目とあの接し方だし…慣れてる、だろうなぁ。ていうか何歳なんだろう。実はめっちゃ年下とか、下手したら学生とかないよね?

考えれば考えるほど、軽はずみでこんなことするんじゃなかったって自己嫌悪に陥る。こんなに知りたくなかった、三ツ谷隆という男を。


シャワーから出ると三ツ谷君はボクサー一枚でベッドに座ってスマホを触っていた。そして私の姿を見ると手招きして自分の隣に座るよう促してきた。

「名前ちゃん、スマホ出して。オレと連絡先交換してくれる?」

しないわけないじゃんっ!て心の中で叫びながらも、平然とした表情で「いいよ」と言いながらバッグからスマホを取り出した。

「また会ってくれる?名前ちゃん」
「うん…三ツ谷くん的にも、いいの?」
「当たり前じゃん。また会ってくれるなんてむしろ嬉しすぎ」

女を喜ばせる言葉を分かってる感じがして少し警戒してしまうけど、でも嬉しすぎなんて言われて嬉しくないわけがない。ウキウキで互いの連絡先を交換し、自分のスマホの中に三ツ谷隆と書かれた項目が出来たことだけで心が満たされていく。


「じゃあオレ、シャワー浴びてくるから」
「うん」
「帰っちゃっててもいいからね」
「え?」
「ん?」

屈託のない顔で首を傾げてくる三ツ谷くん。
…え、先帰ってていい、ってこと?え?一緒に帰らないの?

「もうここ出る時間も迫ってるし、先帰っててもいいよってこと」
「あっ、うん……えっと、でも着替えたりなんなりしてたら三ツ谷くん出てくると思うし…待ってる、ね」
「そっか。りょーかい」

え、なんだこれ、どういうこと?やることやったし連絡先も交換したし、もう帰ってもいいよってこと?それにもし三ツ谷くんが先にシャワー浴びてたら、私がシャワー出てくるの待たずに帰られてたかもしれない…ってこと?

ちょっと待て、なんだこれ。いくらなんでもアッサリすぎない?


「名前ちゃんおまたせー」
「あ、うん」
「じゃあ帰るか。一緒に帰るの駅まででいい?」
「あ、うん」

上着を着て鞄を持って靴を履いて、この部屋に入った時と同じ格好になった。三ツ谷くんはにこりと笑ってから「忘れ物ない?」と聞きながらベッドの周りをチェックしてくれている。そして大丈夫そうだなって言ってからドアの前まで歩いていく。もう終わってしまう。三ツ谷くんと二人だけの時間も、空間も。

「名前ちゃん」

ドアを開ける直前、名前を呼ばれ顔を上げるとシャワーを浴びた後でさっきより少しサッパリした三ツ谷くんの顔があった。ゆっくり近づいてきて、触れるだけのささやかな口づけをされ、不覚にも心臓がぎゅっとなる。

「んな寂しそうな顔すんなって。またすぐ会おうよ?な?」
「すぐ、会えるの…?」
「うん、名前ちゃんが呼んでくれたらオレいつでも駆けつけるよ?」
「うそくさ〜」
「信用ねぇなぁ。ほんっとに、またすぐ名前ちゃんに会いたい」

コートのポケットに両手を突っ込んだまま、三ツ谷くんは腰を屈めて首を少し曲げてまたキスしてきた。やめてほしい、こんなキスの仕方。離れたくなくなっちゃう。

「ねぇ…オレが我慢できなくなってすぐ連絡しちまいそう」
「うん…」
「いい?」
「いい、けど…」
「けど?」
「み、三ツ谷くん……彼女はいないんだよね?」

恐る恐る聞いてみる。三ツ谷くんの表情は変わらない。男性にしては長めの髪が一束頬を掠めていて、彼の表情を見ているのが怖くなった私はその髪の毛の動きに集中して気を紛らわせるしかなかった。だってなんとなくだけど、三ツ谷くんの口から出てくる言葉、予想できているから。


「んー…それは、内緒」





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