僕とハッピーエンドを信じて

「三ツ谷〜ちょっと会ってほしい子いるんだけど」

仕事中、先輩にそう声をかけられた。デザイン画を描いていた手を止めて先輩の方を振り向くと、結構とてつもなく申し訳なさそうな表情をしていた。

「無理っす」
「ほら先々月?合コンした時いた子なんだけどさ、覚えてる?ショートカットで背低めの…」
「覚えてないですし、会えないっす。断ってください」
「え?断る?女の子だぞ?しかも結構可愛い」

ほら!と先輩が見せてきたスマホの画面にはその子がSNSに上げたと思われる自撮り写真。まぁ確かにそこそこ可愛いけど…。ナチュラルメイクでブランド物とか興味なさそうな子。高いヒール靴も履かなそうだしネイルもしていない。ちゃんと栄養バランスとれた彩豊かな手料理作りそうな子。こういう素朴で柔らかい雰囲気の子、結構好きな男は多いと思う。でもオレの頭の中に浮かんだ言葉は「名前ちゃんと全然ちげぇな」だったし、無意識的に名前ちゃんと比べていた。

「や、いいっす。断ってください」
「なんで!?」
「オレ、いま彼女いるんで」

オレがどういう人間か知っている先輩は、口をぽかんと開けた。

名前ちゃんに初めて声かけた時のキッカケなんて「あ、なんか可愛い子が一人でメシ食ってる。チャンスだ」とか、そんなもんだった。その日のうちにホテルに連れ込めてラッキーだとも思った。でも真面目に結構可愛いと思ったし、このまま関係が続けばなと期待していたし、その通りになっていって満足していた。彼女いるかいないかハッキリ言わなかったのも、本当にあの子がオレのこと気にしてモヤモヤ悩んで頭ん中オレのことでいっぱいになればいいって思ったから。

こんなオレが言っても信じてもらえなそうだけど、名前ちゃんに言ったことが全部嘘、なんてことはなかった。スマホ水没して連絡取れなかったことも、パーちんの手違いで住むところ一時的になくなったのも、名前ちゃんが一番好きだし可愛く見えるのも、紛れもない本心だった。でもまぁ、他の女の子と会ってはいたけど。名前ちゃんの事が今は一番好きなんだし、他の子とたまに会うぐらい悪くねぇじゃんって思ってたから。


「待て待て、三ツ谷に彼女!?」
「めっちゃ可愛いっすよ、写真見ます?」
「ベタ惚れかよ!つかなんで?どうした?隠れて他の女とも会ってんだろ?」
「あー…もうやめました、そういうの」
「は!?お前が?おっぱい大きいのにくびれすげぇ子引っ掛けられたって嬉しそうに報告したこともあったお前が?」
「ああ。覚えてますその子。ほんと腰細くてくびれ綺麗で、あれ絶対どんな服でも綺麗に着こなせますよ」
「え、そういうフェチ?」


名前ちゃんのお母さんが泊まりに来てたとき、オレは彼女に嘘ついて他の女の子の家に行った。その時、「オレちゃんと彼女いるからお前は本命じゃねぇよ」と言ったら引っ叩かれた。初めて女の子に引っ叩かれた。ビックリした。こんなたまにしか連絡もしてねぇし会うこともねぇのに、この子自分が本命だと思ってたの?って驚いた。でもその子に「彼女は今の私以上に傷ついている。そんなことも分からないアンタは絶対に彼女に捨てられる」と言われ、なんか目が覚めた。更に名前ちゃんにも殴られて「三ツ谷くんに捨てられてきた女の子達はもっと痛い思いしてるんじゃない?」と言われ、いよいよこの子にも捨てられるのかなってかなり焦った。この子にだけは捨てられたくねぇって、焦った。

なんでオレ、名前ちゃんの優しさに甘えまくって名前ちゃんが傷ついてることに気づいてなかったんだろう。名前ちゃんだっていつまでもオレだけを見ていてくれる保証なんてないのに。



「なぁ、そう言わずに一度だけ会ってやってよ」
「何でそんな必死に頼んでくるんですか」
「いや、あのさ…あの合コンの帰りさ、この子ちょっとお持ち帰りしちゃって…何回かこう、会ってるうちに本当は三ツ谷狙いだったんだから会わせろとか言われて…」
「あーなるほど。ヤらせてやったんだからせめてオレに会わせろと言われたんですね」
「そう…」
「でも、無理っす。」

あ、やべ定時過ぎた。今日は名前ちゃんと外食する約束をしている。そろそろ出ないと遅れてしまう。

「待てって三ツ谷!その子本当にお前のこと…!」
「なら余計会うわけにいきませんよ。その子の気持ちに応えることできねぇのに会う意味ないでしょ」
「いやお前ほんとにあの三ツ谷!?」
「三ツ谷ですよ。ただ、彼女を傷つけたくなくなっただけです。んじゃお疲れ様でーす」

先輩には悪いけど、これが今のオレの本音。他の女の子だって可愛いと思うし向こうがオレに好意を抱いてるなら応えたくもなる。ヤっていーならヤりたくなる。けど、名前ちゃんが一番好きだし可愛いし落ち着くし…彼女を失うリスクを考えると、もういっかなって思う。




「三ツ谷くん!おまたせ」
「おー、おつかれ。何食う?」
「こことかどう?」
「どれ?あーいいね、美味そう」

仕事後に待ち合わせて外食するような普通のデート、名前ちゃんとしたことなかった。でもきっと名前ちゃんはこういうのしたかったんだろうなと思う。その証拠にいますげぇ嬉しそうな顔してるし。

「…なに笑ってるの」
「ん?名前ちゃん可愛いなって」
「なんで三ツ谷くんの言葉って一つ一つ嘘くさいんだろう…」
「ひでー。全部本音なのに」
「はいはい。帰ったら引越し作業進めてね。明後日なんだから」
「了解」

名前ちゃんはいつでもオレを疑いの目で見てくる。まぁオレがあんなんだったから仕方ねえんだけど。じゃあどうしたらこの子が安心して信用してくれるかって考えた時、ちゃんと居候から同棲にレベルアップすることだと思った。パーちんの不動産屋に通って、いい物件を出しまくってもらった。やっと見つかった納得のいく物件は、すぐさま契約して名前ちゃんに見せた。相談なしに勝手に契約してきたのは、オレなりの覚悟を彼女に見せるため。断られたら、まじヤバかったけど。


「まぁでも名前ちゃんが断ることないって分かってたんだけど」
「ん?何の話?」
「名前ちゃんがどーしようもなくオレに惚れてるって話」
「は!?誰がそんなこと言ったの!?」
「意地っ張りだよなーほんと。まぁそんなとこもかわ」
「可愛いはもう聞き飽きた。てか嘘くさい」

と言いつつ名前ちゃんは喜んだ顔している。本当に可愛いと思ってんだけどな。なんで伝わらねぇかな。まあこれからゆっくり、じっくり伝わっていくだろう。





引越し当日、先輩からLINEが届いた。「ごめん。しつこく聞かれて断れなくって、例の子にお前の連絡先教えちまった…」という最悪なご報告だ。あーもう……あんだけ無理だっつったのに。どうせまたその子と寝たんだろうな。


「三ツ谷くーん。ちょっと食器棚の一番上の段にさぁ」


その時、名前ちゃんが廊下から顔を出してきた。
オレが真剣な顔でスマホを見ていたからか、ちょっと不安な顔をした。だからすぐさまスマホをベッドに置いて名前ちゃんに「何?」って笑顔を向ける。もう、この子を不安にしたくないから。

名前ちゃんの手を握って寝室を後にする。背後で自分のスマホのバイブが連続して鳴っているのが聞こえる。先輩が勝手に連絡先教えたから、早速LINEが来ているんだろう。でもそんなの、もう未読のまま消して終わりだ。


「やっぱ名前ちゃんが一番可愛いな」
「またそれ?誰と比べてんの?」
「んー?誰とも比べてねぇよ」


なんて、嘘だけどね。比べまくってるけどね。
でも今まで色んな子と関係持ってきたからこそわかる。名前ちゃんが一番意地っ張りで、疑い深くて、一途で、優しくて、可愛くて…一番オレを夢中にさせる子だって。




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