アンハッピーで幸福な末路

それからと言うもの、私と三ツ谷くんの同居生活はとても穏やかに過ぎていった。前まで毎日担当してくれていた洗濯も再び彼の担当になったし、彼の出勤が遅めの日はお弁当も作ってくれるようになった。ハンドクリームを塗りながら私の手荒れを心配し、お皿洗いもしてくれる。エッチの時手が冷たいと言えば、ちゃんと温かくなってから行為に及ぶようになった。

一般的に見たらとてもいい兆し。改心したんだと思いたくなる行動の数々。でも、私は騙されないぞ。だって彼は三ツ谷隆なんだから。


「三ツ谷くん…」
「んー?なに?」
「最近よく仕事家に持ち帰るようになったね」
「うん。名前ちゃんと居る時間ちゃんと作りたいから家でやろうと思って」
「え、いや…いいんだよ?遅くなっても帰ってくればそれで」
「でも家でやれる作業は家でやったって同じじゃん」
「いやほらでも、家だと集中力が…とかない?」
「ないよ。好きな子に見られてると思うと逆にいい緊張感持てる」

歯を見せながら笑うと三ツ谷くんを見て、私は歯が浮くような恥ずかしい気持ちになった。

まるで恋愛ドラマのような甘いセリフと態度。一体何が彼をそうさせているんだ。やっぱりどこぞの女に平手打ちされて傷つくことを言われたこと(多分、何か言われたんだと思う)がよっぽど応えたのか?

私はというと、あんな寂しそうな顔をした三ツ谷くんがもう放っておけなくなってしまった。私でいいなら彼の心の支えになってやる!ぐらいの気持ちになってしまった。直接的に頼られたりしてるわけじゃないけど、なんかこう、彼が安心できる異性は私でありたいと言うか……

「うしっ終わった」
「あ、お疲れ様」
「久々に一緒に風呂入るか」
「え!?いいよ狭いしやだよ!」
「なんで?前入ったじゃん一緒に」

いつの話をしているんだこの男は。それってあれでしょ、出会って2日目なのに私が実質家に連れ込んだあの日のことでしょ。でも三ツ谷くん、あの日のこと覚えているんだね。もう一年近く前のことなのに。そう思うと胸がくすぐったくなって、断れなくなって、結局彼の誘いを受け入れてしまうんだ。







「名前ちゃんただいまー」
「おかえり。遅かったね」
「うん。なぁ見てよこれ」
「なに?」
「家。決めてきた!」

その翌日、いつもより帰りが遅い彼をちょっと心配していたら、まさかの…え、不動産屋寄って帰って来たの?

この狭い部屋で三ツ谷くんと暮らしているのに随分と慣れてしまったから忘れかけていたが…そうだ、一応次住むところが決まるまで居候させてあげてただけなんだ。これは同棲ではない。ただ三ツ谷くんが私の家に転がり込んでいるだけ。彼曰く私たちは付き合っているらしいが…私は半分ヒモだと思っているぐらいだった。

でもそんな状態でも、三ツ谷くんとの共同生活が終わる…そう思うとどっと寂しさが押し寄せてきた。

「見てよ、名前ちゃん」
「…いい、見たくない」
「へ?なんで?」
「だ、だって…また、一人暮らしになっちゃう」
「んなこと誰も言ってねぇだろ。ほらちゃんと見ろよ、これ」

え?と思いながら恐る恐る三ツ谷くんが差し出して来た間取り図を見た。

「…ん?広くない?」
「だろ?ほら、このくらい広けりゃ風呂も一緒に入れそうじゃん」
「いやお風呂もういいから。てか家賃たっか!」
「うん。だから二人で住もう」
「え?」
「家賃だって一見高いけどさ、二人で折半すれば今より安く済むだろ?」
「……確かにそうだけど…え?なに、一緒にって…え、同棲?」
「うん。つか今もしてんじゃん」

いや、これ同棲じゃなくって居候……。
なんてモヤモヤと考えていると三ツ谷くんは私の頭にポンとその大きな手を置いて、優しく撫でてきた。

「ごめんな、今まで」
「え…?」
「勝手に転がり込んで、ずっと居座って。名前ちゃん、オレが家賃とか払わねぇこと気にしてただろ?」
「…バレてた?」
「うん、バレてた。だけど気づかねぇフリしてた。ごめんな。オレ最低だった。だからさ、新居の敷金礼金はオレが多めに出す」
「…いいの?」
「当たり前じゃん。そうでもしないといよいよ本格的に名前ちゃんに愛想つかれそうだし」
「そうだねぇ」
「正直だなぁ。まぁそんなとこも好きだけど」

私の頭を包み込むように自分の胸に抱き寄せて、痛いくらいぎゅうううっとしてきた。痛いよ離して!と言っても彼の手は緩まなかった。代わりに「もう離さねーよ」って言葉が耳元で囁かれて、もう私の腰は砕けそうになる。涙が溢れ出そうになる。そして心が満たされていく。

三ツ谷くん。本当に今度こそ、信じるよ?私でいいんだね?私、堂々と三ツ谷くんの彼女だって胸張って言っていいんだよね?


「これからもよろしくね、名前ちゃん」
「うん…。ねぇ三ツ谷くん」
「ん?」
「すき」
「うん、オレも。だーいすき」

その言葉に目頭が熱くなった。ベッドの中で言われる「大好き」の何倍も破壊力があった。三ツ谷くんのこの屈託ない笑顔、私だって大好きだよ。







「名前ちゃーん、この収納棚さ、リビングより寝室の方が良くね?」
「あ、そうだね」
「んじゃ運んでおくわ」

新居への引っ越しはそれなりにスムーズに終わった。引っ越し屋さんも帰って、キッチン用品の段ボールを開けていると不思議と幸せな…なんか新婚みたいな気分になった。前より広くて新しいマンション。オートロックもついているし、ベランダも広くなった。このまま結婚して子供が生まれても暫くはここで十分過ごせそうだな…なんて未来のことを想像すると口元が緩んでしまった。そんな未来、そう遠くないといいなぁと思いながら。



「三ツ谷くーん。ちょっと食器棚の一番上の段にさぁ」

寝室を覗くと、真剣な顔をしてスマホを見ていた三ツ谷くんがパッとこっちに顔を向けた。そして「なに?」ってその大好きな笑顔を私に見せてくれる。

「あのね、あんま使わないお皿とか一番上に置きたいんだけど届かなくて」
「ん。やるやる」
「脚立も買わなきゃね」
「いーよ。届かねぇとこはオレがやるからさ、いつでも言って?」

いつでも頼れるところに居てくれる。その言葉だけで私は嬉しくてたまらなかった。「じゃあいつもお願いね」と言えばまた笑顔で頷いてくれて、思わず抱きついてしまった。

「ほらほら、荷解きまだまだ残ってんだろ」
「はーい」

家の中なのに、自然と繋がれる手。その歓びを噛み締めている私は、寝室に置いていかれた彼のスマホのバイブレーションが鳴り続けていることも、どんなメッセージが届いているかも、知る由はなかった。



「やっぱ名前ちゃんが一番可愛いな」
「またそれ?誰と比べてんの?」
「んー?誰とも比べてねぇよ」





fin.


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