嘘にほころび

「だ、だってさぁ、独立資金のアテにされてるなんて言われたらさぁ、傷つくに決まってんじゃん!」
「うんうん、そうだよなぁ」
「しっしかもその女の人、昔三ツ谷くんとヤったって言ってたし…」
「昔のことだよ。どこの誰かもわからないような子だから。今はオレ本当に名前ちゃん一筋」
「じゃあなんで一週間も放置したのよ!」
「それは名前ちゃんが出てってほしいって言うから…」
「こうやって他の女のおっぱい揉んでたんでしょ!?」
「してない。名前ちゃんの体しかオレ触ってねぇから」
「うそつき〜〜!!」

二人で作った(と言っても三ツ谷くんが8割作った)おつまみも、買い置きしてたビールも、誰かからのお土産で貰ったまま未開封だったウィスキーも、気づけば全部すっからかんだった。家で三ツ谷くんと飲んだのも、ここまで彼の前で酔っ払ったのも初めてだ。微かに残っていたはずの理性もどこかにぶっ飛んで、今はもう三ツ谷くんにされるがままに体を触られている。


「…独立って、いつするの」
「それなぁどこから漏れた話か知らねえけどまだ先の話だよ。来年中にとは思ってちょっと準備始めた段階で」
「自分の事務所立ち上げたらそこに色んな女の子呼びまくるんでしょ」
「残念。名前ちゃんを呼びまくるだーけ」
「…ばか」

いや、バカなのは私の方だ。この男の甘い言葉に何度私は引っかかっているんだろう。何度思い直しても思い直しても、結局三ツ谷くんにくっついていたくなる。だからこうやって服を脱がされるのも拒否しないし、自分から彼の足の上に乗ってしまう。

「名前ちゃん。オレが出てって寂しかった?」
「馬鹿野郎死ねふざけんなって思ってた」
「え〜そんな嫌いな奴の足の上に乗ってるのはどこの誰?」
「…意地悪」
「ごめんごめん。名前ちゃん可愛いからつい虐めたくなっちゃって」
「もう三ツ谷くん嫌い!」
「んー?どこ触って欲しいって?」
「ちがうー!嫌いって言ったの!」
「こことか?気持ちいいんじゃない?」
「…あっ」

笑いながら私の下半身を触ってくる三ツ谷くん。嫌いという言葉とは裏腹に喜ぶ私の体。完全に言葉と体が矛盾している。やっぱり馬鹿野郎は私だ。

三ツ谷くんの背中に腕を回しながら、焼肉屋で隣だったあの人達の言葉を思い出す。三ツ谷くんはながーく続くセフレがたくさんいるタイプだって言っていた。このままでは自分はそうなっていくんだろうと思うとやっぱり悔しかった。日替わりで抱かれる女の一人だなんて嬉しいわけがない。だったら私も本命の一人でも作ればいいんだけど、でもそうしたって私は絶対いつも三ツ谷くんのことを思い出してしまうに決まっている。


「…三ツ谷くん」
「なに?」
「彼女いたことある?」
「は?あるよさすがに」
「その間は他の女の子とエッチしないの?」
「するわけねぇだろ」
「バレないように?」
「だから、しねぇんだって」
「それできみは満足するの?」
「名前ちゃん。まじでオレをなんだと思ってんの?」
「見境なく女に手を出しまくるクズ男」
「ひどすぎね?それ…」

てか最中にそんなこと言わないでよ。と言いながら彼は一旦私から離れて着ていた服を全て脱ぎ捨てて、慣れた手つきでうちの収納棚からゴムを出していた。

「あー…あと残り一個だ」
「えっ」
「あ、足りないって思った?」
「思ってないよ!」
「うそだー。絶対ぇ思っただろ」
「思ってません!」
「はぁーもうその意地張ってる感じとかまじ可愛すぎる」

こんな意地っ張りな女が可愛く見えるだなんて、三ツ谷くんの目は相当おかしいと思う。色んな女抱きすぎて逆にこういう方が新鮮なのかな?とか思いながら、自分の中に入ってきた三ツ谷くんのそれに快感を感じていた。わざと焦らすように腰の動きを緩めてくるところも、キスしてって甘えればたくさんしてくれるところも、もう怖いくらい全部私のツボだ。

「三ツ谷くん…」
「っ、なに?」
「もうどこも行かないでね?」
「行くわけねぇじゃん」
「私が一番?」
「うん」
「一番可愛い?」
「うん」
「一番好き?」
「もうね、好きを通り越してヤバい」

ぎゅっと私の体を抱き締めながら三ツ谷くんはそう言った。行為中のそんな甘い言葉ほど信じてはいけないって知っているのに、もういいや、どんな形でもいいから私のことが一番好きって言ってもらいたかった。







朝起きると三ツ谷くんの顔が視界に入ってきて、驚いて一瞬で目が覚めた。口が少し開いて、すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえてきて…あれ、こんな無防備な三ツ谷くん、初めて見たかも。

「…可愛いじゃん」

思わず口から溢れたその言葉にハッとする。いつもはかっこいいとしか思えなかった三ツ谷くんを可愛いと思ってしまうとは…だめだめ、もうだめだよこれ。いやいやだめだってほんと、そんな風にハマってちゃ……

「名前ちゃん」
「あっ…おは、よ」
「おはよ。…あのさぁ名前ちゃん」
「なに?」
「オレの寝顔、見過ぎじゃね?」
「へ!?」

驚いて思ったより大きい声が出てしまったから、三ツ谷くんは「声でけーよ」って言いながら私の口元を押さえた。ゴツゴツとした掌が自分の口に触れているだけでドキドキしてしまうし、このちょっと余裕ある笑い顔で私を見てくる感じに、どうしようもなく心が掴まれる。

口元から手を離した三ツ谷くんは、自分の胸板に私の顔を押し付けるように抱き締めてくれた。そして私の髪を弄りながら「いつも本当いい匂い」とかなんとか言って私の髪に鼻を、口を、くっつけてくる。ちょっと前までは「胡散臭い」「かなり女に慣れてやがるな」としか思えなかったその行動にも、いちいちキュンとしてしまうなんて…。

「あーやばい」
「え?」
「このまままた名前ちゃんを襲いたいところだけど…もうゴムねぇし、仕事だしな」
「そうだね」
「起きるか」
「洗濯しなきゃ」
「あ、じゃあオレの服も頼むね」

そう言って三ツ谷くんはベッドの下に落ちていた衣類を拾い上げ「よろしく」と言って私に渡してきた。私はそれを笑顔で受け取り洗面所に行って洗濯機を回し始た。……前は洗濯も三ツ谷くんがやってくれていたけど、まぁ今日はね、久々に私がやろう。


「名前ちゃん、簡単にだけど朝飯いる?」
「うん食べる」
「あー…てか昨日なんも片付けねぇで寝ちゃったな」
「やるやる」
「てか今日可燃ゴミの日?」
「あ!やばいそうだ!ちょっ急いでまとめないと!」

バタバタと片付け、ゴミをまとめ、三ツ谷くんがささっと作ってくれた朝食を飲み込むように胃に入れた。そして化粧して、髪を巻いて、歯磨きしながら洗濯物を干して、鞄の中身をチェックしてからゴミ袋を掴んで玄関に立った。その時、ふと目に写ったのは壁に寄りかかってスマホを弄る三ツ谷くん。

「あ、支度終わった?」
「うん…ってあれ、三ツ谷くん仕事は?」
「オレ今日は遅めの出勤」
「そうなんだ…」

…あれ。時間に余裕あるなら洗濯物も昨日の物の片付けも、手伝ってくれて良くないか?というか、前は料理以外の家事も積極的にやってくれてたけど…。

「帰り遅くなるから、晩飯自分で作れる?昨日買った食材まだ色々残ってるから」
「え…遅いって何時くらい?」
「11時とかかな。起きてて待っててくれる?」
「うん、そのくらいの時間なら」

三ツ谷くんはにっこりと笑って私の頭を撫でた。タレ目が余計に垂れ下がって、すごく優しい顔に見えるのは……気のせいじゃないと思いたい。

「オレ嬉しい。また名前ちゃんと一緒に住めて」
「え?あ、うん…」
「安心してね」
「え?」
「コンドーム、ちゃんと忘れずに買って帰るから」

じゃあ行ってらっしゃい。そう言って唇を落としてくる三ツ谷くんに違和感を覚えたのは、もう絶対に気のせいじゃないと思う。この人、私が自分に落ちたと確信して、クズ度が増している。
 

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