澄み透る | ナノ


澄み透る


「名前ー!誕生日おっめでとーー!」

結人の弾けんばかりの掛け声で、名前の誕生日会は幕を開けた。


5月頭、世間はゴールデンウィークだからと盛り上がっていた。今年は土日と上手くくっついて5連休。でも俺らは相変わらずユースの練習と試合が詰まっていて、休みは実質今日のみだった。だから名前の誕生日会は今日しかない!と結人が張り切って企画した。

「え〜じゃあ一足先に18になった名前さんから一言お願いしまーす!」
「えぇ…なんもないよ」
「いーから!」
「えっと…今日はお忙しい中、私のために集まってくれてありがとう。四人で集まれてすっごく嬉しいです。これからもよろしくお願いします」
「堅いなー名前は!」

いや名前のキャラからしてそんな面白いこと言えるわけねぇだろ。結人の発言に呆れてると名前は心配そうに「こんなんで大丈夫だったかな?」と俺に耳打ちしてきた。んなこと気にする必要ないっつーのに。大丈夫だよの意味を込めて、名前の頭を軽く撫でた。

「こらーっ!そこイチャイチャすんな!今日は四人で集まってんだぞ!」
「んだよ、いーだろうがこんくらい」
「よくなーい!独り身の結人くんには目に毒なんだよ!」
「結人煩い。窓開けてんだから静かにして」

今日は英士の家で集まっていた。普段静かに過ごしているであろう英士は、きっと煩くして近隣から苦情が来るのを恐れているのだろう。まだ冷房をつけるほど暑くもなく、かと言って涼しすぎることもないこの季節、窓から入り込む風が妙に気持ちよく感じた。名前の長い髪が風でゆらりと揺れ、隣にいる俺の頬に靡いてきた。


「…髪、伸びたな」
「え?あっごめん、邪魔だったよね結ぶね」
「いやいーって全然」

そう、全然いい。名前の髪が触れるくらい、本当になんてことない。






名前を初めて見たのは中学の終わりの頃、都選抜の試合のときだ。英士が幼馴染が来てるって言うからフィールドの外に目を向けると、小さく手を振る女子がいた。丸顔で、ボブカットの髪型がよく似合っている。そんな印象だった。

あーあれが、時々英士の話に出ていた幼馴染か

そのくらいしか思っていなかった、本当に。でも高校に入って、クラスは端と端なのにやたら目につく彼女の存在。少しずつ伸びていく髪とか、衣替えして夏服になったこととか、購買のパンが売り切れで肩を落としている様子とか。全部、気になって仕方なかった。だから勇気を出して英士に紹介を頼んだ。勿論その時点で、英士は俺の名前に対する気持ちなんて気付いていたに違いない。

俺達3人と名前とで過ごす日が増えた。
スッと俺達の中に馴染んできた名前は、やっぱり話しやすいし一緒にいて心地よかった。だからこそ、俺だけのものにしたかった。

「英士、おばあちゃんが今年も野菜送ってくれたんだけどあとでお裾分けに行っていい?」
「ほんと?ありがとう。母さんも喜ぶよ」

幼稚園からの知り合い。家も徒歩5分程の距離。そんな奴に嫉妬するなと言う方が無理だった。俺が名前と知り合う遥か昔から英士は名前を知っていて、名前も俺が英士と出会う前から知り合いで。そんな何でも知っているような間柄を恨めしく思った。

早く、なんとかしないと。早く名前を俺だけのものにしないと。

焦りと抑えきれない感情と勇気を胸に抱き、俺は名前に告白した。英士が好きだからと断られるかもしれないと思っていた。でも、名前は俺を選んでくれた。安心と興奮とで感情がぐちゃぐちゃになった。これで名前は正式に俺のもの。そう思った。

二人きりで過ごす時間と四人で過ごす時間。どっちにも名前がいてどっちも好きだった。でも英士に彼女ができたと聞いた時、俺は嫌な予感がした。

「んだよぉほんっとに独り身俺だけじゃねーかよー」
「結人は女友達多すぎてなかなか彼女出来なそうなタイプだよね」
「うっせ。…あ?一馬?どうしたボーっとして」
「あ、いや…」
「調子悪いか?」
「全然。…なぁ英士、彼女できたことって…名前に言った?」
「言ってないよ。ああそうだ一馬、名前には内緒にしててもらえる?」
「なんで…?」
「絶対アイツ、会わせろとか言いそうだから」

フッと笑いながらそう言う英士に、黒い感情を抱いてしまった。俺の彼女をアイツって言うところとか、名前のことを分かりきったように言うところとか、名前のことを思い出して軽く笑うところとか。…分かっている。二人は昔からの仲だ。でも今、名前に一番近い男は、俺なんだよ。

俺が歪んでいるのは分かっている。分かっているのにどうしてもテンションが戻らなかった。そうしているうちに自然と名前と会うのが億劫になってきたし、名前と英士の絡みを見たくなくて四人で会うことも減らしてしまった。

名前は何も悪くないのに。
俺がガキなだけなのに。






「一馬くん?」

肩を揺らされてハッとした。髪をゴムで一つに纏めていた名前が心配そうに顔を覗いてきた。

「どうしたの?ボーっとして」
「いや…」
「ピザ取り分けたから食べようよ」
「ああ」

少し冷め切ったピザを食べコーラで流し、ホールケーキを食べた。名前が主役だってのに一番結人が食べていて、名前も一切れ食べれればそれでいいからと笑い、英士はケーキには紅茶じゃないとと言って無糖の紅茶のペットボトルを出してきた。そんないつも通りの3人に、安堵した。



せっかくオフの日なんだから二人でゆっくりしてきなと言われ、ケーキを食べ終わった俺と名前は英士の家を出た。つい先週も名前の誕生日当日に二人で会ったけど、それだけでは正直足りなかった。だってあの日は平日で、オレは練習帰りだったから。


「今日楽しかったね」
「うん」
「ほんとに…四人で会えるのってもうほんとーに貴重になってくるよね」
「だな」
「一馬くんも…英士も結人くんも、来年にはプロになってあちこちに散らばっちゃうのかぁ」
「なれたらな」
「なれるでしょ、3人なら。私ちゃんとサッカー誌も読んでるんだよ?どれだけみんなが注目選手なのか知ってるんだからね」

名前はいつだって俺を応援してくれている。言葉だけじゃなく本当に試合だって見に来てくれることもあるし、俺が載ったサッカー誌は絶対に買っている。英士のことだけじゃない。俺のことを、ちゃんと一番に応援してくれている。分かっている、分かっているのに…

「一馬くん?」

夕陽が傾きかけ、名前の顔も陰ってきた。名前の顔が見れなくなるはずないのに、何故かそう思って焦って名前をその場で抱き締めた。

「一馬くん?大丈夫?」
「うん…。あのさ、まだどうなるか全然わかんねぇけどさ、…俺がプロ入りして遠く行くことになっても名前とは別れたくない」
「当たり前だよ!」
「良かった」
「私も当然、そう思ってる…。そう思ってるから、だから一馬くん。そんな泣きそうな顔しないで」

歪んだ俺の顔を両手で挟むように触れてきた名前の手に、そっと自分の手を重ねた。逃したくたい離したくないって思いながら、重ねた。その華奢な腕にはこの間誕生日に俺がプレゼントしたブレスレットがキラリと光る。そんな小さいことに安心した。









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