「そこのおねーちゃん!七夕の短冊書いていかないかい!?」
商店街のおっちゃんがそう声をかけて来たのは7月7日の夕方のことだった。子供じゃないしいいです、と断ろうとしたけど短冊を書いている大人が数人いることに気づき、その言葉は飲み込んだ。ニコニコとペンと短冊を差し出してくるちょっと強引なおっちゃんに、私はたじろいだ。
「願い事の一つや二つあるだろ?今日天気いいし天の川も見えて願い叶うかもよ!」 「…そうですね」
結局根負けした私は、ピンク色の短冊とペンを受け取った。
数日前から真選組のほとんどの隊士がとある攘夷一派の討伐のために出掛けていた。勿論、沖田隊長率いる一番隊も。彼がそこらの攘夷浪士に負けるとは思わない。でもこう何日も帰って来ていないとさすがに心配になってはいた。だから、願うことなんてただ一つ。そう思いながらペンを走らせた。
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日付けが変わった頃、私は屯所の縁側にそっと腰をかけて空を見上げた。確かに天気はいいし空は澄んでいるけど、天の川なんて見えやしない。あのおっちゃんの言うとおり晴天の今日ならもしかしたら見えるかもと期待していたがやはり無理そうだ。でもせめて、商店街の短冊に書いた願い事は叶ってほしいところだが。
「…お誕生日おめでとうございます、沖田隊長」 「おう」
誰もいないはずの背後から聞こえて来た声に驚いて肩がびくりと跳ね上がった。空に放った独り言に、まさか反応が返ってくるなんて…。恐る恐る背後を振り返ると、汚れた隊服と顔に少し傷を負った沖田隊長が立っていた。
「えっ…いつお戻りに?」 「いま」 「他の皆さんは?」 「まだじゃね?俺一人抜けてコンビニでアイス買うために別行動したんでィ」 「その格好でコンビニ行ったんですか!?」
血じゃなくて土埃だから大丈夫だと言った隊長の隊服は、確かによく見ると茶色い汚れしかついていなかった。ガサガサとコンビニの袋を漁り、ソーダ味の棒アイスを出した彼はそのままぱくりとそれを口に入れ、シャクシャクと音を立てながら食べ始めた。
「おかえりなさい…皆さんご無事ですか?」 「おー。心配すんな」 「良かった。今お風呂準備して来ますね」 「んなことより、アイス食う?」
差し出されたコンビニの袋を覗くと、私の好きなアイスが入っていた。驚いて顔を上げても沖田隊長は何食わぬ顔で庭を見ながらシャクシャクとアイスを食べている。
「私がこれ好きだって言ったの覚えてたんですか?」 「さーぁ。どうだったかねィ」 「…ありがとうございます。隊長のお誕生日なのに私がなんか貰っちゃってすみません」 「好きなアイスも貰って短冊に書いた願い事も叶って、今日はアンタにとって最高の日だなァ」 「ですねぇ。……って、え?」
沖田隊長の言葉に驚いて心臓が止まりそうになった。隊長はそんな私の気も知らずに、にやりと笑いながら最後の一口のアイスを口に入れた。
「なんだっけ?『皆さんが無事帰ってきますように。隊長のお誕生日を一番に祝えますように』だっけ?」 「たっ隊長って、別に沖田隊長のことだとは限らないじゃないですか…!」 「なんでィその苦しい言い草は」 「いや、ちょっともう…恥ずかしいすぎる…いつ見たんですか」 「コンビニでアイス買った帰り」
顔を真っ赤にする私を嬉しそうに見下ろす彼は、やはり生粋のドSだと思う。万が一知り合いに見られてもバレないように沖田隊長じゃなく隊長とだけ書いたし、自分の名前も記さないでおいた。なのにそれらは全く意味を成さなかった。まさか本人に見られるとは微塵も思っていなかった私は、動揺が隠せていないことだろう。
「あの兎に角…ご無事でなによりです、沖田隊長」 「俺がそこらの攘夷浪士にやられると思ったのか」 「いくら隊長がお強いとは言え…少しは心配してましたよ」 「舐められたモンだなぁ俺も。安心しなせェ、アンタを残して勝手に逝くつもりねぇから」 「え?それ、どういう…」 「なぁこのアイス半分食っていい?」
私の言葉を遮るように放たれた隊長の言葉。思わず反射的に「はい」と言ってしまったが故に、私が聞きたかった重要な言葉は虚しくも掻き消されて終わった。沖田隊長は私の大好きな雪見だいふくを袋から出して蓋をぺりっと剥がし、いい溶け具合だとかなんだとか言いながら食べ始めた。
「隊長、お誕生日おめでとうございます」 「最初に聞いた」 「もう一度ちゃんと顔を見て言いたかったんです」 「別にそんなんいつでも出来るだろ」 「来年も?再来年も?」 「…うん」
心なしか顔を赤くした沖田隊長は、照れ隠しなのかなんなのか残りのもう一つの雪見だいふくを乱暴に渡してきたから私は思わず笑ってしまった。来年も再来年も、こうやって沖田隊長の隣で誕生日を祝う未来がきっと待っているんだろう。七夕の短冊なんてちょっとバカにしていたけど、恥を凌いで書いて本当に正解だった。
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