寒い冬の日、冷えるのは右手だけ





気付けば空は真っ暗だった。まだ5時だというのにこれじゃ真夜中と大して変わらない。冬ってやだな。クリスマスや冬休みや楽しいことはあるかもだけど、私はどうもこの寒さが苦手…というより大嫌いだ。


部活もやってないからこんな時間に帰るのは久々。しっかし日直の仕事なんて本来なら10分程度で終わるのにさ、日誌提出しに行ったらまんまと先生の愚痴に付き合わされた私は最高に不運だと思う。しかもそれにちゃんと付き合っちゃうあたり、最高にアホだと思う。くそ、あの天パ、延々と一時間も勝手に語ってきやがって。

「さっむ…」

暖房でポカポカの職員室から出ると廊下はいつも以上に冷たく感じた。窓からはグラウンドで青春している運動部の姿が見える。こんな気温の中汗をかきながら走り回る彼らの姿に驚いた。廊下ですらこんなに寒いのに、よく外で汗をかけるものだなと関心する。私には絶対無理だなと思いながら、開けっ放しにされている廊下の窓を見て小さく舌打ちをした。ちっ誰だよ。こんな寒いのに開けっ放しにしたの。

冷えきった手をブレザーのポケットから出し窓を閉めた。もはや窓すら冷たい。もう早く帰ろう。さっさと帰ってコタツでヌクヌクしたい。再びブレザーのポケットに手を突っ込み、かかとを踏みつぶしたペチャンコの上履きで廊下を小走りで駆け抜けた。


「おい」
「ぎゃっ」

後ろからマフラー引っ張られ首が軽く締められた。発せられた自分の女らしさのカケラもない声に、少し恥ずかしくなった。

「痛い…あれ、高杉来てたの珍しい」
「おー。昼からだけどな」
「じゃあ教室来なよ。あんたサボりに学校来てんの?」
「暇だから」
「学校来ても暇なくせに」
「じゃあメールしたらお前俺といてくれた?」
「ううん」

にーっこり笑って見せると高杉は一生メールしねぇと言った。そんなの冗談だと分かってるから別に焦りもしなかったけど。高杉は素直じゃないからいつもこうやって意地悪気な冗談を言ってくること、私はもう熟知している。

「今まで何してたんだよ」
「日直…プラス銀八の愚痴に付き合わされた」
「災難だな」
「高杉は?」
「保健室で寝てた」
「まじで学校くる意味ないじゃん」

上履きを靴箱に入れローファーに履き替えた。高杉のローファーは上履き同様ボロボロでかかとも踏みつぶされていて、なかなか見窄らしいものだった。でも高杉はそんなこと全く気にしておらず、いつもようにそのボロボロのローファーのかかとを踏みながら履くのだ。

「お前これからなんかある?」
「うん。コタツさんとデート」
「暇人だな。お前んち行っていい?」
「駄目だよ私デートなんだから」
「する相手が違うんじゃねーの?」

誰のことー?ってわざと惚けたら蹴りを入れられた。ふくらはぎにズビっと。そしてそのままドアを開け早く行こうぜ、って言ってきた。言ってくれたのは嬉しいんだけど寒くて出たくないのが本音だったり。

「いやあー…寒い…」
「学校にいたって寒ィだろ。さっさと帰るぞ」

寒い寒いと言って歩き出さない私の手をさり気なく握ってくれ、握られた左手はそのまま高杉のポケットの中に入れられた。

珍しいこともあるものだ。高杉にもこんな優しい一面があるなんて。

「高杉、寒い」
「てめっ…」
「嘘。左手は温かいよ」
「お前んち着いたら体も温めてやるよ」
「…ありがと」

家に着くまでの約15分間、握られた左手と心は暖まった、気がした。





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