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「名前?どーした浮かない顔して」
「あっううん…」
「体調平気か?座る?」
「ううん大丈夫。ありがと蘭ちゃん」

いまオレと名前が来ているのは高級ブライダルジュエリーの店。芸能人やハリウッドセレブなんかもこぞってここのリングを買うらしいから、名前にもここのをプレゼントしたくなった。だってここ絶対ェ女の憧れじゃん?名前はあんまそういうこと興味ないのは分かっていたけど、結婚指輪は一生モノだし一流のものをあげたかった。だって一流に可愛い名前には一流の輝きのジュエリーが絶対似合うから。


「なぁ、これとかどう?」
「えー、ちょっとギラギラしすぎじゃない?」
「そーかあ?まぁ名前にはもっと華奢なデザインのが似合うか…オネーサン、この子に似合いそうなあんま派手じゃないの持ってきてよ」

店員に頼むとすぐさま他のショーケースから何点か持ってきてくれた。その中で名前が真っ先に手を伸ばしたリング、オレも1番いいと思ったやつだ。さっそく試着させてみたが、やっぱめっちゃいい。

「なぁこれすげぇ名前に似合う。これにしよーぜ」
「ほんと?」
「うん、ちょっとこの指輪つけたまま笑ってみてよ。……あー、はいやばい、すっげ可愛い。もう鬼可愛い」

きらりと微笑む笑顔ときらりと輝くリング。いやもうマッチ度100パーセントだろ、これ。


「もうこれに決定だな。オネーサン、これ貰ってくわー」

そう告げると店員は一度バックヤードに消えて行った。これは間違いなく絶対いい買い物だな、うん。
店員が消えて暫くすると、名前はオレの服の裾をつんと控えめに引っ張ってから、オレの顔を見上げてきた。うん、どうした?可愛いけど。


「ねぇ蘭はさ…本当に私のこと可愛いとか思ってるの?」
「は?」

思いがけない質問に拍子抜けだ。え?オレ毎日毎日こんなに言ってるのにまさか伝わってねぇの?でももし名前が何か不安に思ってるなら、しっかりと名前が安心するまで伝える他ない。


「思ってるに決まってんだろ?名前が世界一っつーか宇宙一可愛い」
「…そっか」
「おいどーした名前?オレの愛が足りねぇか〜?」
「…そうかもね」

は!?うそ!?足りない!?これが漫画なら完全に「ガーン」って効果音が流れるところだ。こんなすっげぇ愛でてるのに、こんなすっげぇハマってる女初めてなのに、オレの愛…足りてねぇのかよ。

「蘭はさぁ、私のどんなとこ好きなの?」
「え?可愛すぎるその顔と声と仕草と…あと時々オレを叱ってくるところがツボ」
「そっかぁ」
「名前は?オレのどんなとこ好き?」

名前の腰に手を回し、やわやわとそこを撫でながら聞く。名前はいつもの控えめな笑顔で、エクボを作ってオレを見て笑った。

「んー背高くてかっこいいとことか、私だけにはめっちゃ優しいとことか色々あるけど、一番は…」
「一番は?」
「ちょっとおバカなとこかな」

え?オレってバカだったの?マジ?
これ絶対ェ名前以外に言われたらブチギレてるやつだけど、名前相手だから「そっかぁオレってバカだったかぁ」って笑っていられる。あれ、もしかしてこういうとこがバカなのか?








マンションに帰り、エレベーターを待っている間にスマホを見ると竜胆から連絡が来ていた。すぐに最上階の自宅に来いと謎の呼び出しだった。名前といる時間を潰してまで弟なんかに会いたくねぇから無視しようとしたけど、「名前のことで話がある」と書かれていたから無視できなかった。名前には適当に理由をつけて先に帰ってもらい、次のエレベーターに乗って最上階へ向かった。



「兄貴、あの女とマジで別れた方がいい」

部屋に入った途端そう言ってきた竜胆に嫌気がさした。おいおいオレまだ靴も脱いでねーんだけど?


「なに?名前を真っ当に幸せにできねぇんだから〜とかまた言うつもりか?」
「違ェよ。このままだと兄貴が幸せになれねーよ」
「はぁー?」
「あの女、妊娠してねぇよ、たぶん」
「…根拠は?」
「この間兄貴の忘れもん取りに行った時、母子手帳見たけどなんも記入されてなかった。あいつ妊婦健診一度も行ってねぇんだよ」
「ふーーん…」
「あと携帯にGPS付けられてることも気付いてる…あいつもう一台スマホも持ってた。なんか色々普通じゃねぇよあの女。面倒なことになる前に別れた方がいいって」

まだ玄関先だと言うのに、竜胆は必死に喋っていた。なんだかんだコイツ、オレのこと心配してくれてんだな。まぁ当たり前か。灰谷兄弟としてずっと一緒に六本木を仕切ってきた血を分けた兄弟だ。オレだって逆の立場だったら竜胆をめちゃくちゃ心配するだろう。


「で?」
「え?」
「名前が妊娠してなくてスマホもわざわざ2台持ちしてまでオレの側にいる理由は?」
「それは…知らねえけど」
「母子手帳って産婦人科医からの妊娠届出書がないと交付されねーんだけど、その証明書すら偽造したってこと?」
「じゃねぇの?」
「会社辞めて収入ないアイツが自分の金でスマホもう一台契約してるってこと?」
「じゃねぇの?」
「……すげぇじゃん」
「あ?」
「そこまでしてオレと結婚したとか、オレのこと好きすぎっしょアイツ」
「……はっ!?え、はっ!!?」

竜胆はマジで驚いた顔をし、更に「兄貴頭大丈夫かよ!?」って真面目に心配してやがる。大丈夫に決まってんだろ。オレの名前への気持ちは、いつだって大丈夫だ。


「ま、待て兄貴。落ち着いて考えろ。名前がそこまでして兄貴と結婚して成し遂げたい目的があるとしたら…」
「…え、灰谷って苗字が欲しかったとか?」
「いやいや違うだろ!絶対違う!」
「永遠の愛?」
「違う!愛から一旦離れろ!だからさ、最悪命狙われてるとかあるかもしれねーだろ。名前のバックにオレらみたいな組織の奴がいるとかさ!」
「あぁ、そーゆー意味ね」
「そう!だからさ、」
「別にいーよ、そんなんどうでも」
「何がどうでもいいんだよ!?」
「竜胆〜お前いっつもてっきと〜な女とばっか遊んでるからわかんねぇんだよ」

竜胆はまた「は?」と言った。最近こいつ「は?」が口癖みたいになってね?ウケる。

「どんな理由があろうとな、アイツを側に置けるんならそれでいいんだよ」
「…嘘だろ?」
「嘘じゃねぇよ。仕方ねぇじゃん、マジで惚れてんだから。名前の正体がなんだろうと、オレは名前を手放したくねーんだよ」

竜胆がオレの背中に向かって「バカじゃねーの!」と怒鳴った。はーいバカでーす。でもバカでもいいんだよ。名前だってオレのおバカなとこが好きだって言ってくれたし。まぁバカとおバカはなんか意味違う気ぃするけど。


「まぁでもご忠告どうもな〜竜胆」


さっき脱いだばっかの靴にもう一度足を入れて玄関から出た。スマホ2台持ちに、妊娠してないとか…。やるなぁ名前。そこまでしてオレに付き合ってくれてたのかよ。可愛すぎっしょ。健気すぎっしょ。

エレベーターを12階で降り、名前の待つ自宅へ帰った。ただいま、と言えば洗面所からひょこっと顔を出す名前。そして、おかえりって微笑んでくれる。

「早かったね」
「んー。ほんとちょっとの野暮用だったから」
「そっか。今お風呂沸かしてたところなの」
「うん。ありがとなぁ名前」

名前の柔らかい髪をくしゃりと撫でれば名前は嬉しそうに笑いオレの胸に抱きついてきた。…はあ、可愛い。そこらへんのチワワやパピヨンのウン百万倍可愛いわ。

「蘭ちゃん、だーいすき」

めったに名前から言ってこない愛の言葉にオレの感情は暴走しそうになった。きつくきつく腕の中で抱き締めて、名前の匂いと小さな体をこれでもかってほど肌で感じた。やっぱり名前はオレのもんだ。オレの為に存在している、オレの女だ。


「名前」
「ん?」
「好きだぜー」
「何その軽い感じ!」
「軽くねぇよ。オレの愛すげぇ重いから」
「…うん、知ってるよ」

ゆっくりと合わさる唇。そこにある愛が本物だろうと偽物だろうとどうでもいい。ただ逃がさない。それだけだ。







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