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「婚姻届はこれで受理されました。本日は誠におめでとうございます」
「ありがとーございまぁす」
「お写真お撮りしましょうか?」
「おっいいねぇ。じゃあお願いしまーす」

港区役所内に設置されたJust Married!なんて書かれた安っちいフレームをバックにして名前の肩を抱き寄せてパシャリ。撮ってもらった写真を見るとオレはすげぇ幸せな顔をしていた。やっべ、オレこんな顔したりするんだ…まあでもそんな自分もイケてるな。名前はいつもの控えめな笑顔で写っている。うん、100点満点、はい可愛い。


「これで今日から灰谷名前だな」
「う、うん…」
「ははっ最初は慣れねぇよなぁ名字変わって。だーいじょうぶ、すぐに慣れっから」
「あのさぁ蘭…ちょっとやっぱ色々と急ぎすぎた感ない?」
「なにが?あ、次は母子手帳交付してもらわないとな」

名前の言いたいことは分かる。名前の妊娠が分かってからなんでこんな数日で入籍してんだって話だろぉ?なんでってそりゃあ1日でも早く名前には灰谷になってもらいたかったし確実にオレのものになってほしかったからだ。以上。

母子手帳も貰って駐車場に向かう。オレは名前に対してのレディーファーストは絶対忘れない。助手席のドアを開けて名前の鞄は当たり前に持ってやる。そして控えめにありがとうと言ってくる名前を満足気に見つめるのも、いつものこと。


「はぁー…なんか不思議。あんな紙切れ一枚で結婚だなんて…」
「んー?紙切れだけじゃねえよ?紙と愛があるから結婚に至ってるんじゃん」
「まぁ、そうだけど…。ていうか急すぎて私会社にもまだ何も報告できてないんだけどどうしよ」
「辞めりゃーいいじゃん」
「え?」
「寿退職、いいだろぉ?女の憧れじゃん。どっちにしろ何ヶ月か経てば産休入ることになるんだし、辞めればいいじゃん」
「えっやだよ辞めたくない!私仕事は続けたいの!」
「え?そーなの?」

名前の気持ちがよく分からなかった。金に困ってるならそりゃ働くだろうけどオレと結婚して金にだけは困ることないと思うんだけど。そんなこと名前もわかっているはず。なのに働き続けたいだと?いやダメっしょ。名前が企業の受付嬢やってるのもオレは我慢ならないんだ。名前をオレの中に閉じ込めとくためにこんな無理やりな手段を取ったのに。

「名前、金には絶対ぇ困んねえよ?オレは名前に家にいてオレのために美味いメシ作って待っててもらって、目一杯育児に専念してほしいんだけど」

子供に興味ないわけじゃないけど、育児なんかよりとにかくオレの為に尽くしてオレの帰りを待っててくれる名前がそこにいてくれれば良かった。でもな、名前が嫌な気にならねぇようにちゃんと育児についても触れておく。オレって抜かりねぇだろ?


「そういうのも、いいけどさぁ…」
「だってそれって名前産んだ後も働くってことだろ?赤ん坊保育所に預けて。オレさ、小さいうちは母親の愛情で育てたいと思うんだよね。保育所でママ、ママ〜って泣いてるかと思うと可哀想すぎねぇ?」
「……」
「オレもさ、できることはなーんでも協力するしさ。名前と二人で育てたいな、オレ達の子供」
「…蘭がそんなこと言うなんて意外すぎる」
「はぁ?」
「正直、蘭がパパなんて想像つかなかったけど、それなりに楽しみにしてるんだ?赤ちゃんのこと」
「あったり前だろ?オレと名前の子供だよ?楽しみじゃないわけねぇだろ」

そう言うと名前は嬉しそうに笑った。あーそう、もうこれ。この笑ったときちょっとエクボができたり肩をすくめる感じ?まじツボなんだわ。やっぱ無理やりにでも妊娠させて結婚したのは正解だ。オレの判断は間違ってない。こんなに愛らしくて可愛い名前を野放しにしておいていいわけねぇ。名前はさ、ずーっとオレのことだけ考えてりゃいいんだよ。

信号で止まった時に名前の顔をこっちに向かせてキスをする。そしてまだ膨らまぬ腹を優しく撫でるとオレの手の上にそっと手を重ねてくる。「好きだよ」と囁けば「うん私も」って囁き返してくる。うん、100点満点、はい可愛い。


「名前、体調平気そうだったらこのまま指輪見にいかね?」
「指輪?」
「そっ、まだ買ってないじゃん?婚約指輪も結婚指輪も。あ、記念に腕時計とかネックレスとかもいいよ?」
「ちょっと蘭ちゃん!そんなにいらない!これから育児にお金かかるんだなら無駄遣いはだめだよ!」

この可愛い顔でオカンみたいに叱ってくるところにキュンとしてしまうオレ、相当性癖狂ってるかもしんねぇ。


とりあえず指輪を見に行くのは今度にして帰宅した。名前の悪阻も心配だし。よくわかんねーけど疲れが出るのか夕方から夜にかけてが気持ち悪くなるらしい。

「名前ー疲れたろ?ソファで横になってろよ」
「うん…」
「なんか飲む?」

スラックスのポケットから財布やスマホを取り出してテーブルに置いた時、竜胆から着信とメッセージが届いているのに気がついた。開いてみるとただ一言、『今から家行くから。』と書かれていた。

竜胆にすら入籍したことは言ってなかったけどこの感じ、恐らくどこからか聞きつたのだろう。そして事実確認のために今からこっちに来る…と。はぁ、めんどくせっ。竜胆と言えど名前を会わせたくなかった。なぜなら名前に惚れられちゃ困るからだ。
でも家に来るっつってもここは名前の為に自宅に見せかけた12階の部屋。竜胆は最上階のオレの自宅に行くつもりなんだろうしまあ放っておけばいいっしょ。

「名前、ルイボスティーでも淹れてやろっか?」
「ほんと?ありがと…」

その時部屋に響いたインターホンの音。なんとなく嫌な予感がして画面を覗くと予感は的中していた。

「あれ、今の音って一階のエントランスじゃなくて玄関のが鳴った音だよね?宅配便かな?」
「…名前、寝室で休んでなよ」
「なんで?お茶淹れてくれるんでしょ?」
「淹れたら持ってってやるから、な?しっかりベッドで寝転んで休んどけって」
「え?どうしたのよ急に…」

なんてやりとりをしている間に、玄関の戸がドン!と叩かれた。確実にノックではない戸の叩き方に名前はビクりと肩を跳ね上げ「なに?なに?」と怯えた顔でオレの背中に回った。そしてオレの服の裾をちょこんと摘んでくる。そんな仕草にグッときたからそのままベッドに運んでしまいたくなるけど、今はとりあえずこのうるせぇ弟をなんとかしねぇとな。


「うっせーよ竜胆」
「兄貴…オレになんか言うことあんだろ?」

玄関の戸を少し開けただけなのに、竜胆は体を滑り込ませてきて玄関の中に入り込んできた。そしてオレの背中に張り付いている名前を見て目を細める。

「あんたが例の名前か」
「へ…?」
「おい竜胆〜初対面で失礼だろぉ?名前お姉様と呼べ」
「呼ぶかよ」

靴を脱いだ竜胆は家主の了解も得ないままお邪魔する気らしい。あーあ、なんて躾のなってねぇ弟なんだ。兄ちゃん悲しい。ひとまずリビングに通すため、名前の腰を抱きながら廊下を歩いていく。


「蘭…この人知り合いなの?」
「弟だよ」
「えっ?弟…いたの?」
「おい兄貴そんなことも話してなかったのかよ」
「だって聞かれなかったしぃ?」
「自分から話すもんだろーが。どうなってんだよお前ら」
「あっ、あの初めまして!蘭さんの、あの…妻の名前と申します……」

蘭さんの妻の名前。蘭さんの妻の名前。蘭さんの妻の名前。

オレはその美しすぎる響きに心酔しながらそのフレーズを脳内で何度もリフレインさせた。やっばい、想像以上にイイ。名前が恥ずかしそうに言う感じも堪んなくイイ。あーほんと、結婚て幸せしかねぇわ。

「ちっ、やっぱ本当だったのかよ結婚したって」
「うん。誰から聞いたの?」
「ボスだよ!今日兄貴が入籍手続きのため休暇取ってるっつーから目ん玉飛び出そうになったわ!」
「そんな驚いた?」
「兄貴には色々驚かせられてるけど今回がぶっちぎりで一番だよ」

だって言いたくなかったんだもん仕方ねぇーじゃん。ボスには一応上司だし伝えちゃったけど。名前はあたふたしながらオレの隣に立ってオレを見つめていた。うん、大丈夫可愛いいつもどおり。

「あ、あの弟さん…」
「…灰谷竜胆」
「竜胆さん、すみませんご報告が遅くなって…ちょっとこの短期間で急に決まったもんで」
「アンタもさ、そんな短期間でこんな奴と結婚して大丈夫なわけ?」
「あの、実はその…急だったのもワケがありまして…」
「は?」

名前は少し気まずそうに自分の腹に手を当てた。その仕草を見た竜胆は目をかっぴらいて「まさか」と呟いた。さすがオレの弟。勘がいい。


「〜〜兄貴っ!オメェ最悪だな!」
「は?なにが?」
「何がって……」

さすがに名前の前では言えないのか口を紡いだ竜胆。名前はオレたち兄弟間のやりとりと意味が分からず頭の上にクエッションマークを掲げている。


「ま、そーゆーことでさ。事後報告にはなっちゃったけどこれからは義姉の名前ちゃんをよろしくな?竜胆」
「竜胆さん、よろしくお願いします」
「…はあ」

竜胆は額に手を当ててため息を吐いた。名前はまだなーんの疑いも持っていない、本当に無垢な女。それが彼女のいいところでありオレが惚れたところ。とりあえずキッチンに行きさっき淹れ損ねたルイボスティーを淹れよう。妊婦にはノンカフェインがいいらしいからな。名前の体を気遣ってそんなことまで調べちゃうオレ、偉すぎっしょ?







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