12


「あっ、あの女…!」
「ん?」
「…いや、なんでもねぇ」

名前が出て行った。それを竜胆に伝えたら慌てて探しに行こうとするから「少し放っておいてやれよ」と言えばまた慌てて「なんでだよ!?」と返された。それ以来、街中で少し名前に似た姿の女を見かけると竜胆は反応するようになっていた。おいおい、名前はお前の嫁じゃなくてオレの嫁だっつーのに。どうしたってぐらい竜胆は名前のことを気にかけていた。

「お前さ、なんでそんなに名前のこと気にしてんの?」
「つーかなんで兄貴はそんな平然としてんだの。ベタ惚れだった嫁が出てったんだぞ?」
「出てったってまだオレたちは夫婦だからな。たまには嫁には一人の時間作ってやってもいいじゃん?」
「そんなに?もう二週間とかじゃん…」

呆れている竜胆からの言葉に焦りを見せないようにしているけど、正直焦ってないわけない。…二週間。そうかもう二週間か。二週間も名前に触れてない。触れてないどころか喋ってもいない。

名前に一人の時間が必要だと思ったのは本当だ。だからアイツが出て行った直後に『オレのことは気にしなくていいから暫く一人の時間作りな』って連絡した。ほら、そうすると嫁のこと気遣ってるいい夫っぽくなるじゃん?そしたら名前も改めてオレの良さに気づくかもじゃん?そしたらまたすぐオレのとこ戻ってきてくれるかもって思うじゃん?

まあ結果、二週間連絡もないままなんだけどな。


「兄貴さぁ、もし仮に名前が他の男と一緒になってたらどうすんだよ?」
「は?なんだよ、一緒にって。名前の旦那はオレでオレの嫁は名前なんだよ」
「いや形式上は二人は夫婦だけどさ、名前の気持ちが他の男に傾いたとか、兄貴知らないところで本当は本命がいたとか…そういうこと考えねぇの?こんなにも音沙汰ねぇんだぞ……って、いってぇぇ!」

クソくだらない上に胸糞わりぃこと言ってくる竜胆のケツを蹴り上げてやった。結構ガチで蹴ってやった。本気で痛がってる弟の姿を見てザマァ見ろとしか思えなかった。名前がオレ以外の男の隣にいるぅ?そんなことあり得るわけねーだろ。

「あ、なに今日バレンタイン?」
「…そうだよ」
「ふーん。なんかこの辺有名なチョコ買えるとこねぇかな」
「は?兄貴が買うのかよ。バレンタインって女がチョコ買う日だろ」
「なんか急に食いたくなった」

街中で見かけたバレンタインのポスターを見て急に甘いもんが食いたくなった。スマホでこの辺で買える有名なチョコレートを検索して竜胆に見せると「地図くらい読めよ自分で…」とブツクサ言いながらスマホを見ながら足を進めた。よっぽどオレの蹴りが痛かったのかケツさすってんだけど。ウケる。



「ここだな」
「うわだるっ。並んでんじゃん」
「まあバレンタイン当日だしな。つか閉店時間近いけど残ってんのか?」

行列の先頭まで移動して店内を覗こうとしたとき、一人の女がドアから出てきた。あ、結構可愛い女だな、なんて思っていたらその女はオレの顔を見るなりでっかい目を更にデカくして驚いていた。

「……ら」
「名前!?」
「蘭……なんで」
「いやお前こそなんで?」
「えっ、と…私は…」
「なんでこんな髪短くしてんの?」
「え、あ、そこ?」
「あーーーもう…超絶可愛くね?ロングより似合ってね?どうなってんのこれ」

あろうことか、店から出てきたのはショートヘアになった名前だった。ぱっと見名前だと分からないくらいイメージ変わってる。ショートが似合うのは真の美人だとか言うけど、間違いねぇなって心底感じさせられる。美人っつーか、可愛い。すげぇ可愛い。思わずその場で抱き上げてしまい、名前は「ひゃっ!?」と高い声を上げた。うん、だから可愛いなほんとに。


「蘭!下ろして恥ずかしい!」
「名前〜名前〜…あー…なんで…なんでずっと連絡してこなかったんだよ」
「……ごめん」
「髪切ってより可愛くなったって早く知りたかったよ」
「…え?」

抱き上げたままを名前を抱き締めた。名前はオレの背後にいる竜胆の存在に気づいたのか「竜胆くん…この人相変わらずどうかしてる…」と呟いている。相変わらずって言うあたり、本当にオレのことよぉく知り尽くしてる感じがしてたまんねぇな。


「兄貴、下ろしてやれよ」
「ん?名前下りたい?」
「下ろしてって言ってるじゃん最初っから!」
「照れてんの〜?かーわいっ」

照れてる名前を下ろして、久々に真正面から名前の顔を見た。短くなった髪の毛を触ると相変わらず指通りがいいし、ショートにしたからか余計小顔が目立つし、マフラーに顔が埋もれかけているのも……うん、イイ。

「その髪どこで切ったの?青山?銀座?」
「そんなこと聞きたいの?」
「うーんまぁ多少は興味あっかな」
「嘘よ。もっと聞きたいこと…あるんじゃないの?」

聞きたいこと…もっと聞きたいこと、ね。そりゃあるさ。丸々二週間も会わなかったんだ。名前と結婚して以来こんなこと初めてだ。名前がきつい目つきでオレを睨んでくるのは、おおよそ何を聞かれるか分かっているからなんだろう。

「じゃあさ、聞くけど」
「うん」
「そのチョコ、誰に買ったの?」
「…え?そこ?」
「うん」
「え?ほんとに?いま一番聞きたいことってそれ?」
「うん」
「えっねぇ蘭どこまでズレてるの!?大丈夫?普通はずっと連絡もせずどこで何してたんだよ、じゃないの?」
「あーまぁそれは追々聞くとして」
「追々!?私がこの二週間どこで何してたかより、誰にチョコあげるかの方が気になってるの?」
「だってそれ誰にあげるか聞けば、お前の気持ち分かるようなもんじゃん」
「……」
「ちげぇの?」

名前は面食らった顔でオレを見た。そして口を震わせながら「ほんっっとにバカ…!」とこっちを睨むような目つきで言った。だからさ、前も言ったけどさ、そんな怖ぇ目つきでそんな煽るようなこと言ってくんなよ。逆効果なんだよ。震えた手でその小洒落た紙袋をこっちに突き出してくるのも全部、全部。オレを狂わせる要素しかねぇんだよ。


「蘭…」
「はーい」
「勝手に出ていってごめんなさい…」
「うん。あとは?」
「これ……受け取って、ください」

震えた手で渡してきた紙袋を受け取ろうと手を伸ばし、そのまま名前の体を引き寄せて抱き締めた。捕まえた。やっと、捕まえた。


「蘭…離してよ…」
「やだ。チョコだけじゃなんだしお前ごと受け取っておくわ」
「なにそれ…」
「なぁ名前。この二週間どうだった?もっと心配してオレから連絡くると思ってた?すげぇ探し回ってると思ってた?オレがキレて竜胆に当たってねぇかとか気になってた?」
「……うん」
「なーんだ。お前頭ん中オレのことでいっぱいじゃん」
「……もうやだ」
「やだじゃねぇだろ〜?もう好き、の間違いじゃねぇの?」
「あーもうほんと無理、何この人、頭おかしいやっぱ」
「確かに頭おかしいかも、お前に惚れてから」
「……」
「もう心配かけんなよ」

オレの胸の中でコクンと頷いたのを確認して改めて思った。名前はオレの横にいなきゃなんねぇなって。いつの間にかお前もオレの横にいるのがしっくり来るようになったんだろぉ?なぁ名前。お前もさ、もうオレに惚れてんだろ?






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