「短い間だったけど、みんなの作品の手伝いができてとても楽しかったです」
ついに、その日は来てしまった。
コンクールの締め切り前日、それはつまり三ツ谷先生が手芸部に来てくれる最後の日だ。この日が来ることは分かっていたし覚悟だってしていたつもりなんだけど…ううん、やっぱり覚悟が全然足りていなかった。私まだまだ先生といたかった。
「とにかく全員が作品を完成させて提出できたこと、それが一番良かったです。結果がどう出ようと、自分が作ろうと決めた物を最後まで作り上げられたってのは絶対自信に繋がるから。オレも皆の手伝いができて楽しかったし、勉強になった。すごく有意義な時間を過ごせた。どうもありがとうございました」
先生が挨拶をした後、部屋中に拍手が響き渡り、私たち部員の「ありがとうございました!」と言うお礼の言葉も響いた。学校の先生じゃないわりに最後の挨拶がいかにも先生って感じのしっかりした挨拶だったなぁ、と私はぼんやりと思った。
みんな先生の周りに集まって、再びお礼を言ったり、社交辞令かもしれないけどまた遊びに来て下さいなんて言っていたり。私はその輪の中に入れなかった。また来て下さいなんて、そんな言葉で収まる気持ちじゃないんだもん。むしろ「会いに行っていいですか」って聞きたいぐらいなんだもん。
「あ、ミョウジさん、今日は鍵オレが返しとくよ」 「え?」 「顧問の先生にも挨拶して帰らなきゃいけないから、ついでに返しとく」 「分かりました…お願いします」 「おう」
じゃあ元気でなー、と言いながら三ツ谷先生は職員室の方に消えていき、私達はさよーならーと先生に挨拶した。
「ナマエちゃん、帰ろー」 「うん」 「ねぇコンクールの作品も無事終わったしさ、どっか寄っていこうよ」 「いいねー賛成!」 「なんか甘いもの食べようよ」
ワイワイと部活の同級生たちと盛り上がりながら下駄箱で靴を履き、ミスドにする?それとも奮発してスタバ行く?なんて話題を繰り広げる。でも私はどこか上の空で会話の中に入りきれていない。みんなと久々の寄り道もいいけど、でも今私の頭の中を埋め尽くしているのは、あの人だけなんだ。鍵をお願いして「さよーならー」なんて一言でもう会えなくなるなんて、やっぱり絶対無理。そんなの無理!無理!
「ナマエちゃんミスドでいいー?って聞いてる?」 「あ、うん!…ねぇ私さ、三ツ谷先生に返すものあった。だから先行ってて?駅前のミスドだよね?すぐ追いかけるから」
みんな何も怪しむことなく「了解〜」と言って私を送り出してくれた。大丈夫、まだ先生帰ってないはず。でも入れ違いになったら絶対嫌だから走って職員用の玄関に走った。生徒用の昇降口の反対側にあるから結構遠いんだけど、私は足を止めることなく走った。三ツ谷先生に会えるラストチャンス、逃すわけにいかないから。
「…あれ?ミョウジさん」
なんとか三ツ谷先生が玄関を出る前に辿り着いた私は、息を整えながら額から垂れる汗を拭きながら暫くそこで先生が現れるのを待っていた。涼しい顔で登場した三ツ谷先生とは反対に、マジダッシュした私の顔は少し赤らんでいた。
「大丈夫?どしたの?」 「先生に…ちゃんと、お礼言えてなかったから…」 「え?」 「手芸部のことも、色々相談乗ってくれたり話聞いたくれたりしたことも…ありがとうございました。本当に三ツ谷先生が指導に来てくれてみんな助かったし、私なんて特に色々お世話になったから、もう一度ちゃんとお礼言いたくて」 「そっか…こちらこそありがとうミョウジさん。久々に母校に来て、先生なんて呼ばれて頼られて、オレもすげぇいい経験になったよ」
石田先生に感謝だな、と三ツ谷先生は笑いながら言うから私も釣られて笑った。入院して大変な思いしてるだろうけど、三ツ谷先生に出会わせてくれたから石田先生ありがとうって全力で言いたい。コンクールの作品のことだけじゃなく、私の泣き場所になってくれたり進路のことも背中を押してくれたり…三ツ谷先生に出会えて、好きになれて、私本当に幸せだ。
「先生、最後に一つお願い聞いてくれます?」 「え、なんだよ」 「連絡先、知りたいです」 「え」 「コンクールの結果とか、三ツ谷先生には一番に報告したいから!あと、進路のこととか…また話聞いてもらえたらなって、思って……」
昨夜必死に考えた言い訳。どうすれば三ツ谷先生の連絡先をゲットできるか死ぬほど考えた。そして辿り着いたのがコンクールの結果報告のこと。これなら大丈夫かなって。自分の進路のことは今思いついて言っちゃったけど、言わない方が良かったかなって喋りながら自信がなくなってきた。お願い、どうか首を縦に振って先生。じゃないともうあなたに会えなくなりそうで怖い。
「…いいよ」 「本当ですか!?」 「うん。携帯出してよ。あ、でも待ってちょっとこっちでやろうか」
先生は私の腕を引っ張って職員用玄関から離れて、校舎の少し裏に連れて行った。
「よし、ここなら他の先生に見られないよな。職員室からも離れてるし」 「え?」 「いやオレとしてはさ、連絡先教えんのも全然いいんだけど、一応部活の指導者として来てるのに生徒と連絡先交換してんの見られるのはマズイかなって…」 「そんなこと考えてたんですか?」 「大人だからな。つかこれ大丈夫かな、ハタから見たら女子高生の連絡先ゲットして喜んでるおっさんに見える?」 「だから、先生全然おっさんじゃないですって」 「いやお前らからしたらおっさんだろ。で、連絡先交換ってどーやんの?オレ昨日スマホにしたばっかだから分かんねーんだよ」 「…すいません、ちょっとおっさんかもって思っちゃいました」 「ほらな、だから言ったじゃん。バカにすんじゃねぇぞ?」
スマホでぺしんと頭を叩かれた。ちょっと痛いけどなんか嬉しいって思っちゃうあたり、自分はMなのかもしれない。とりあえず三ツ谷先生のスマホを操作して先生の連絡先を自分のスマホに入れた。同じ機種だから操作方法が分かるだけなのに、三ツ谷先生は「すげーな」って謎にめちゃくちゃ関心していた。
「これで完了?」 「私が今からメッセージ送信するので、そしたら私の連絡先登録してくださいね」 「できっかな…」 「それくらい出来て下さいよ…。はい、送りました」
ブーっと振動した先生のスマホ。とりあえず届いたメッセージを開くことぐらいはできるようで、慣れない手つきで画面をタップしている。そして画面を黙ったまま凝視し、また慣れない手つきでゆっくりと指を動かしている。登録の仕方が本当に分からないのだろうか…。でも何か画面上でやってるっぽいし声を掛けられずにいると今度は私のスマホが振動した。画面を見ると、そこには先生から『いいよ』という三文字のメッセージが。
「先生…ありがとうございます」 「うん」
『タカちゃん先生、ミョウジです、登録お願いします。たくさんお世話になったけど、これからもまだ先生のお世話になりたいです』
先程私が送った三ツ谷先生へのメッセージ。目の前にいるのにまさか返信してくるとは思わなかった。でも『いいよ』ってたったその一言を文字で見られることで物凄い安心感があった。部員と指導者という関係が終わっても、まだ私と三ツ谷先生を繋いでくれるものがある。そう思うだけで私の心は満たされていった。
画面上の革命
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