「ナマエ寝不足?大丈夫?」

コンクールまであと10日。さすがに時間の余裕がなくなってきた。自分一人で取り掛かっているあの妹用のドレスはともかく、他の部員の子と共同で出す予定の作品がやばい。各自担当する箇所は分けたけど、組み合わせたときに納得いく形にならなくて1からやり直すことになった。更に担当箇所もちょっと公平じゃないと言うか…部長だからと私ばかり負担がかかっている。

そんな愚痴をクラスの友達に漏らしたら「えーひどい」「ナマエが部長だからって頼りすぎ」と私の味方をしてくれた。まぁ、そうなるよね。部員でない人だったら味方してくれると思って愚痴ったのだから。私の性格も大概だ。


「ナマエばっか負担かかって可哀想じゃん!部長としての仕事もあるのに。誰か部の人に相談したら?」
「相談って…私が部のトップなんだけど一体誰に…」
「アレだよ、この間のデザイナーのお兄さん!」
「えーでもあの人は…裁縫を教えにきてくれてるだけだから」
「じゃあ臨時顧問のあのじいさん先生?」
「あの人はないな…鍵の管理しかしてくれてない」

定年過ぎて教師じゃなく講師として在籍してるあの年老いた先生に相談なんて…しても仕方ない。となるとやっぱり三ツ谷先生?でも先生であっても学校の先生じゃないんだし。

「それにさぁ、部長って立場利用すればあのお兄さんとお近づきになれそーじゃん!」
「だよね、あたしもそれ思った〜」

友人達のきゃっきゃっと弾んだ声。やはりそれ狙いでの発言か…。そんな下心ありありで三ツ谷先生に相談なんてしたくない。…と思いたいけど、でもそうしたい気持ちもあってとても複雑だ。

「ナマエあのデザイナーさんのこと気になってるんでしょ?」
「えっ!?」
「違うの?この間あの人が教室来た時めーっちゃあたふたしてたもんね」
「うんうんしてた!同級生の男子が来た時とは明らか反応違ったもんねー」
「私…そんなあからさまだった…?」

みるみる赤くなる顔に友人達はニヤニヤしながら頷いた。やばい、私顔に出やすいタイプだし三ツ谷先生にも気づかれたかな…!?どうしよう。

「だったら尚更さ!頼れる大人のお兄さんに相談するっきゃないっしょ!!」






そうは言われてもなかなかできない。
この間はたまたま三ツ谷先生は一足早く来ていただけで、基本は部活が始まるギリギリに来るから二人きりで話す時間なんてない。コンクールまで日数ももうないから、みんな三ツ谷先生に見てもらいたく、部活中に先生を独り占めすることなんてできないし…。

「ナマエちゃん、ここのパーツできたよ」
「え?あっ、ありがとう!」
「じゃあ後はお願いして良かったんだよね?」
「うん…」

できたパーツを縫い合わせて完成させることも私の担当になっていた。やるなんて言った覚えないけど、なんか自然とそういう流れになっていた。

共同製作なんだから一緒にやってよ。なんで私のばかり。私だって個人で出す方の作品もまだ仕上がってないのに!


「部長、遅くなりましたが部費持ってきたのでー…」
「…今手離せないから後でにして」
「部長ー、コンクールの応募用紙足りないんですが」
「コピーぐらい自分でしてきて!」

自分でもわかるぐらい、明らかにイライラしていた。みっともないな、私。これじゃあ関係ない部員の子に当たってるみたいじゃない。後ろでヒソヒソと「今日の部長機嫌悪いみたい」と聞こえてきてブチギレそうになったが、布に思いっきり針をぶっ刺すことでなんとかその衝動を抑えた。





「ミョウジさん、鍵の返却一緒に行くよ」

部活動の時間が終わり、いつもの如く鍵を職員室に返しに行こうとしたとき三ツ谷先生が声を掛けてくれた。別にいいですと断っても、全く聞く耳を持たずついてきた。

「お、この自販機懐かしー。このレモンティーやたら飲んでたわオレ」
「そうですか…」
「久々に買おっと。ミョウジさんはどれ飲む?」
「え?いいです別に…お茶持ってるし」
「おいおい、センセーが奢ってやるって言った時はラッキー♪とか言って奢ってもらうのが女子高生だろ」
「えぇ…でもなんか今そんなテンションじゃないっていうか」
「だからこそだよ。どれにする?甘いもんがいいよイライラした時は」

ハッとして顔を上げた。三ツ谷先生、もしかして私が部活中イライラしてるのに気づいて鍵の返却に付き合ってくれたの?…やだな、恥ずかしい。こんな自分のガキっぽいところ見透かされちゃって。ますます大人な三ツ谷先生と子供な自分の差を感じてしまう。

黙り込む私を見て三ツ谷先生は勝手に自販機のボタンを押した。そして手渡されたのは苺オーレ。淡いピンク色のパッケージに苺の絵が描かれていて、とっても可愛かった。

「またゲロ甘なチョイスですね…」
「嫌いだった?」
「嫌いではないですけど…」
「じゃあ良かった。飲みなよ」

廊下で飲みながら歩いてると学校の先生に叱られるが…まぁいいや。ぷすりとストローを刺して苺オーレを飲む。想像どおりの甘い液体が口内に流れ込んできた。

「つれぇよなー部長とか上の立場の人間って」

レモンティーを飲みながら三ツ谷先生は言った。

「オレも中学ん時は部長しててさ」
「え?本当ですか?」
「うん。部長ー部長ーってすぐみんな頼ってくんのな。今日のミョウジさん見てて思い出したわ」

やっぱり見られてたよね、今日の私。みんなが部長部長って声かけてくるのはいつものことなのに、そんないつものことが今日はイラついて仕方なかった。

「何があった?」
「え?」
「コンクール前でしんどくなった?それとも上手く作品が進まない自分へのイライラ?」
「……」
「ミョウジさんが全部一人で背負う必要ねぇよ?今はさ、手芸部の指導者としてオレもいるんだし、少し頼ってよ辛い時は」

頼ってよ、のその一言でじわりと涙が出てきた。頼られてばかりのポジションだったから、頼ってよなんて言われてこなかった。家でも妹がお姉ちゃんお姉ちゃんって頼ってくるし、親もお姉ちゃんなんだからって私をアテにしてくるし。誰かに頼ってよ、なんて言われたの、初めてだった。

涙が溢れないようにグッと堪える癖がついてるのは、そんな生き方ばかりだったからなのかな。目元を抑えながら自分の中の鬱憤を三ツ谷先生に話した。

「いっ一番イライラしたのは…共同製作の作品で…私ばっか負担多くって…グループの子も、当たり前のように後お願いねって私に投げてくるし…」
「うん」
「私だって個人の作品まだ出来上がってないんだからって、言い返したいのに……できなくて…、言えばグループの子も分かってくれるだろうに、言えない自分も嫌で嫌で…。もう時間もないし寝不足だしみんな部長部長って煩くって…!」
「うん、わかるわかる。みんなうっせーよなぁ」
「うん……みんな、もう…うっせーんです…」

鼻を啜りながら話す私の頭を、三ツ谷先生は優しく撫でてくれた。頭を撫でられるなんて、ほんといつぶりだろう。妹が生まれてからされたことあったっけ。三ツ谷先生は「気が済むまで泣けよ」って言うから、私の中の我慢していた感情が波のように押し寄せて来て、涙となって外に出てきた。


「青春だなぁー」
「どこがですか…!」
「そうやって仲間のことで悩んだり、部長って立場で悩んだり、めっちゃ青春じゃん」
「全然わかりませんよ…」
「そっかぁ。オレもおっさんになったってことなんかなぁー」
「三ツ谷先生は、おっさんじゃありませんよ…おにーさんです、まだまだ」
「まぁまだ22だしなぁ」
「はい…まだかっこいいおにーさんです…」

先生は笑いながら「ありがと」と言った。涙が止まってきた私は、背を向けてティッシュで鼻をかんだ。いま鏡で顔を見たら鼻も目も真っ赤なんだろな。こんな顔三ツ谷先生に見られることになるなんて本当ツイてない。

「涙止まった?」
「はい…すみませんでした」
「いーんだよ。ミョウジさん家族の前でもなかなか泣けなそうだし大変だよな。オレも同じ立場だったからわかるよ。こう思うとさ、結構オレら境遇似てるよな?」
「そうですね」
「だからさ、また自分の中で溜まってきたもの爆発しそうになったらオレんとこ来て思いっきり泣けよ」
「……いいんですか?」
「おう、ろくなアドバイスはできねぇけど」
「いえっ!そんな…泣く場所与えてもらっただけで十分です…!」
「そか、じゃあ遠慮すんなよ」
「はい…ありがとうございます三ツ谷先生」


タレ目が更に下がって笑いかけてくれるこの優しい表情が、すき。私の辛いことを共感してくれるところが、すき。私にとっての唯一の泣き場所になってくれたところが、すき。

好き、好き。すきです、先生。
やっぱり私、どうしても三ツ谷先生がすきです。
もう「すき」が溢れてしまいそう。


「あ、そういやさー」
「はい」
「タカちゃん先生って結局呼ばねえの?」
「…えっ」
「いま他の部員いねぇのに、三ツ谷先生って呼んだよな」

…言われてみればそうだ。不意に部活中に呼んでしまわないようになるべく心の中でも三ツ谷先生って呼んでいるからかな。本当は呼びたいけど。だって私だけに許可されてる特別な呼び名だし。

「実は結構その呼び名気に入ってますね?」
「そーゆーわけじゃないけど…あんな呼びたそうにしてたのに呼ばねえのかよって思うじゃん」
「特別な時だけ呼びます」
「それってどんな時?」
「例えば、今度先生のとこで泣かせてもらう時とか…先生に私の秘密を伝える時とか」
「あー、そう?」

よくわかんねぇなあ女子高生って、と言いながら三ツ谷先生は頭をぽりぽり掻いた。

本当はいつでも呼びたいけど、でもそうしてたら自分の気持ちに歯止めが効かなくなりそうなんだもん。でも絶対、私のこの秘密にしている気持ちを伝える時はタカちゃん先生って呼ぶって決めた。うん、いま決めた。


「あ、ミョウジさん見て、一番星出てる」
「え?どれですか?」
「ほらアレだよ、アレ。お前わかんねぇの?女子って星好きじゃねぇの?」
「うーん…」
「ロマンチストじゃないのな」
「じゃあ星に詳しそうなタカちゃん先生はロマンチストなんですね?」

空を指さす先生の隣に立って、タカちゃん先生呼びをした。ビックリしたのか目をいつもより大きく開きながらタカちゃん先生はこっちを見てきた。

「今なんか特別な要素あったか?」
「ないです。でも呼びたくなったから呼んだんです、タカちゃん先生」

先生は眉を顰めながら「やっぱり女子高生ってわかんねー」と言った。

だって今、先生私のこと「お前」って言ったんだもん。なんだか一気に距離が縮まって特別な感じがしたんだもん。だから呼んだんですよ?先生。




二人を照らす一番星


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