素敵なワンピースですね、と声をかけられ顔を上げるとニコニコと笑ったお洒落な店員さんがいた。ありがとうございますと褒められたことにお礼を言うと、私が見ていたカーディガンを手に取りながら「いまお召しのワンピースとかなり合いますね!」と営業っぽい提案をされて思わず苦笑いしてしまった。
大学一年目の全ての授業と試験が終わり、晴れて迎えた春休み。成績もわりと良く、両親も安心してくれた。なにより実技の試験の結果がいいことに喜んでくれていた。これなら服飾科に行かせた甲斐があると思ってくれたのかな。まぁ実技の結果がいいのは半分はタカちゃんのおかげ。よく課題も見えもらってたし、マンツーマンで教えてもらっていたから。
そんな彼からクリスマスにプレゼントしてもらったワンピースは今も大のお気に入りで、さっきみたいに買い物に行くと店員さんに褒められることもよくあった。その度に私は、自分の彼氏が作ったものなんだと心の中で自慢げになっていた。
「ナマエ」 「あ、タカちゃん」 「ごめん遅れて」 「全然。ねぇこのワンピにこのカーディガン、どうかな?」
今日はタカちゃんと買い物デート。服を選んでもらいたいと言ったら彼はすごく嬉しそうに乗り気になってくれた。さっき店員さんが合うと言ってくれたカーディガンを合わせて見せてみると、タカちゃんはうーんと唸りながら別の色のものを手に取った。
「この色の方が春っぽくていい」 「ほんと?でもこっちの方がオールシーズン合わせられるかなって」 「黒系は便利だけどさ、お前はこういう明るくて軽い色の方が似合う」 「そっかぁ…でも手持ちの他の服と合わせづらいかも…」 「じゃあまたお前に似合いそうなの作ってやるから」 「え!?いいの!?」 「うん、いいよ」
思わずその場で跳ねて喜んでしまいそうになったのをグッと我慢した。そんなことしたらまた子供っぽいとか言われそうだし。ひとまずタカちゃんが似合うと言ってくれた方のカーディガンを持ってレジに持っていった。デザイナーなんてお洒落な職業の人が彼氏だと正直すごーく着る服に気を遣う。でもそんな気を張って一緒にいるのは嫌だから、それならタカちゃんに服を選んでもらおうと思って今日は勇気を出して買い物デートに自分から誘ってみた。タカちゃんは「ナマエから提案して誘ってくれるの初めてだな」って嬉しそうに笑ってくれたから、思わず私も嬉しくなって笑った。
「おまたせー。どうしたの?なんか難しい顔して」 「ん?そのカーディガンに合うもの、どんなの作ろうかなって考えてた」 「もう考えてたの?」 「うん。スカートとかどう?このワンピより丈短めで少しフワっとした感じの」 「あ、いいねぇ。スカートちょうど欲しかった」 「まじ?じゃあそうしよ。今度ウエスト測らせて」
え゛っと思わず濁った声が出てしまった。ウエストを…測る、ですと?彼氏にそんな恐ろしいことされるなんて耐えられるはずがない。
「測らなくていい!」 「なんで?」 「え…イヤじゃんそんな、ウエストサイズ知られるとか…」 「別にお前太ってねーじゃん。測って作った方が絶対綺麗に履けるから」 「いいって!この前みたいに既製品のMサイズ目安に作ればいいじゃん!」 「あれはまだお前のサイズわかんなかったからそう作っただけで……」
そこまで言ったあと、タカちゃんは「あ、やべ」と声を漏らした。そして私も彼の言葉に違和感を覚えた。タカちゃんの部屋にあったお手製の服の数々。その中でたまたま似合いそうなのがあるから着てみなよと言われ、結果としてプレゼントしてもらったのがこのワンピースだった。でも今の言い方だと、まるで私のために作ったかのような……
「タカちゃん…これ私のために作ってくれてたものだったの?」 「…そーだよ」 「えっ!?なら言ってよ!」 「いやだって…オレプレゼント要らないって言ったじゃん。そう言った手前自分だけ用意してるとまたお前が気遣ったり無理にバイト詰め込んでなんか買おうとすると思って…」 「だから、たまたま似合いそうなのあるって装ったの?」 「…そーだよ」
込み上げてきそうな涙を堪えながら、私はタカちゃんの腕に抱きついた。確かに私は学業が疎かになるほどバイトを入れまくって背伸びしてタカちゃんにいいものをプレゼントしようとしていた。そんな私を見てタカちゃんはプレゼントは要らないと言った。だからこのワンピースを貰ったのはたまたま似合うものだったからだと思っていたのに……。タカちゃんが、仕事で疲れているのに私のために作ってくれた一着だったなんて。道理でやたらと自分の体型や肌色に馴染むものなはずだ。
「…ありがとう。本当に…もっともっとたくさん着るね、これ」 「うん。そう言ってもらえるなら作った甲斐があるよ」 「ねぇ、なんかいま欲しいものとか必要なものとかない!?ちょうど今日買い物に来てるんだし、」 「要らないからな絶対」 「もう…なんで!私ばっか貰ってたら不公平じゃん!」 「そう言うと思ったからお前のために作ったって言わなかったんだよ。それに最近テスト期間だったしバイトずっと休んでただろ?」 「うっ…そうだけど…でも春休み中はまたバリバリシフト入れてるから」 「いいから本当に。オレが勝手に作りたくて作ったんだから。自分の練習にもなったしもういいの。はいこの話はこれで終わりな」
そう言って私の手を引いて歩き出した。狡いなぁタカちゃんは。こういうところで大人な一面をすぐ見せて来るんだもん。彼氏彼女である以上、対等な関係でいたいのに。確かに私のバイト代なんてタカちゃんの給料と比べたら大した額じゃないだろうけどさ。何か、私にしかできないお返しがしたい。
そんな私の気も知らずに(いや、絶対気づいているけど無視してる)、タカちゃんは他の服屋さんに入っては私にこれが似合いそうだとか今年の春はこういうのが流行るとか、嬉しそうに話し始めていた。まだ少し肌寒い三月の風を凌ぐために巻いてきたストールに顔を疼くめると、タカちゃんは軽く笑いながら私の頬を撫でてきた。
「また拗ねてる?ナマエチャン」 「拗ねてないけど…呆れてます」 「なにに?」 「頑なに私に何もプレゼントさせてくれないその頑固さに」 「別にナマエにはいつも色々してもらってるじゃん。毎朝おはようってLINE送ってくれるし、オレが仕事終わるの遅くなっても待っててくれるし…あ、この間は煙草買って待っててくれたじゃん」 「未成年のくせに買うなって怒られたやつね」 「そうそう。まぁでも気持ちは嬉しかったからさ」
気が効く彼女だと思われたくてタカちゃんがいつも吸ってる煙草を差し入れしてみたけど、結局怒られてなんだか萎えた。私を怒る時タカちゃんはいつも三ツ谷先生にしか見えなくなる。今度は飲み物でも差し入れしようかと思ったけど、無理すんなとか言われるかなと思って結局まだできていない。
「それにさプレゼントってモノだけじゃないじゃん?」 「あー…旅行とか?」 「お前そうやってなんでも金かかるものに頼るなよ。ほらよくあるやつだとさ、手作りのお菓子とか」 「料理すら完璧にできるタカちゃんにそんなものあげる勇気ない…」 「だーかーら、気持ちじゃん、そういうのはさ。あ、それかウエスト測らせてもらえたらそれでいーよ?」
悪戯に笑うタカちゃんの背中を叩いて「そういうのじゃない!」と少し声を荒げると「また拗ねた?」って言ってきた。拗ねさせてるのは誰だよ。私を揶揄うようなこと言ってきて。こんな笑い方をして、絶対楽しんでるじゃん。
「ナマエも言うようになったよなー」 「え?」 「最初の頃はオレと話すのにめっちゃ緊張してたのに。今じゃ背中叩いてくるんだからさ」 「え…ご、ごめん?」 「違うって。そんだけ肩の力抜いてくれるようになったんだなって嬉しくなっただけ」
そう言われて初めて気づく。私、いつからタカちゃんに敬語使わなくなったんだろう。いつから自分でデートに誘えるようになったんだろう。いつからこんなに…何も考えずただ隣にいることができるようになったんだろう。
付き合いたての頃を思い出すと、心がむず痒くなった。たくさん緊張した。大人なタカちゃんに追いつこうといっぱい背伸びしようとした。他の女の人にも妬いた(いや、これは今でも絶対妬いちゃうけど。)でも昔から、先生と生徒だった頃から、私はタカちゃんと一緒にいて会話に困ったりしたことはなかった。自然と話せる存在。息詰まるような雰囲気なんて一回もなかった。だから私はあなたに惹かれたんだ。
「…え?何泣きそうになってんの?」 「だって…こんな自然にタカちゃんとお付き合いできるようになったことが嬉しくて……」 「何言ってんだよ今更」 「もー…タカちゃんには分からないよ私のこの気持ちなんて…」 「…わかるよ。大切すぎて、壊したくなくてもどかしくて、なかなか踏み出せねぇもん」
なんのこと?と言おうとした私の唇を、彼の長い親指が静かに撫でた。こんな人目のある場所でキスなんてしてくるわけないのに、そういう雰囲気を感じ取ってしまったのは何故だろうか。タカちゃんの目を見ていると、喉に何かが突っかかったかのように言葉が出なかった。
「ナマエ、今日の夜はバイト?」 「あ、ううん…バイトは、明日の昼から」 「そっか。オレも明日は午後から出勤なんだ」
それは偶然だね、と言おうとしても言葉が出てこない。タカちゃんが次言う言葉を予測したからなのか、それとも期待したからなのか…とにかく一つわかることは、私の心臓はいま、高校生のときタカちゃんに告白した時並みに音を立てて騒ぎ出している。
「今日泊まりに来れる?」 「……は、い」 「ほんと?大丈夫かよ親とか」 「それは、全然、平気」 「よし、じゃあ晩飯はオレが作ってやろう」 「、わ…楽しみ……」
タカちゃんの手料理も勿論楽しみなはずなのに、こんな急展開に頭が追いつかない。心の準備もできていない。その時がこんな唐突に訪れるなんて。でも断る理由なんてなかった。私はもっともうタカちゃんを知りたいと望んでいたから。
瞬きの隙に好きになる
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