煙草の本数が最近増えた。大学生になったナマエと再会した頃に「そんな本格的なスモーカーじゃねぇよ」と言ったが、これじゃあヘビースモーカーに片足入りかけている。残り一本になった煙草の箱を見てぐっと堪えて、ポケットにしまった。

「吸わないの?」
「あー…うん」
「別にこのメンバーなら気にしないでしょ。ねぇ?」

柚葉のその問いかけに八戒とドラケンは頷いた。

八戒がモデルとして本格的に活動を始めてモデル事務所に所属し、柚葉がマネージャーとして就くようになってから何度か仕事で一緒になることがあった。八戒はオレが作った服を着ることが夢だとかなんだとか言ってくれいるけど…まぁそれはまだ先だろう。まだオレは独立すらできねぇし。今日は八戒が出るファッションショーのことでうちのデザイン事務所も携わることになり、それについての打ち合わせをした。で、帰りに飲んでいくかってなった時、ドラケンもたまたま近くにいるみたいだったから呼んだ。

ナマエが柚葉のことを気にしてるのは分かってるし、なるべく嫌がることはしないとこの間言ったばかりだけど…こうやって柚葉と一緒に飲むことになってしまっている。これ知ったら…アイツまた泣くのかな。

「元気ないじゃん三ツ谷」
「え?そう?」
「あ、わかったあれだろ、歳下彼女とうまくいってねーんだろ?」

ビールを片手にニヤニヤしながらドラケンはそう言ってきた。その声に八戒が「え!?」と声を上げる。

「タカちゃんの彼女は歳上でしょ!?」
「あーその子とは別れて、今は歳下の子と…」
「そうなの!?聞いてないよ!どんな子?歳下って…タカちゃんのこと金ズルとかにしてない?」
「してねぇよ」
「そんな悪いことするような子に見えなかったから安心しな」

柚葉のその一言に、今度は八戒だけじゃなくドラケンも「え!?」と声を上げた。柚葉はそのままこの間偶然街中でナマエに出くわしたことを説明したが、二人はかなり食い気味で聞いている。

「待って、歳下って何歳?」
「えーっと大学一年生なんだよね?だから19とか?」
「10代…!?タカちゃんが10代と…!?」

3人がナマエのことで勝手に盛り上がっているから、適当に食いもんを店員に注文しておいた。やっぱり10代と付き合ってるってだけで話題になるんだよなぁ。今日は柚葉がいるけど、これが男だけだっならどこまで手出したかとか、制服着させてヤるしかねぇとか、そんな話題に広がるのがお決まりだった。制服どころか…まだヤってもねーっつの。

「んで?その彼女となに揉めてんの?」
「別に揉めてなんかねぇよ」
「でも何かあったんだろ?」
「…まあ」
「なんだよ、聞くぜ?」

さすが特技が人生相談に乗ることってだけあって、ドラケンには昔から不思議と色々話したくなってしまう。まぁこのメンバーなら…茶化してくることもないだろうしと口を開く。

「この間オレと柚葉が一緒にいるのを見て…すげぇ嫌だったみたいで」
「逃げ出してたもんね」
「うん。まぁそういう気持ち分からなくねぇんだけどさ…そうは言われてもこっちだって仕事柄異性と関わること多いしどうしようもねぇんだよ。アイツの嫌がることはしたいわけじゃねぇんだけど、今日もこうやって柚葉と飲んでるし…」
「あたし帰ろうか?」
「あ、いやそういうことじゃなくて」

席を立とうとする柚葉の腕を思わず掴む。あー…しまった。こうやって触ったりするからナマエはまた悲しむんだよな。

「こっちの昔からの交友関係にまで口出ししてくるような子なの?女ってやっぱめんどくせー」
「八戒には一生わかんねぇだろうなぁ。お前そろそろ女の子と喋れるようになった?」
「うるさいよドラケン君」
「まぁこうやって三ツ谷と飲んでるあたしが言うのもアレだけどさ、その子の気持ちも分かるよ。きっと10代ってのもあって、社会人の三ツ谷と付き合ってることにまだ自信持てなくて色々不安になるんだよ」

そんなことオレも分かっている。恋人のこと束縛したくなる気持ちも、学生が社会人と付き合うことの不安も分かる。でも…なんていうか、それに応えてやりたいのに応えられない自分も嫌だし、かと言ってナマエの要求に一つ一つ応えてやる余裕も正直ない。

「ナマエのことさ、」
「うん」
「オレアイツのこと結構大事にしてるつもりなんだけど…でもそれを向こうから壊して来ようとしてるっつーか…過剰に期待持たれてるっつーかアイツ頭ん中オレのことばっかつーか…それに応えきれる自信もなくて」
「…お前まさか、まだ手ェ出してねーの?」

躊躇いつつも、首を縦に振った。すると「あの三ツ谷が…!」と3人とも目を丸くし、ドラケンなんてすげえなと言いながら拍手までしやがった。いや自分でも時々拍手したくなる。なんで彼女いんのにオレこんな我慢してんだって。

「クリスマスうちに泊めたけど、結局できなくてさ」
「え?勃たなかったの?」
「八戒てめぇ黙ってろ。アレだろ、やっぱ未成年だからとか色々頭よぎったんだろ?」
「…そう。でもそれもアイツをガッカリさせたとは思うし、つかいい大人なのにオレ何やってんだよって思うし…はぁ」

ナマエはオレと寝たらすげぇ多幸感に包まれてもっとオレのことを好きになると思い込んでいる節がある。それに踏み込むのが怖かった。実際してみたらセックスってこんなもんかと落胆させないだろうか。痛みや男の体のことで幻滅されないだろうか。まだ経験のないアイツを、オレが自分の欲のまま抱いていいとはどうしても思えなかった。

「唐揚げきたよ。食べな三ツ谷」

肉汁のいい匂いが鼻を刺激した。柚葉がオレの皿に唐揚げを取り分けてくれている。こういうところも、ナマエは見たら妬くんだろうな。きっとオレが誰といようと、アイツはそう思うに違いない。

「珍しく恋愛でこんな悩んでるんじゃない?」
「かもな」
「よっぽどその子のこと大切なんだね」
「…かもな」

今までの彼女と違って、ナマエとどう接していいか分からなくなることが時々ある。こうしたら喜ぶんだろうなとか頭じゃ分かるんだけど、そうしてやれない。それはやっぱり、アイツがオレというちっぽけな人間に全ての理想を抱いている気がするからで…

「正直、重いんだよなぁ…」
「ん?」
「いつまでもアイツの中にある優しい三ツ谷先生像、壊したくねぇんだけど壊してやりてぇ」
「なん…なんだよどういうことだよ?」
「オレだって普通の男なんだよって言ってやりてぇ」
「言えばいいじゃん」
「…だめ。だってそんなんアイツが好きになった三ツ谷先生じゃねぇもん……」

何ネチネチ言ってんだと自分でも思う。八戒は「女々しいよ」とハッキリ言ってくるし、柚葉は「こりゃ三ツ谷フラれるな」とグサリと来ること言うし、ドラケンは本気で心配している。

「要はピュアな歳下彼女に自分の汚いとこ見せたくないけど、見せないと素出せないしっていう葛藤があんだな?」
「そういうことだな」
「そりゃ今後も付き合っていきたいならもうバーンと自分をひけらかすしかねぇだろ」
「…わかってるよ」
「なーにネチネチ悩んでんだかよ。さっさと抱いてやれよ。そうすりゃ彼女も満足するだろうし、一回ヤれば変な幻想も抱かなくなんじゃね?」

そう簡単に言うなよ。制服来て、懸命に部活に取り組んで、オレのことを先生と呼んで後を付け回してた子を、そう簡単に抱けるかよ。……だめだ。ナマエがオレを先生と呼んだら怒るくせに、オレはまだナマエのことを生徒として見ているところがある。どうしてもそれが、抜けなかった。

気づけばポケットから煙草を出し、最後の一本を咥えていた。ナマエのことで悩んで本数増えるなんて…よっぽどオレの方がアイツのことで頭いっぱいじゃん。

吐き出す紫煙を見て、アイツがオレが煙草を吸うと初めて知ったときの驚いた顔を思い出した。思い返せばあれがアイツに初めて見せたオレの汚い一面かも。アイツの知る三ツ谷先生じゃない一面だったかも。

「わっかんねーなー。そんな悩んだりしんどいなら別れればよくない?」

八戒の言葉は尤もかもしれない。悩むのも恋愛の醍醐味みたいなもんだけど…どうせなら気楽に楽しく付き合える相手の方がいいに決まってる。けど、

「わかってねぇなぁ八戒」
「ん?」
「悩むほど大切にしたい相手なんて、そうそう出会えねぇもんなんだよ」

その言葉に八戒は「そういうもん?」と小声で呟きながら頭を掻いていた。大切だし、大事に扱いたいからこそ接し方に戸惑う。けど…けど。

柚葉が取り皿に盛り付けてくれた唐揚げに齧り付くと、じゅわりと肉汁が溢れ出た。あ、美味い。この味付けナマエも好きそうだなと思った時、自分の中でナマエの存在がいかに大きくなっていたかに気づいた



「一歩踏み出すしかねぇよなぁ…」



たとえ幻想を壊そうとも


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