「石田先生の代わりにコンクールまでの間皆さんの指導をすることになりました、三ツ谷です」

そう言って自己紹介をしてきた男性(推定20代半ば)に私たちの目は見開いた。



事の始まりは顧問であり家庭科担当の教師でもある石田先生が切迫早産と言うもので入院することになったことだった。先生は妊娠中で、ついこの間安定期に入ったと言っていたのに、どうやら安静にしていないと早産になってしまう緊急事態らしい。他の先生たちは代わりに家庭科の授業を教えられる臨時講師を捕まえるのに必死で、私たち手芸部のことまで頭に回っていなかった。一応、代わりの顧問の先生はつけてもらったけど、手芸の指導まではできない。石田先生にかなり指導してもらっていた私たちは困り果てていた。

そんな中、石田先生から届いた一通のメール。『デザイナーやってる元教え子に助っ人頼んだから』とのこと。それを読んで私はどれだけホッとしたことか。いくら部長をやっているとは言え裁縫技術が優れてるわけではない自分が部員の指導なんて出来っこないから…本当に良かった。

が、まさか、こんな若い…しかも男性が来るとは予想していなかった。



「えーっと、部長のミョウジさん?いる?」
「はっはい!」
「ちょっとこっち来て。あ、他のみんなは自分の作品進めてて。後で見て回るから」

名前を名乗っただけで、その男性は自分の素性なんかを一切語らなかった。まぁ部長である私が、明日からデザイナーさんが来てくれるからとは伝えていたんだけど…。みんな良くも悪くも大人しくていい子だから、とりあえず大人の口から出た指示には黙って従っていた。


「コンクールの概要は見たんだけどさ、誰がどの作品取り掛かってるかのリストとかない?」
「あ、これです…」
「サンキュー。みんなの進捗具合はどう?」
「えっと、なんかバラバラで…やっと作るもの決まったって子もいれば、二作品目に取り掛かってる子もいて」
「そっか。ミョウジさんは…衣服部門で出すんだね。どう?仕上がってる?」
「えっと…」

大人だからなのか、教員じゃないからなのか、なんだかとっても事務的に話が進められていく。こっちは慣れない大人のおにーさんとの会話にギクシャクしているのに。ていうかこの人本当に先生の教え子だったの?見た目的になんか信じられない…。でも首から入館証を下げてるから、ちゃんと学校通してここにいるんだよね…?

「あ、ごめん、なんかオレ警戒されてる?」
「いいいいえっ」
「してるよね?あれ、石田先生から話は聞いてるんだよな?」
「聞いてます…けど、すっかり女の人が来ると思ってたので、多分みんなビックリしてます…」
「あぁそっか、まぁ手芸部のOBってなると普通女だと思うよな」
「三ツ谷先生はこの高校の手芸部にいたってことですよね?」
「うん。てか先生ってやめてよ、オレ教員じゃないから」
「でも…これから色々教えてもらうんだから、私達にとっては先生、です」

呼ばれ慣れていない敬称に三ツ谷先生は照れ臭そうに笑っていた。やっと見せてくれたその柔らかい表情に、私の緊張は少し崩れた。

その後も部員の作品の進捗を説明した後、三ツ谷先生は一人一人見て回ってくれた。驚いたことに結構細かいところまで見て、直してくれたり助言してくれたり。慣れない大人の男性にみんなちょっと顔を赤らめながらも、しっかり指導を受けていた。

「先生、もう下校時間が近いです」
「ん?あぁそっか。じゃあみんなキリのいいとこで終わらせて片付けて。あとミョウジさん。最後になっちゃったけど作品見るよ」
「えっ、いいんですか?」
「うん勿論」

恐る恐る作りかけの作品を三ツ谷先生に手渡す。普段石田先生に見てもらう時の10倍緊張した。全然裁縫上手くないし、何よりセンスもあれだし…。三ツ谷先生の真剣な表情がなんかもう怖かった。

「このドレスってさ、子供用だよな?」
「あ、はい。妹がピアノの発表会に着れるように作ろうと思って…」
「へぇ。妹さん何歳なの?」
「10個離れてるんです。だから今8歳で」

それを聞いた三ツ谷先生は「まじで?」と目を見開いて反応してきた。

「オレもそんくらい離れた妹いる。しかも二人」
「えっそうなんですか!なかなかいませんよね、こんな歳の差ある兄弟いる人って」
「だよな。ほんっとアイツらさ、小さい頃は手かかってさぁ」
「うんうん、分かります。お母さんも何かと妹の世話私に押し付けがちで」
「そうそう。まぁでもさ、可愛いんだよな」
「はい。正直めっちゃ可愛いです」

まさかの共通点の発見で、一気に話が盛り上がった。片付けを終えた他の子が「まだかかる?」と聞いてきたので先に帰ってもらうことにした。いつもは絶対部活仲間の同級生と一緒に帰っているんだけど、今日はまだ三ツ谷先生と話していたかった。

「悪い、時間かかっちゃって」
「いえ、全然。みんなの作品丁寧に見てもらって助かりました」
「ミョウジさん、そういうこと言う感じがいかにも長女って感じ」
「あー…そうかもしれないですね。だから部長に任命されたのかも」
「いーじゃん頼られてんじゃん」
「うーんでももっと裁縫上手い子もいるし、その子の方が部長に向いてるって思ったんですけど…」
「なんで?ミョウジさんこれ結構上手に出来てるよ?すごい丁寧な縫い方してる」
「…本当ですか?」
「うん。ここの返し縫いしてるとことか、上手くやってるなーって今見てた」

三ツ谷先生は本当に細かく見てくれていた。今日会ったばかりの私の作品を見て、褒めてくれた。石田先生が入院してから一週間ちょっと、ずっと一人で部員を見て、ちぐはぐなアドバイスなんかをしてやり過ごしてきていたから、正直すっごい心労だった。やっぱり私部長なんてやりたくなかったって泣きたくなった。でも、私の裁縫なんかを褒めてくれた三ツ谷先生の言葉で、スッと心が軽くなった。

「…ありがとうございます、三ツ谷先生」
「うん。あーでもさ、ここはもうちょっとこうしてみた方がさ……」

下校時間のギリギリまで、先生は熱心に指導してくれた。西陽が強く差す夕方の家庭科室。三ツ谷先生の横顔がオレンジ色に染まっていて、息を呑むほど綺麗だった。ドキドキしてしまったのは、普段接することのない年代の男性だからなのか、それとも三ツ谷先生だからなのか。その判断をもう下してしまいたくなってしまうくらい、実は私はせっかち性格なのだ。

私の視線に気づき、三ツ谷先生が顔を上げた。そして「聞いてたかよ?」って少し眉を顰めながら言った。私の目が泳いだのを見て「ちゃんと聞いときなさい」ってまるで本物の先生みたいな口調で言った後、私のおでこを人差し指で突いてきた。どうしよう。本当に、どうしよう、私、このままじゃ本当にこの人に恋してしまいそうだ。




すきです、先生


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