ガヤガヤと騒がしい居酒屋内でひとしきり騒がしい「えっ!?」という声が響いた。声がでけーよって注意すれば、そいつは「あ、悪りぃ」の素直に謝った。

「えー…いやビックリだわ。あの彼女と別れたなんて」
「三ツ谷ぁお前フラれたんだろーその感じ」
「まーなー…」

なんだかんだ定期的に集まってる東卍メンバーとの飲み。今日はドラケンとぺーとパーと俺。絵面的にはかなりむさ苦しい集まりになっちまってる。


「なんで別れたん?」
「…暴走族やってたことバレて」
「はぁ!?んなことで?見ろよパーちんの彼女を!全てを受け入れて付き合ってんぜ!?」
「いや…本当いい子だよな、パーの彼女」
「三ツ谷テメェオレの女に惚れてんじゃねぇぞ!」
「誰がンなこと言ったかよ!しっかり話聞いてろよボケ!」
「パーちんの脳みそはミジンコだっつってんだろうが!」
「もうミジンコ以下だろ!」
「おい吠えんなよお前ら。他の客の迷惑だ」

あぁいけねぇ。コイツらといるとついつい声張り上げて喋っちまう。中学ん時からなんでこう変わらねえやり取りになっちまうんだか。ドラケンが注意してくるところも変わらねぇよなぁ。

「結構お似合いだったのに残念だったな。仕事で出会った子だったんだろ?話も合いそうだったのに」
「まあ話は合ったよ。色々感性も合ってたと思うし…歳上なのも個人的にはよかった」
「お、何三ツ谷。歳上に目覚めたか?」
「…目覚められてねぇな」

ん?と首を傾げながらドラケンは刺身に箸を伸ばしていた。歳上、いいと思うんだけどなぁ。余裕あって、甘えさせてもらってもいいかなぁって思えるとことか。ずっと妹達の面倒見てきたし、東卍でも色々みんなに頼りにされて来たし。だから少し寄りかかれる存在が自分には合ってるもんだと思ったんだけど、でも…

「結局…歳下かよってな」
「ん?歳下?なにが?」
「…今付き合ってる子」
「「「は!?」」」

3人がずいっと顔を前に出してきた。いや…だから、絵面的にお前ら3人を全面に見るとキツいんだって。

「もう次の彼女かよ三ツ谷!」
「はえーよ!手早ぇーよ!」
「別に…手なんてなんも出してねぇよ」
「え?お前が?なんで?」
「…未成年の子だから」
「「「は!?」」」

また3人はずいっと顔を前に出してきた。…いややっぱそういう反応になるよなぁ。たかが4つ下、されど4つ下。いやなんつーかこの場合は何個差っつーよりアイツが未成年なことが問題なのか。

ぎゃーぎゃー騒ぎ出すぺーとパーをぐいっと後ろに押しのけて、ドラケンが深刻な顔でオレに話し出す。

「お前…本気で付き合ってんの?その子と」
「んー?まぁ」
「どこで出会ったんだよ、そんな若い子と」
「若いっつってもあれだぞ、18だからな。高校も卒業してるからな」
「十分若いわ。なに、また同じ業界の子?」
「違う。去年オレ母校の手芸部で臨時指導者してたじゃん。そこの子」
「教え子かよ…!ドラマじゃん…!」

ドラケンが目を丸くしていた。いやほんと…どこのドラマだよって話だよなぁ。まぁオレは学校の教師じゃねぇけどさ。でも先生って呼ばれてたんだから…同じか?

「お前まさかその子に先生とか呼ばれてる?」
「なんで分かんだよ…付き合ってからは名前で呼ばせてるけどな」
「うわっ先生まじかよ…!なに、隆〜とか呼ばせてんの?」
「…タカちゃん、って」
「うわ、八戒じゃん!」
「やめろ、アイツを連想させんな」
「おいおいそんな怖ぇ顔すんなよ先生〜、ほら飲め飲め」

頼んであった瓶ビールをグラスに注がれる。あー…やっぱ話すんじゃなかったかなぁ。絶対コイツら面白がるって分かってたのに。でも隠しておいて後から言うのもなんか、嫌だった。それはそれで揶揄われそうで。


「ふーん。で、生徒だし未成年だしで何も手出してねぇってか?」
「そう」
「堅いなぁお前。そんなん気にする?もう18なんて成人みたいなもんじゃん」
「そうだけどさー…なんつーか、今まで付き合った子達みてぇにそんなすぐ触りたいとか思わなくて」
「なんで」
「わっかんねぇ。なんか…オレのことすげぇ真っ直ぐに好きでいてくれてるからアイツの理想壊しちゃいそうで」
「はぁ?お前どんな手の出し方しようとしてんの?」
「そーゆー意味じゃねぇよ!ただなんかこう…触れちゃいけない気がしちまって」

ドラケンはふーんと言いつつも、いまいち納得していないような顔をした。そりゃお前には分からないだろう。ナマエがまだ制服着てた頃に手芸部で出会って、アイツが部長だったから話す機会が自然と多くて…。色紙を渡しにオレの職場まで来てくれた事とか、コンクールの結果を目をキラキラさせながら報告して来た事とか、そうやってオレ達の距離が少しずつ縮まっていった事とか。ドラケンは何も知らねぇんだ。ずっとナマエをひとりの教え子として見ていた。でも確かに、他の部員の子達とは違う、特別な教え子だとはその頃から認識していた。でも、アイツを彼女にするとかは想像できなかった。オレは多分、まだその想像が追いつかない段階にいるんだろう。


「でもさ、なんで手出してくれないのって泣かれちゃった」
「うわー彼女かっわいそー。18なんてそーゆーことに興味ビンビンな年頃だろうに」
「やっぱそうかぁ」
「お前それ絶対傷つけてんぞ」
「あー…やべー…傷つけたくはないんだよ。マジで、色々慎重に進めねぇとなって思ってるだけで…」
「おいおい、手早い三ツ谷さんが何言ってんの〜」

ほんと自分でも思う。オレどうしちゃったんだって。たとえ未成年だろうと彼女は彼女じゃん。一ヶ月も付き合ってお泊まりはおろかキスすらしてねぇとか中学生かよって思う。ほんとこんなん初めてだよ。でもナマエの泣き顔なんてマジで見たくなくて、だからこの間咄嗟にクリスマス泊まりに来いよなんて言ってしまった。どうすりゃいいかなんて、まだ考えていない。




「おいパー!何潰れてんだよ。ペーお前飲ませんなよ無理に」
「ちげぇよパーちんが勝手に飲んだんだよ!ったく…彼女に連絡してやるか」
「そしたら一発でコイツ目覚めるもんな」

正直、パーちんと彼女のその何でもありな関係が羨ましく思う。若干尻に敷かれてる感じとかも。幼馴染らしいからそりゃオレとナマエみたいに関係が浅いわけじゃないんだろうけど…

なんて考えているとスマホが振動した。ナマエからのメッセージだった。

「なに?お前も彼女かー?」
「…うん。ちょっと行ってくるわ」
「え?今から会うの?」
「うん。んじゃまたなお前ら」

小走りになりながらスマホでナマエへの返信を打つ。そういやスマホに変えたばかりの頃、まだ高校生だったナマエにバカにされたっけ。スマホの使い方分かってないおっさん扱いしやがってさ。今じゃ歩きながら文字打てるほどだっつーの。

そんなことを思い出すと自然と頬が緩んだ。ナマエと出会ってからもう一年以上経ったんだなぁと思いながら。







「お待たせ」
「あっタカちゃん…!ごめんなさいこんな時間に…」
「いーよ。ほらどれ?見せてみ」

ナマエから来たLINEの内容は『明日までの課題が終わらない、助けて』というものだった。とりあえずナマエの最寄駅のチェーンのカフェで落ち合うことにした。時刻は23時ジャスト。もうほとんど客もいない店内の一番奥の席に、生地を手にして泣きそうな顔をしたナマエの姿があった。

「お前…なんでこんな終わってねぇの!?明日提出日なんだろ?」
「すみません…ちょっとバイトのシフト増やしすぎたのかも…」
「はぁ?なんで?お前実家通いだし苦学生でもないだろうが」
「だって…タカちゃんとデートするのにお金必要だし、クリスマスもちゃんとしたものプレゼントしたくって…」

そう言ってシュンとするナマエを見て、胸が痛まないわけなかった。バカだろ、本当。デート代だってオレが持つよ。クリスマスプレゼントなんていらねぇんだよ。一緒に楽しく過ごせればそれでいいじゃん。お前にそんな無理させたくねぇんだよ。そんな苦労かけたいわけねぇんだよ。

「ナマエ…お前学生だろ。学生の本業は勉強だ。バイトしまくって勉強疎かになるなんて本末転倒だ」
「やだちょっと…その言い方タカちゃん先生モードじゃん!」
「オレはなんっも間違ったこと言ってねぇぞ?」
「…分かってます、私が間違ってたことくらい私が一番分かってます…」
「ん。ならいい。あとプレゼントとかいらねぇからな?」
「なんで?」
「いや別に…一緒にいられれば、それでいいと思ってるから」

ナマエが縫ったところをチェックしつつ、ちらりとナマエに目を配らせると、予想通り赤い顔をしていた。そんで戸惑っていた。狼狽えていた。ほんと、手芸部部長時代とは打って変わって落ち着きがない奴になったと思う。


「タカちゃん…ありがとうございます」
「んー」
「私もタカちゃんと過ごせるだけで幸せです。それ以上何もいりません」

ナマエの笑顔は、やっぱり今日も真っ直ぐとオレを見ていた。本当に、まっすぐ、オレ以外を映していないような瞳だ。未成年で、元教え子で、高校生の頃からオレを好きだと言うコイツが、オレの今の恋人だ。

椅子から腰を上げてゆっくりと身を乗り出しテーブルの向こう側にいるナマエの頬を触った。そしてナマエに戸惑う間も与えず、そのまま彼女の唇を塞いだ。初めて触れたナマエの唇は、少し震えている気がした。記念すべきオレたちの初キスだったんだからもっと雰囲気のあるところですれば良かったかな、とちょっと後悔しながらもゆっくりと唇を離した。


「……タカちゃん」
「ん?」
「なん、で…キスしたの?」
「…したいと思ったから」

それ以外の理由が、思いつかなかった。





他でもないきみだけに


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