「週末どっか出掛ける?」

夕飯を一緒に食べて(勿論今日もお酒は禁止された)帰りの電車に乗ってる時、タカちゃんにそう聞かれて私の心は一瞬で舞い上がった。と言うのも付き合って1か月は経ったが、私のバイトのシフトやタカちゃんの仕事の都合で休日丸々1日一緒にいられたことがまだなかったのだ。


「行きたいです!」
「どこがいい?」
「えっと…うーん」

映画、ショッピング、遊園地…なんてありきたりなデートしか思いつかない。しかもこれ全部、元カレと行ったなぁ。それはきっとタカちゃんも一緒だろうけど。でもどうせならもっとこう、初めての場所でデートしたい。

私の最寄駅に着き私の手を引いて一緒に電車を降りてくれるタカちゃん。駅まででいいって言ってるのに夜遅いからっていつも家まで送ってくれる。この時ほど自分の家が駅から徒歩5分であることを感謝したことはない。このくらいの距離なら、送ってもらうにも負担にもならないかなって思えるから。


「どう?行きたい場所思いついた?」
「んー…タカちゃんは?」
「オレ?どこでもいいよ」
「…それはやっぱりもう色々行き尽くしたから?」
「まぁオレもこの歳だし、ナマエよりは色んなとこ行ったことあると思うよ?だからお前の行きたいとこにしよーぜ」

そんな当たり前のこと分かってますよ先生。って言ってやりたかった。なんかこれじゃあお子ちゃまな私に合わせてもらってる感がして面白くない。私だって制服着てた頃よりは行動範囲も広がったし、バイトだって始めたからお金だってあるのに。


「…じゃあ、タカちゃんのおうち行きたい」

そう言うとタカちゃんからの視線を痛いほど感じた。なんだか目、合わせづらいから合わせないでおいたけど。

「それはダメ」
「なんでですか?」
「楽しくねぇもん、オレんち」
「別に楽しみにいくわけじゃありません」
「ふーん?じゃあ何しに来るつもりなの?」

それ、は…。と言葉が詰まっていると、繋いでいた手を解いてその手をポンと頭に置かれた。これもタカちゃんがよくやるやつ。まるで犬を撫でるかのように私の頭を撫でるのだ。


「まーだ早ェっつーの」
「……」
「映画とかにしねぇ?オレも最近全然映画館行ってないんだよね」
「……」
「今なに上映してるか調べてみるか……ってあれ?ナマエどうした?」
「…どうして」
「ん?」
「どうして、私に手出してくれないんですか」

えっ?って声が返って来たのが聞こえた。その反応は自然且つ当然なものなのかもしれないけど、でも私にとっては付き合って1か月経ったのに何もして来ない彼氏の方が「えっ?」なんですけど。正直いまタカちゃんの顔は見たくないけと、ゆっくりと顔を上げた。そこには想像通り、困り顔の彼がいた。


「先生」
「…はい」
「同情とかで私と付き合ってくれてるなら、もうやめてもらいたいです」
「いや…同情とかじゃねぇから」
「じゃあ私がガキだからですか」
「違ぇって。な、ナマエそんな顔すんなって。…あ〜泣くな、泣くなよマジ」

ボロボロとこぼれ落ちつる涙。コートの袖で雑に拭うとちょっと黒くなった。ウォータープルーフのはずのマスカラなのに、なんで。やっぱその辺のドラッグストアで買う安物のマスカラじゃダメなのかな。大人の女性が買うようなデパコスじゃないと、涙には負けちゃうのかな…。

泣きじゃくる私をタカちゃんは近くの公園に連れて行った。私とタカちゃんが付き合うことになった、あの公園だ。私は今でもあの夜のことを思い出してはドキドキしている。けどそんなことしているのもきっと私だけなのだろう。


「ナマエ、落ち着いた?」
「…落ち着きません!」
「あー怒んなって。な?」

なぜだろう。この人が私を慰めているとどうしても妹さんを慰めてる時と同じ手法なんだろうなと感じてしまうのは。好きなお菓子買ってやるから、とか言い出されちゃいそうで、嫌だ。


「オレ本当に、同情とかでお前と付き合ってねぇから」
「じゃあ私のこと、好きなんですか」
「もちろんだよ」
「じゃあ…言って下さい」
「好きだよ」
「……なんか軽い」
「えぇ…そう言われても…」

だって、そんな簡単に「好きだよ」だなんて。わたしが一ヵ月前ここで好きだと伝えた時と重みが違いすぎる。それが先生の普通なのかもしれないけど、でも、そんな言い方されたって私…!


「ナマエのこと、大事にしたいから」
「へっ?」
「お前まだ未成年だし、オレは成人だし、お前を間違った方に導かねえように気をつけてんだよこれでも」
「間違った方ってそんな…元暴走族が言います、それ?」
「元暴走族だから言うんだよ。まだいいこと悪いことの分別もちゃんとつかねぇ10代の女の子なんだからさ、丁重に扱わねえとだろ?」
「先生…」
「んー?」
「タカちゃんはやっぱり…先生ですね」

嬉しいような悲しいような、複雑な気持ちだ。私を大切に思ってくれることへの嬉しさと、いつまで経っても先生と生徒のままである悲しさ。いつになったら私、先生と対等な関係になれるの?恋人同士って対等なものだと思っていたのに。付き合うことは、全然ゴールでもなんでもなかったってこと?


「先生じゃねぇよもう」
「…はい」
「お前の、彼氏だろ」
「…たぶん」
「たぶんっておいおい…ひでぇなぁ」

彼氏って言うのかな。週に2回くらいご飯一緒に食べる間柄ってくらいにしか思えない。LINEは毎日するけど、先生の仕事が忙しいと1日1通しか帰って来ない日もあるし。あぁだめだ、もう自信が持てない。しかも絶対これ面倒な女に成り下がってるよ。


「…ナマエ」
「はい」
「ちょっと先だけどさ、クリスマス、お前ミッドタウンのイルミネーション見たいとか言ってたじゃん。なんか大人な感じするからとか言って」
「言いましたね」
「行こうよ、そこ」
「連れてってくれますか?私お子ちゃまなんで六本木とか全然行ったことないんですけど」
「うん、連れてくよ。そんでその後オレんち来たかったら来いよ、泊まりで」
「え!?」

不貞腐れてずっと下を向いていたけど、今の言葉で思いっきり顔を上げた。先生は「やっとこっち見てくれた」って笑いながら私の頬を抓る。


「せっ、先生…泊まっていいんですか?」
「いいよ」
「えっなんでそんな急に」
「泊まってほしいと思ったから泊める。それだけ」
「先生…本当ですか?」
「本当です。だから拗ねるのやめろ。あと拗ねてから先生呼びになってたからそれもやめろ」
「…タカちゃん」
「ん?」
「すきだから、私。本当に」
「うん」
「本当にずっとずっと…絶対にずっとタカちゃん一筋だから」

勇気を振り絞ってタカちゃんの胸に抱きついた。実はこれも初めてのこと。私たちはまだ手を繋ぐ以上のスキンシップは何もしていなかった。だからタカちゃんの長くて力強い腕が私を包み込んでくれた瞬間、どうしようもない幸福感に包まれたんだ。すき。すき。だいすき。どうか私のこの大きな愛、タカちゃんに120パーセント伝わって。




優しい夜には抱擁を


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