08



三ツ谷君から『今日暇?』なんてメールが来て速攻で『暇です!』と返してから3時間。以来返信はない。

なんだったんだろう…送信相手間違えたとか?だとしたら私の3時間前のトキメキを返して欲しい。どこか行く流れになるのかと思い、まだ着たままだった制服を脱ぎ捨て自分的にお洒落な私服に着替えてメイクも終わらせておいたのに、それっきりって…。

会えると思った期待から一気に不安に落とされた。登録はされているものの、まだ一度も発信したことのない11桁の数字を映す画面と睨めっこすること15分。これは電話していい流れだと思う。うん、思う。15分も悩んだんだ、失敗したっていい。震える手で発信ボタンを押し、恐る恐る携帯を耳に当てた。


コール音が4回、5回、6回鳴ったところで出なそうだと思った。しつこく鳴らしても嫌だし切ろうとした時、「もしもし」と三ツ谷君の声が聞こえてきた。


「三ツ谷君?」
『うん。どうしたの?』
「ごめん、電話なんてしちゃって……」
『いやいや、全然いいけど』
「あの…今日は何か私に用事だった?」
『へ?』
「メール…」
『メール?』
「今日暇?ってやつ…」

三ツ谷君はちょっと待ってと言い、暫く携帯の向こうから音は消えた。そして「あーごめん」という謝罪の声からまた会話が再開した。


『送ったつもりなかった』
「えっ、あっ…やっぱり送信相手間違った…?」
『そうじゃなくて、メールは作ったけど送信ボタン押したつもりなくて。でも押してたみたい。マジごめん』
「じゃあ、ほんとに私に暇?って聞くつもりだったってこと?」
『そう。あー…マジごめん。あんなメール来たら待っちまうよな』

ぺーやんがいきなり声掛けてきたからだ、なんてなんのことかよく分からないことを呟いていた。返信がなくて無駄に不安になってしまっていたけど、三ツ谷君が私に会おうと連絡しようとしてたって分かっただけで単純な私は嬉しくなった。


『ずっと待ってた?』
「うん…なんか呼び出されるのかなって。あっでも家にいただけだから大丈夫だよ」
『…今更かもしんねぇけど、まだ暇だったらちょっと出てこれね?』
「えっ」
『もうこんな時間だしバイクで迎えに行くから』
「うん…ありがとう…!」
『じゃー着いたらまた電話する』

高鳴る胸を押さえながらそっと携帯を閉じた。
3時間前に出かける準備は済ませてあるから特にすることはない。でももう一度髪やメイクなど身だしなみを整えた。三ツ谷くんのお家からバイクで飛ばしてくれば10分程度だろうか。まだ早いけど気が急いでしまい、もうエントランスにまで降りて行った。




「なんでここで待ってんの。寒ィじゃん」
「なんか待ちきれなくって」
「まぁ、乗ってよ」
「失礼しまーす」
「どこ行きてぇ?」
「え?決まってないの?」
「うん」
「え?ほんとに?」
「うん。なんかおかしい?」
「いや…なんか私に用あるのかと思ってたから。どこか場所も決まってるのかなって…」
「あー…なるほど。別に用ってほど用はなかったな」
「そうなの?」
「用なくても会っちゃだめだった?」
「……!いや、全然!全くそんな事ない!」

思いっきり首を振り彼の言葉を否定した。すると「よかった」と言いながらまた前回してくれたみたいに、ヘルメットを被せてくれた。

とりあえず河川敷にでも行くかという流れになり、ゆっくりとバイクは走り出した。街の灯りや車のライトのせいで、なんだか光の中を走ってる気分だった。でも河川敷に近づくと当たりはほぼ真っ暗で、三ツ谷君のバイクだけが視界の頼りだった。


「さみーね」
「うん」
「今日さ、部活の後さ」
「そういえば何部なの?」
「オレ?手芸部」
「うそ!?」
「ほんと。しかも今年は部長」
「えっうそ!?」
「だからほんと」
「お裁縫できるの?」
「超得意。特服だってオレが仕立ててたこともあったし」
「………」
「意外だろ?」
「三ツ谷君って不良ぽくないよね…」
「たまに言われるわ、それ」

一体何者なんだこの人は。男の子で裁縫ができるってだけでかなりのレアなのに、暴走族の隊長してるような人がそれって…!でも顔にまた新しくできている生傷を見ると、やっぱり喧嘩もしている東卍の一員なんだなぁと思う。

「そんでさ、部活の帰り道に名前ちゃんにメール打ってて、いざ送ろうと思ったとこにぺーやんに声掛けられてさ。あ、ぺーやん知ってるっけ。同じ学校の東卍の奴。そいつに喧嘩の助太刀行こうぜって半強制的に連れてかれてさー」
「もしかしてその顔の傷…」
「そ。ちょっと余所見してるときやられた。まぁそんな感じでさ、送信ボタン押したつもりなかったけど押してたみてぇ」
「そうだったんだね」
「ごめんな」
「いーよ全然。時間経っちゃったけど、こうやって会えたし」


特に用がなくても会いたい時に誘われるなんて、どうしようもなく嬉しいし期待してしまう。河川敷に腰掛け、時々鉄橋を走る電車の灯りが真っ暗な川を照らすのを二人でただぼーっと眺めていた。特に会話はなくても気まずい空気は流れない。こんな関係が心地良かった。

「風、冷たいね」
「うん。てか名前ちゃん寒くね?それ」
「ちょっと襟ぐり開いた服だけど大丈夫」
「女の子は冷やしちゃだめだろ。これ使いなよ」

三ツ谷君は自分の首元から黒のネックウォーマーを外し、私に掛けようとしてきた。

「いーよいーよ!三ツ谷君寒くなっちゃう」
「オレ別に寒がりじゃねーし大丈夫。これもファッションの一部として着けてきただけだし」
「でも…!」
「オレがこんな時間に呼び出したんだしさ」

そこまで言われると断れずに断念すると、三ツ谷君は私の首にそっとネックウォーマーを被せてくれた。その瞬間にふわりと漂う彼の香りが脳を刺激する。バイクの後ろに乗せてもらう時も微かに漂うこの香り。ドキドキしながら顔を上げると直ぐそこに三ツ谷君の顔があった。こんな近くで顔を見たのは初めてだ。どうしようと目を泳がせていると、ゆっくり彼の顔が更に近づいてくる。…あ、これは。と思い目を瞑り、この先に起こるであろう最高に幸福な情景を頭に浮かべた。


「…ごめん」
「っ、え?」
「いや…あーごめん、まじ」

…いま完全にキスする流れだったよね?まさかここまで至近距離まで詰めてきてただ謝られて終わるとは。いまいち状況が掴めないままだが、心臓の鼓動は未だに速い。

「三ツ谷君…いま、さ。私あの、ちょっと…いや結構期待しちゃってたんだけど…」
「うん、オレも」
「えぇ…じゃあなんで…?なんでごめんなの?」

借りたネックウォーマーに鼻を掠めるとやっぱり三ツ谷君の匂いが鼻腔に広がった。この匂いに包まれるまで後一歩まで行ったと思ったのに、と私はあからさまにがっかりしていた。


「だって、しちゃったら引き返せなさそうじゃん」
「引き返すってなに。引き返さなくていいじゃん」
「どういう意味か分かって言ってる?」
「みっ、三ツ谷君こそどういうつもりで顔近づけてきたのよ?」

あれ私ってこんな強気なこと言えるんだ、と自分でも驚いてしまう。告白は自分からしようと決めていた。それはもうずっと前から決めていたのに、あんな風に顔を近づけられたら……三ツ谷君から言ってほしいって欲張りな気持ちが出てきてしまった。

私と彼の間の距離は、ただ今拳一個分。なかなか喋り出さない三ツ谷君の顔を見ながら、やっぱり私から好きって言おうと決心した時、そっと私の手に彼の手が重ねられた。


「好きだよ名前ちゃん」
「……」
「知らないうちにすげぇ好きになってた」
「わっ私もだよ!私、ずっといつ告白しようかって思ってて…」
「マジ?」
「えっ、わかってたでしょ?」
「んー、そうかなぁそうだといいなぁとは思ってたけどさ。なんかいまいち確証が得られないっつーか」
「そう?結構頑張ってアピってたつもりなのに」
「…だってさ、名前ちゃんて生徒会長みたいな奴がタイプなんでしょ?」

生徒会長…?そんな話したことあったっけ。ていうか生徒会長ってなんのこと?と思ったが、そう言えば以前一つ上の生徒会長の人と付き合っていた。でもなんで三ツ谷君がそのことを…。

「…タケミチ君でしょ。それ言ったの」
「うんまぁ、そうだな」
「もー信じられないあの子!なに勝手に人の元カレの話してんの!」
「まぁまぁ。別にそれ以上何も聞いてねぇよ?」
「よりによって何で三ツ谷君に言うかなー…」
「オレさ、その元カレの話思い出して、あーオレなんかと付き合わねぇタイプじゃんって勝手に凹んでた」
「別に生徒会長だから付き合ってたってわけじゃ…」
「そうでもさ。きちっと真面目に優等生やってる奴がいいのかーって」

タケミチ君が余計な事言ったせいで三ツ谷君には余計な悩みの種を増やしたかと思うと…うん、今度会った時シメてやろう。でも三ツ谷君が私のこと気になってて、元カレの事で凹んでくれたなんて私はそれだけで浮かれてしまいそうだった。


「優等生がタイプとかじゃない。好きになった人がタイプなの。あの日公園で助けてくれて、不良のくせにハンカチなんか持ち歩いててとにかく優しくてかっこよくて…。私はそんなあなたが好きになったの」
「照れるわ」
「ふふっ、照れ臭いよね確かに」
「でもさ、オレ東卍の隊長だし部活もあるし妹の世話もあるし。付き合ってもなかなか会えないとかで名前ちゃんに不満持たせそうだし」
「そんなの大丈夫!」
「それに…オレの彼女って知られたら危ない目に遭わせるかもしれない。正直それがかなり引っかかる」

また「そんなの大丈夫!」とすぐ自信満々に言ってあげるべきだったんだろう。でも一瞬私は怯んでしまった。危ない目…それはきっと他のチームの人に攫われたりする可能性のことだ。私の瞳にが澱んでいるのに気づいたのか、三ツ谷君は「やっぱやめよ」と言った。

「ごめんね。今の話全部忘れて」
「…やだよ、忘れられるわけないじゃん」
「じゃあなかった事にして」
「しない!絶対にしない!だって三ツ谷君私のこと好きって言ってくれたんだもん」

何を一瞬恐れたんだろう私は。こんなに好きなんだから尻込む必要なんてないんだ。自分の好きな人と両思いだったなんて、そんな奇跡逃せるわけない。私は両手で三ツ谷君の頬を挟み、自分の方に彼の顔を向かせた。


「私が危ない目に遭ったら、全力で助けに来てくれればいいじゃない!それが男ってもんでしょ!?」

声を張り上げて言う私に三ツ谷君は心底驚いた顔をしていた。でもすぐにくしゃりといつもの優しい笑顔を見せてくれた。


「そうだな。名前ちゃんの言うとおりだ」
「だからっ、私三ツ谷君のそばにいたい…!」
「オレも。ずっとそばにいて欲しい」

彼の頬を挟んでいた手をゆるゆると下ろし、今度は彼の首に抱きつくとすぐさま力一杯抱きしめ返してくれた。初めて体全体が三ツ谷君の匂いに包まれ、私はもう気を失うくらい幸せだった。





 




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