06


三ツ谷君とツーリングに行った。レインボーブリッジに行った。夜景見た。ちょっといい雰囲気になった。

数日前起きた出来事は、私の中で何度も蘇って反芻されていた。あんな夢のような時間、ほんとない。ていうか本当にあの人かっこよすぎて優しすぎて無理。好きな人出来たことは今まででも何度かあったけど、ここまで胸が押し潰されそうな想いはしたことない。

そして用がなくてもメールができるようになった。なんてことない日常の話をメールで一日何度かやり取りしている。返信まだかなまだかなって携帯を気にしてばかりの日々に、私の精神はもう疲弊しかけている。


片想いってこんな疲れるんだっけ…。なんかもう心身共にしんどい。


「お姉ちゃんこれ買うの?」

また携帯が鳴るのを待ちながらぼーっとスーパーのお弁当コーナーを眺めていると、いきなり見知らぬ女の子に話しかけられた。


「え?わたし?」
「うん」
「えっと…うん、このお弁当買おうかなって…」
「こっちの方が美味しそうだよ?」
「あ、ほんとー?」


小学生と思われるその女の子は、初対面にも関わらずフレンドリーに話しかけてくれた。可愛いなあ、人懐っこいなあ。今日は両親共不在だからとお弁当を買いに来たのだが、折角だからこの子のオススメのお弁当を買おうかな。


「おいルナ!そんなとこいたのか!」
「あ、お兄ちゃん」
「スーパーん中走り回るなっつってんだろいつも。ってなんで、名前ちゃんが…?!」
「えっ、三ツ谷君!?…あれじゃもしかしてこの子って」
「そ、オレの妹。で、こっちが下の妹な」

制服姿で現れた三ツ谷君の右手にはスーパーのカゴ、左手にはまだ小学校にも入っていないような歳の女の子。…この子達が三ツ谷君の妹さんたち…。ほんとにこんな小さい子の世話をしてるんだ。


「ルナ、オマエ何知らない人に話しかけてんだよ」
「だって美人だったから」
「マナも話したいー!」

そう言って二人でぴとっとくっついてきた。…なにこの子達、可愛すぎる。顔もどことなく三ツ谷君に似てるし、この子達こそ絶対将来美人さんになるよ…!

三ツ谷君は、はぁと溜め息を漏らしながら仕方ねぇなぁと呟く。仕方ないとか言いつつもその表情は完全に優しいお兄さんそのものだった。


「わり、名前ちゃん。こいつら美人に目がなくて」
「もうめっちゃ可愛いんだけど。美人って言ってくれるあたりもかなりポイント高い」
「お姉ちゃん手繋ご!」
「あ、はいはい。ちょっと待ってね」

片手で持っていたカゴを床に置こうとしたら、三ツ谷君がひょいっとそれを持ってくれた。お礼を言ってから両手を使って可愛い子ちゃんたちと手を繋ぐと、天使のような笑顔ではしゃいでくれた。


「なに、この弁当夕飯?」
「あ、うん。今日両親とも不在だから」
「自分で作ったりしねーの?」
「お父さんが再婚するまではしてたけど、最近は全然」
「へー。昔はどんなん作ってたの?」
「普通のご飯だよ。肉じゃがとかカレーとか…」
「肉じゃが!いいねぇオレも大好きだよ。そういや最近作ってねぇな。ルナ、マナ久々に今日肉じゃがにすっか!」
「「するー!」」
「名前ちゃんもよかったら食ってってよ」
「え!?」
「一人で弁当食うよりいいだろ?」
「え、いやでも…」
「そんな気ィ遣うような家でもねーからウチ。むしろ肉じゃが作ってよ。たまには人のメシ食いたい」
「え!お姉ちゃんご飯作ってくれるの?」


こんな可愛い子にキラキラとした目で聞かれて断れるはずがない。ルナちゃんマナちゃんは喜び、三ツ谷君は早速精肉コーナーに足を運び「豚でもいい?安いから」と聞いてくるあたり、本当に主婦だと思う。

材料費ぐらい割り勘させてもらいたいけど、きっと受け取ってもらえないだろうと思い、代わりに私はジュースやお菓子などルナちゃん達が喜びそうなものを買った。それにすら三ツ谷君は「いいのに」と言った。





「狭いしボロいけど、上がって」
「お邪魔します…」


まさか、彼女にもなれてないのに三ツ谷君のお家へ上がる日が来ようとは。お世辞にも綺麗とは言えないそのアパートの一室。その居間に置いてあるローテーブルで家族で食卓を囲んでいるのが想像できた。たとえどんなに狭くてもボロくても、それが私にとっては眩しかった。


「じゃあ名前ちゃん肉じゃが頼むね。オレ飯炊いて味噌汁作るから」
「えっでも私ほんとーーにずっと料理してないから…」
「から?」
「い、一緒に作っていただけると、助かります…」
「そう言うと思った」

後ろでルナちゃん達が遊ぶ声を聞きながら、三ツ谷君と台所に立つなんて、ついこの間までは想像もできなかった展開だ。彼は私なんかより圧倒的に手際が良く、野菜を切るスピードはなかなかなものだった。きっと喧嘩で相手を殴っているのであろうその手は、私より遥かにゴツゴツしているしあざや傷もある。こんな手の人が家庭料理をこんなにも手際よく作れるなんて、なんてギャップなんだ。


「味付け名前ちゃんがしてね」
「…それ一番ハードル高いやつ…」
「だってオレがやったらいつもの味になっちゃうから。人が作ったメシが食いたいの、オレは」

味付けなんて、どうやるんだっけ。数年前の記憶を辿りながら少しずつ慎重に調味料を足しては味見して…を繰り返し、なんとか納得できる味に辿り着いた。三ツ谷君が「できた?」と優しく聞いてきたので頷き、一緒にお皿に盛り付けて食卓に運んだ。



「お、ウマイ」
「美味しい!ルナ絶対おかわりする!」
「マナも!」

三ツ谷家の味とは違うから、小さい子たちは食べてくれるか不安だったが美味しいと言われて安心した。ガツガツと食べている3人の姿を見ると、そういえば人と夕飯を食べるのなんていつぶりだろうと振り返る。特にお味噌汁なんて、ずっと飲んでいない。継母はおかずだけ冷蔵庫に入れてくれるけど、汁物は私の分までそもそも作ってくれない。


「…三ツ谷君、お味噌汁おいしい」
「お?マジ?よかった」
「ちょっとしょっぱいけど」
「あーやっぱそうなのか。前他の奴にも言われた事ある」
「他の奴?」
「ん。東卍のオレの弟分の奴」

一瞬、女の子かなと気になってしまった。そんなこと気にする立場でもないのに。しかし男の子だと知って私は確実に安心していた。
その後も皆おかわりをしてご飯を食べたり、買ってきたお菓子を食べたり、ルナちゃんの宿題を見たりして過ごした。初めて会ったのにこんなに仲良くしてくれるとはなぁ。人懐こい子達で本当に可愛い。

そろそろおいとましようかと思っていたところ、マナちゃんが「これやりたい」と何やら押し入れから出してきた。


「えっ花火?」
「これ夏に買ったのにやらずに終わったやつか」
「これやりたーい!お姉ちゃんと一緒にやりたーい!」
「花火は夏やるモンだろ」
「やーりーたーい!」
「三ツ谷君さえ良ければやろうよ!来年の夏までとっておいてもシケちゃうよ?」


季節外れの花火にテンションが上がっているのはマナちゃんだけじゃなく私もだった。そういえば今年の夏は花火なんて一回もやらずに終わってしまった。三ツ谷君は仕方ねーなと言いながらライターとバケツを用意した。弾む心を抑えきれないのが、ルナマナちゃんはもう玄関で靴を履いている。


「アパートの裏でやるか」
「うん」
「なんか悪いな、付き合わせちゃって」
「ぜーんぜん!私も花火やりたかったし」


ルナちゃんが手持ち花火を2個持ちし、マナちゃんがそれを真似ようとし、それを危ないからと三ツ谷君が慌てて止めてた。彼のお兄ちゃんらしさを見ていると心が穏やかになる。あぁ家族っていいなぁという想いが生まれる。三ツ谷君の優しさや落ち着いているところはきっと、こうやって妹達の世話をずっとしているから生まれたんだろう。


「名前ちゃんもやろーぜ」

私の隣にしゃがみ、ライターで花火の先に火をつけてくれた。すぐにパチパチと音を立てて火花が散り始める。


「綺麗だね」
「な」
「今日三ツ谷君のお家来れて良かったなー」
「楽しんでもらえたら何より」
「楽しいのもそうなんだけど、なんか久々に家族の温かみを感じられた。大変でも可愛い妹と家族想いのお母さんがいて、確かに三ツ谷君は幸せだね!あっ、なんか私卑屈っぽくなってるワケじゃないからね?」
「……名前ちゃんさぁ、また家いんの辛くなったらうち来いよ。妹達も喜ぶしさ、メシ食ってけよまた。夜フラフラしてるより全然いいだろ?」
「…嬉しいけど、でもそんな三ツ谷君に頼ってばっかりじゃ」
「オレ、頼られるの嫌いじゃないよ?名前ちゃんのこと、なんかほっとけねぇし」


パチパチと燃えていた花火が終わり、一瞬私と三ツ谷君の間がふっと暗くなった。その一瞬のうちに見えた彼の横顔がいつもより少し余裕なく、赤らんでいるように見えた。

三ツ谷君、どうしようもなく好きだよ。私もあなたのこと放っておけないぐらい、いつもあなたのこと考えているよ。

暗くなったどさくさに紛れて三ツ谷君の指に自分の指を絡めた。三ツ谷君も人差し指を動かして、私の指を絡め取ってくれたことがなによりも嬉しかった。




 




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