05


『今夜あたりどう?』

昼休みに携帯を見て手が震えた。

バイクで送ってもらったあの日、私たちはついに連絡先を交換した。とりあえず初メールを!と意気込んだ私は、送ってくれてありがとうというありがちな内容のメールを翌朝すぐ送った。そしてありがちな、気にすんな的な返信が来て、終了。

その後怪我の様子はどう?なんてメールしようとしたけど、これじゃあツーリングまだ?って催促してるみたいで嫌だな…と思い連絡できないままだった。

だから、ツーリングの約束忘れちゃってないかなと不安な毎日だったけど、その不安がこの一通のメールで一気に溶けた。







三ツ谷君はどういう服装の子が好きなのかな。本人がオシャレだから、すごく服装に気を遣ってしまう。バイクに乗りやすいようにとりあえずスキニーデニム。あと風切って寒いから暖かくして来いよ、なんてメールを貰ったのでちょっと厚手の冬物のコートを。靴は…ショートブーツにしようかな。そしてピアスやネックレスで華やかさを出してみた。

なんだかふつーな格好になっちゃったけど、まぁ仕方ないか。洗面所で髪を整えてさぁ出かけようとした時、思わぬ声が掛けられた。


「また出掛けるの?」
「………はい」
「そう、晩御飯は?」
「いつもみたいに…冷蔵庫に入れておいて下さい。あとで、頂きます」


久々にまともに顔を見たその人は、髪が短くなっていた。カラーも暗くなっていた。風邪気味なのか少し声がしゃがれていた。…いや、元々こんな声だったかも。喋るのなんていつぶりか。

いってらっしゃいも気をつけても、何の挨拶もされなかった。だから私も、いってきますも言わずに家を出た。









「名前ちゃんごめん、待った?」
「んーん、全然」
「乗って。あとこれ被ってね」

バイクの後ろに跨ると三ツ谷君がヘルメットをつけてくれた。カチッとバックルを嵌める時、少し彼の指が顎に触れてくすぐったかった。

久しぶりに見る三ツ谷君の顔はやっぱりとってもかっこいい。私は彼の横顔が特に好きだった。さりげなく長い睫毛が見えるところとか。


「どこか行きたいところある?」
「考えてなかった…」
「レインボーブリッジとかどう?」
「えー!超綺麗そう!」


三ツ谷君がエンジンを蒸せ、バイクが走り出す。この間みたいに住宅地の走行じゃないからかスピードが結構出てて正直怖かった。でも信号で止まる度に、大丈夫?って聞いてくれる三ツ谷君の優しさでそんな怖さは吹っ飛ぶ。やばい、私いま超幸せだ。



「わーすっごい!綺麗だね」
「だな」
「初めて夜のレインボーブリッジ見た。すごい、テンション上がっちゃう!」
「まじ?じゃあ連れて来た甲斐があったわ」

自販機で買った飲み物を飲みながら、煌めく夜景とレインボーブリッジを見る。なんて贅沢なんだろう。こんな大人の人でもうっとりするようなデートを、なんでこの人はサラッと成し遂げちゃうんだろう。目が合えば、寒くねぇ?と声を掛けてくれて、一々優しくてもう…好きすぎてやばい。



「最近はもう夜出歩いてない?」
「…うん、だいぶ。」
「間があったな。出歩いてんだろ」
「でもほんとに、だいぶ回数は減ったよ。三ツ谷君にまた怒られちゃうと思って」
「怖い目遭ってねぇ?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」

笑ってお礼を言うと、三ツ谷君は少し安心したような顔をした。もうすっかり冷め切ったミルクティーの缶を握り締めながら、好きだと伝えようか迷った。だってこんなロマンチックなシーンこれ以上ないと思うし。…でもフラれたら、帰り気まずい、よなぁ。


「このコート可愛いね」
「えっ?あ、ありがとう。去年のだけどお気に入りなの」
「このボタンとフードのバランスがいいな。シルエットも綺麗だし」
「なんか…オシャレさんなだけあって洋服詳しそうだね」
「まーね。そういう仕事就きたいと思ってるし」
「え?そうなの?東卍は?」
「東卍仕事にするかよ!」

声を荒げて笑う三ツ谷君。あ、こんなに笑うところ初めて見たかも。爆笑してる姿は年相応の中学三年生に見えるから不思議。


「すごいなぁ三ツ谷君は。家事もできて不良で将来の夢もちゃんとあって」
「名前ちゃん将来やりたいことねぇの?」
「んー、あんま考えた事なかった。なんか毎日、どうやったら幸せになれるかとか、そんなことばっか考えてて…やりたい仕事なんて考えたことない」
「…いま幸せじゃねぇってこと?」
「いま!本当に今この瞬間はとっても幸せだよ!バイク乗せてもらってレインボーブリッジなんて、サイッコーに幸せ!」
「こんなことで幸せなんならいつでも連れてってやるよ」


なにその半分告白みたいな言い方は。意識してくれてるのかな。それとも無意識なのかな。後者だとしたら、私が好きになった男の子はとんだ小悪魔なのかもしれない。



「三ツ谷君ちは母子家庭って言ってたけど、うちはずっと父子家庭で」
「え、そうだったの?」
「でも中一の時再婚して新しいお母さんが来たの。その人、すんごく私の事邪魔みたいでね、ずっとまともに喋ってない。晩御飯の用意と洗濯はしてくれるけど、それ以外は何も。三者面談も来てくれない、お弁当必要な日は作ってくれない、風邪ひいたって放置される。お父さんも私が邪魔なのか、もうずっとそんな感じで」
「…ひでぇな」
「そんな毎日を過ごしてくうちにね、あれ?私ってこの家で存在してるんだっけ?って思えて来るの。部屋で一人で閉じ籠ってても、マンションだからか親の生活音とか会話とか聞こえて来ちゃって。その会話の中に私の話なんて一切出てこないの。なんかここで私も暮らしてる事実が…消されてるっていうか…」
「名前ちゃん…」
「だから、あの人達の話し声聞きたくなくて、夜飛び出すようになっちゃった!」


変に深刻な雰囲気を出したくなかったから、笑いながら話した。でも三ツ谷君には私の笑い顔は通用しなかったのか、眉間に皺を寄せちっとも笑っていなかった。いつもの優しげな顔はどこにいったのか、というほどきつい表情をしている。


「…やっぱり、オレ無責任なこと言ったよな」
「んーん、私はそんな風にちっとも思ってないよ」
「名前ちゃんが家でそんな息苦しい思いしてると思わなかった。ごめん」
「えー?三ツ谷君が謝る事なんもないでしょー?あ、そうだこれ、忘れる前に」


三ツ谷君に謝ってなんてほしくなかった。この重苦しい空気を脱したかった。だから私は急な話題変換だとは思いつつも、ずっと渡しそびれていたアレをバッグから出した。


「なにこれ?」
「ハンカチ」
「…あー!タケミっちに預けとくって言ってたやつ?」
「そう。なんかずっとタケミチ君にも会えなくてさー。遅くなっちゃったけど受け取って?」
「礼なんてマジでいいのに。でもせっかくだし貰っとくわ。ありがと」

包みを開けハンカチを見た三ツ谷君は、カッケーじゃんと言いそれを手に取ってた。どう言うのが好きか全然分からない上に男の子にハンカチを贈るなんて初めてだったから、実はすっごく選ぶのに手間取った。


「たくさん使うわ」
「うん!そうして。…じゃあそろそろ帰ろっか、こんな時間だし明日も学校だし」
「名前ちゃん」

立ちあがろうとする私の腕を掴み、真っ直ぐな瞳で見て来る三ツ谷君。その綺麗な顔から私は目が逸らせなかった。


「またバイク乗りたくなったら呼んで」
「いやいや、そんな…」
「いーから!オレができることなんて、こんくらいだから。名前ちゃんが少しでも幸せだと感じるならオレ全然負担じゃねぇからさ」
「……あの、三ツ谷君」
「なに?」
「そ、そんな言い方されると私みたいな年頃の女の子は、変な期待とか誤解とかしちゃうんだよ…」


三ツ谷隆というこの男は、一体どういうつもりでこんなこと言ったんだろう。女タラシにも思えないし、でも彼女いる感じもしないし。何度も言うが私はこの人が好き。恋してる。だからこんな言い方されると、自分の都合のいいように解釈しちゃいたくなる。

たぶん私の顔はいま真っ赤。こんな顔見られたくないけど…けど、恐る恐る三ツ谷君の顔を見るためにゆっくりと顔を上げた。するとそこには、さっきとは打って変わって、優しく柔らかく笑う彼の顔があった。


「オレも。変な期待とか誤解とか、しちゃいそうだわ」






 




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