04


家に帰れば、誰もおかえりなんて言ってくれなかった。朝起きて、勇気を出して久々におはようと声を掛けてみたが、何も返ってこなかった。それでも自分で家事をしなくても暮らせるだけ、私は三ツ谷君より恵まれているんだ。





三ツ谷君が好きだ。もちろんあの優しさと包容力に惹かれたんだけど、思えばあの容姿も雰囲気も何もかもがかっこいい。特攻服なんて全くかっこいいと思ったことないけど、三ツ谷君が着ていればかっこよく見える不思議。

なんでこの間連絡先を交換しておかなかったんだろう。学校も違うし、忙しく暮らしている彼とは会おうと思わないと会えない。なるべくもう心配はかけたくないから、夜フラフラ出歩くのも気が引けるし。

考えれば考えるほどなんだかモヤモヤして眠れない。深夜だけどちょっとだけ外の空気を吸いに行こうとそっと家を出た。





流石にこの時間となると歩いてる人もほぼ皆無で、時々車やトラックが道路を走る程度。ぐるっと近所を一周したら帰ろう、そう思っているとごつめなバイクが公園の前に停まっている。ここは三ツ谷君が私を助けてくれたあの公園。もしかして、とドクンと心臓が鳴り、私の足は駆け出した。


「みっ、三ツ谷くん!!」

ベンチの上に横たわっているのは、怪我をしている三ツ谷君だった。

「ん…、あれ名前ちゃん」
「ちょっ、なにこの怪我!?めっちゃ血出てるよ?」
「あー…喧嘩してきた」
「見ればわかるよ!ねぇっ病院行こう?」
「いつもこんなモンだから大丈夫」
「いやっでもこれ、顔ボッコボコに…!」

こんなに顔面殴られた跡の人を初めて見て、私はものすごく慌てた。それに比べて三ツ谷君は平常モードで、時々痛ェなんて呟きながら寝転んだまま空を見ていた。

「この前、オレ言ったじゃん。生まれた環境憎むモンじゃねぇって…」
「え?うん」
「あれ、他の奴にも言った言葉だったんだ。そいつんちも複雑な家庭環境だから…なんか先輩ぶってそんなこと言っちまった。でもさ、オレだって自分の環境恨んで、家出したことあるんだ」
「そうなの…?」
「うん。帰ったら母ちゃんに叱られて殴られて、でもいつもごめんねって泣きながら抱き締められて。あーオレなんてバカなことしたんだって思った。ちゃんと抱き締めてくれる母親と、オレなんかを必要としてくれる妹達がいて…オレなんも苦しくねぇじゃんって」
「うん…」
「けどさ、もしかしたら名前ちゃんにはそういう存在がいねぇのかなって思って…だから家帰りたくねぇのかなって。なんか無責任な事言っちゃったかなーって考えてたら、ご本人登場でマジびびった」

今日の喧嘩でそう思うことがあったんだ、と言いながら三ツ谷君は語ってくれた。どんな喧嘩があったのかは分からない。けどきっと、私みたいに家族のことで苦しんでる人のために戦ってきたんだよね?そしてその流れで私のことを思い出してくれた。三ツ谷君が私のことを考えてくれた。しかも、また私を心配してくれる形で。

嬉しかった。私のことをこんな風に心配してくれる人がいて。それが自分の好きな男の子なんて尚更。


「三ツ谷君、私本当にこの間の三ツ谷君の言葉に感動したよ。無責任な発言なんかじゃない。私も三ツ谷君みたいにちゃんとしなきゃって励みになった」
「全然ちゃんとしてねーけどさ、喧嘩ばっかで母ちゃんに心配かけまくってるし…でもまぁ、名前ちゃんの励みになったんなら良かったわ」

口角を上げて笑うと痛みが走るのか、あー痛えと少し顔を歪めていた。私もこの間の三ツ谷君みたいにハンカチの一つでも持っていれば良かったのに、フラッと家を出てきたから携帯以外持っていない。

「ねぇ。ほんと病院行こう?動けなくなってここで休んでたんでしょ?」
「いやーただなんか、まだ身体が興奮してて帰る気分じゃなかっただけ……ってかオマエ今何時だと思ってんだよ!?なに出歩いてんだよ!?」
「あ、ちゃんと家にいたよ?ただ眠れなくてちょっと外の空気に当たりに…」
「外の空気に当たりに行っていい時間じゃねぇだろ!ほら帰るぞ!家まで送る」


怪我してるとは思えない程軽快に腹筋を使って起き上がった彼は、自然と私の手を握って引っ張っていった。あまりの突然のことに私の心臓は飛び出そう。三ツ谷君はそのまま公園の外のバイクの前で「後ろ乗りな」と言った。


「わり、今メットないんだけど」
「うん大丈夫…えっとこれどうやって乗るの?」
「ん?こーやって跨って、ここに足、ここに手置いて」

初めてバイクに乗る。しかも好きな人の後ろに。緊張で手汗が出てきたが、手を滑らせないように気をつけて乗った。私が乗ったのを確認すると三ツ谷君はゆっくりとバイクを走らせる。きっといつもはもっと飛ばしているんだろうけど、今はとってもゆっくり走ってくれている。





「このマンション?」
「あ、うん。ありがとう」
「ほんっっっとにもう、間違ってもこんな深夜に外出てくんなよ」
「あはは…三ツ谷君にはその事で怒られてばかりだなぁ」
「マジで心配してんだぞ」
「ありがとう、嬉しい」

ゆっくりとバイクを降りて、三ツ谷君の顔を見て改めてお礼を言う。私は三ツ谷君にお礼を言ってばっかりで、逆に三ツ谷君は私を叱ってばっかりだ。心配かけてるんだろうけど、なんだかこんな関係いいなぁ嬉しいなぁと心が弾んでいる。

「名前ちゃん、オレの怪我治ったらさ、ツーリングでも行かね?」
「っえ!?」
「どー言ったって夜出歩くみたいだしよ、そんならオレがどこか連れてってやるよ。まあそんな遠くは無理だけど」
「……」
「どーする?行く?やっぱバイクとか怖い?」
「ううん…!行きたい。連れてって!」
「よっしゃ」


声が少し上ずってしまったかもしれない。震えていたかもしれない。だってそれくらいびっくりしたし、嬉しかったし、ドキドキしたから。こんな時間だけど外に出て良かった。あの公園に行って良かった。

おやすみ、と挨拶をした後も私がエントランスに入るのをしっかり見守ってくれている三ツ谷君が、もうどうしようもなく好き。




 




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