03


「名前ちゃん」

携帯を弄りながらファミレスから帰っていると、背後から声を掛けられた。

「三ツ谷君?」
「オレも帰るわ」
「えっいいの?みんなと話してなくて」
「別に今日はアイツらも暇だったから集まっただけだから」
「そうなの…?あの、変に気遣わなくていいよ?送ってくれようとかしてない?まだ暗くなってないんだから平気だよ?」
「んー、でも名前ちゃんまた遅くまでウロウロしてそうで危ねぇじゃん」
「……もしかして、タケミチ君になにか聞いた?」
「かるーくね。あ、でもアイツ何もべらべら喋ったりしてねぇからな?」

タケミチ君には少し話したことある、うちの家族のことを。それを聞いたタケミチ君やあっくん達は、やっぱ心配してくれて。でもどんな理由があっても夜遅くまで女が出歩くもんじゃねぇ!なんて後輩のくせに叱ってきて。ありがたいんだけど、今よりトゲトゲしてたあの頃はうるさいなとしか思えなかった。

「どーせあれからも毎日夜遊びしてんだろ?」
「夜遊びじゃないよ…夜の街徘徊してるだけ」
「同じようなモンだろ。今日は家まで送らせてもらう」
「大丈夫。今日は真っ直ぐ帰るから」
「なぁ…名前ちゃんて彼氏いねぇの?」

え、なにその質問。ドキッとした。
私だって中3にもなるのに初恋はまだ…なんてほどウブではないし、小学生の頃から好きな男の子だっていた。だからこんな質問されると、もしかしてこの人私のこと…なんて変に期待してしまう。

「いないよ」
「そっかぁー。彼氏いたら面倒見てくれそうなのになぁー」
「…面倒?」
「名前ちゃんが夜フラフラしないように一緒にいてくれそうじゃん?」
「え…なにそれ、半分保護者じゃん。彼女ってか子供みたいじゃん!」
「ハハッ確かに!」

口を開けて豪快に笑う三ツ谷くんは、見ていて気持ちいい。はぁ。なんかドキッとして損した。この人はなんというか、私が夜出歩くのをなんとか止めたい補導員みたいなポジションなんだ。

「三ツ谷くんは?彼女いる?」
「ん?いねぇよ。オレ忙しいし」
「東卍の活動で?」
「それもあるし、部活もあるし、妹達の世話と家事もあるし」
「え!?そんなに色々してるの?」
「意外?」
「うん…ていうか、家のこともしてるの?」
「うち母子家庭だからさ。お袋が仕事から帰るまでは妹の世話しながらメシ作ってーって感じでさ」
「……三ツ谷君」
「なに?」
「そんなお家のことやらされてて、嫌にならないの?そんなの投げ出して遊びに行っちゃいたくないの?」

三ツ谷君は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにまたいつもの優しい表情に戻った。そして落ち着いた、中学生に見えない表情でゆっくりと話し出す。


「お袋が働かねーとオレも暮らせない、オレが家のことやんないとお袋も仕事に行けない。それだけのことだよ」
「それだけって…」
「名前ちゃん。オレは生まれた環境は憎むもんじゃねぇって思うんだ」
「え……」

彼の言葉は私の心に重くのしかかった。そんな、遊びたい盛りに家のことやらされている男の子の口から、そんな言葉が出てくるなんて。私なんかよりも遥かに家のことが負担になっている彼が、そんなこと言うなんて。私は三ツ谷君に比べたらなんて小さいことで家のことが嫌になってたんだ。

「名前ちゃん…?」
「あ、ごめん、なんか…私の家族のことなんて、三ツ谷君に比べたらなんてほんと…ぜんっぜん大したことないんだなぁって気づけたよ」
「そう…」
「三ツ谷君が家族のために頑張ってるって知ったらなんか感動しちゃった」
「感動されるようなこと、オレなんもしてねーよ?」
「そう言えるところ、ほんと尊敬する」

彼の凄いところは、自分のしていることを苦労話にしないこと。なんて器が大きいんだろう。私もこのくらい器が大きければ、こんなネチネチ悩んで夜出歩くこともないのに。

「これでも食って元気出して」

そう言って三ツ谷君が鞄から出してきたのは、昔懐かしいラムネだった。

「え?ラムネ?」
「そ。嫌い?」
「好きだけど…いやっラムネって!不良の鞄からラムネって!」

ウサギとリスのイラストが描かれた可愛らしいパッケージのラムネをこの人が持ち歩いてるというギャップが妙にツボで、私は声を出して笑った。三ツ谷君は「そんなにおかしいかよ」と少し面白くなさそうな顔をしながら私の顔面にラムネを押し付けてきた。

「妹達がこれ好きだから持ってたんだよ。名前ちゃんもこれ食っとけ」
「え、いいの?妹さんの分じゃないのこれ」
「まだたくさんあるから大丈夫」

まだたくさんって…!その大して中身が入ってなさそうな鞄にはもしかして大量のラムネがあるのかと思うとまたツボだった。笑いすぎて目尻にうっすら涙が溜まる程だった。お礼を言って三ツ谷君からラムネを受け取ると、今度はポケットからハンカチを出して涙を拭いてくれた。

「泣くほど面白かったかよ」
「またハンカチ…!」
「オレはそこらへんの女子よりなんでも持ち歩いてるぞ」
「ほんとにそうかもね…」
「冗談だよ」

優しい手つきで私の涙を拭くその姿を見ると、彼が普段からどんなに優しいお兄ちゃんなのかが伝わってくる。涙を拭き終わると私の頭を優しく撫でるその仕草に胸が苦しい。なんだろう、この人のこの包容力は。

「三ツ谷君、ありがとう」
「全然」

優しく笑うその顔を見て、私は確信した。
私、三ツ谷君のそばにいたいんだと。




 




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