20


「散らかってるけど、どーぞ」
「お邪魔します」

腹減ってない?メシ食って帰る?
という隆くんの問いにすぐさま「隆くんの作ったものが食べたい」と返すあたり、私ってとんでもなく我儘な奴だと思った。仕事が終わったばかりの彼にこんなこと注文するなんて…って言った後に反省したけど、隆くんは嫌な顔一つせず「いいよ」って言ってくれた。忘れてたわけじゃないけど、彼はいつでも優しいんだった。そして隆くんの家の方が近いからと、今初めて彼の自宅にお邪魔する流れになった。


「ねぇ、全然散らかってないけど」
「まぁな、名前のあの部屋には敵わねーよ」
「あれは、たまたまで!」
「どーだかなぁ」

帰りに二人で寄ったスーパーで買った食材。何食べたいか聞かれたけどおまかせでって言ったら、隆くんは慣れた素振りで材料を買って行った。その買ったものたちを台所に置き、袋から出して、腕捲りをして早速調理に取り掛かっていた。

「なんか、手伝う?」
「いーよ台所狭いし。名前仕事で疲れてるだろ。テレビでも見てて」

仕事で疲れてるって、それは隆くんも同じはずだ。そんな彼に手作りの夕飯をねだるなんて、私本当に図々しいにも程がある。

初めて来た彼の部屋は至ってシンプルで、でも壁掛け時計や飾ってある小物なんかはお洒落で隆くんらしさを感じる。とりあえずお言葉に甘えてテレビをつけると、台所から美味しそうな匂いが漂ってきた。

隆くんが作ってくれたのは生姜焼きとちょっと添えられたサラダと、懐かしのしょっぱそうなお味噌汁だった。


「ごめんこんなんで。とりあえずすぐ出来るものって思って」
「ううん!私こそ仕事終わりにこんな我儘言ってごめん…」
「名前あんま自炊してなさそうだし、ちゃんとしたもの食わせてやりたかったんだけど」
「じゃあまた今度作ってよ」
「…また今度があっていいんだ?」

隆くんのその問いに小さく頷きながらお味噌汁を啜った。あ、やっぱりちょっとしょっぱい。でも、優しくて懐かしい味だった。隆くんは私が頷いたのを見て、少し口角を上げて笑う。なんだかこの空気感が恥ずかしくって、私はかき込むようにご飯を食べた。




「あのね、隆くん」

食べ終わった食器類をシンクに運びながら言うと、彼はゆっくりとこっちに視線を向けた。

「今日隆くんの仕事してる様子見て、やっぱり凄いなぁって。私には出来ないような仕事への向き合い方で、私とは違うよなぁって思った」
「…うん」
「本当に私なんて不釣り合いって感じちゃったけど…でもね、やっぱりそんな風に頑張ってる隆くん、好きだなぁって、かっこいいなぁって。こんな私だけど…、隣にいて支えたいって思った」
「うん」
「ドラケン君にも、好きなのに何ぐちゃぐちゃ考えてんだって言われて、そうだよなぁって思って。隆くんだって、私のがモタモタしてたら他人好きになったりするかもしれないし…」
「そりゃねぇわ」
「わかんないじゃん!」
「いや、わかるわ」
「私だってわかるもん。私より中身も外見も素敵な人なんて街中に溢れてるし……」

自分で言っておきながら、想像すると涙が出そうになる。他の女の人と並んで歩く隆くん、他の女の人に優しくする隆くん、他の女の人と結婚する隆くん。…だめだ。絶対嫌だそんなの。そんなこと考えるだけで苦しくなる。

「…こんな私だけど、隆くんのそばにいて何ができるか分からないけど…、でも絶対私が世界中の誰よりも隆くんのこと好きだから…だから、だから、もう一度私を…隆くんの彼女にしてくれませんか…?」

まるで告白する時かのような緊張。彼から返ってくる答えなんて分かっているのに、こんなに緊張したのは何故だろう。

隆くんは私の腕を引っ張り、力一杯抱き締めてくれた。ゴツゴツした彼の腕が私の背中と腰に回され、今までで一番強くきつく抱き締めてくれた。


「ありがとな、名前」
「ううん、こちらこそ…。ごめんね、めんどくさいこと色々言っちゃって」
「んーん、いいよ。4年前、名前をあんな風に不安にさせたオレが悪かったから。ごめんな。もうあんな想いさせねぇから。だから名前も何か思うことあったら遠慮せずに言ってな」

もう絶対ェ離さないから。オレにはオマエが必要だから。
そう言って長く長く唇を合わせてくれて、なんだかもう好きって気持ち溢れて返りそうで、涙も出そうになった。中3のとき、河川敷で隆くんと想いが通じ合って初めてキスした日の情景が脳内で弾けるように蘇った。あの時も今ぐらい幸福感に包まれたなぁと思い出す。

好き。好きだよ隆くん。またあなたの隣にいられるなんて、本当に夢みたい。私こそ、絶対にもう離さない。


「…今日泊まっていくよな?」
「あ…泊まって、いいんなら…」
「いいに決まってんだろ。つかむしろ帰さねーわ」

少し屈んで私に目線を合わせてから、また目一杯ぎゅっとしてくれる。大好き、と言えば、オレもって当たり前のように甘い返事が返ってきて、それだけで心臓が疼く。


「明日は土曜だから仕事休み?」
「うん」
「よっしゃ」
「…隆くんは?」
「あー…ちょっと昼から出なきゃいけねんだけど、まあ昼からだから。多少の夜更かしは問題ねぇ」

私のブラウスのボタンを一つ、また一つ外しながらそう言った。どうやら今日はなかなか寝かしてもらえなそうだ。しかも困ったことに、それに喜んでしまっている自分がいる。

「とりあえず、久々に一緒に風呂入る?」

こんな下心満載の隆くんの問いかけにすら、胸が躍るほど私の心はもう浮かれていた。









「つーことで、ドラケンのお力添えもありヨリ戻せました」
「おーおー。ご丁寧に報告どうも。まぁ分かっちゃいたけどな」

隆くんと再び付き合い出して暫くした頃、そう言えばドラケン君に報告してないねって思い出して彼のバイクショップを訪れた。


「ドラケン君。あの日はありがとね。隆くんの職場まで連れてってくれたり、背中押してくれたり…」
「だって名前ちゃんつまんねーことウジウジ悩んでて見てられなかったから」
「あはは…ごめんごめん」
「あんなウジウジ悩んでた悩み事はもう解決したんだな?」

うん、と首を縦に振ればドラケン君は笑い返してくれた。隆くんは思ってたとおり、いや思ってた以上にデザイナーという仕事に一生懸命で、正直たじろいでしまうこともある。でも彼に釣り合わないとか惨めに感じるとか、そんなことはなかった。それは隆くんがハッキリと、私のことが必要だって言ってくれたからだと思う。


「んで?今日はわざわざ愛しの彼女を見せつけにきたってか?」
「バーカ。んなことするかよ今更。ちょっとさ、バイク買おうと思ってて」
「お、マジ?」
「うん。これから色々出掛けたいし。なんかいいヤツあったら財布に優しい値段で売ってくんね?」
「将来有望なデザイナーさんには全部優しい値段だぜ?これとかどう?最近売れてるやつ。二人で乗りやすいぞ」
「へぇーかっけぇじゃん。…でも値段が可愛くねぇ」
「そう言わずにさ!一回走ってみると分かるからコイツの良さが!二人で試乗してみねぇ?」
「今日は無理だわ、名前の服装的に」

夏らしい涼しげなリネン生地で作られたワンピース。丈はミモレ丈で、動きやすいように少しプリーツも入ってて。色は似合うか不安だったけどちょっと冒険してみてオレンジ。夏っぽいし顔色が明るく見えるからって隆くんのおすすめだった。


「あーそっか、そのワンピースだと厳しいな。つか珍しいな、名前ちゃんがそんな色着てるの」
「ど、どうかな!?」
「いんじゃね?肌白いから明るい色も映えるよ」
「分かってんじゃん、ドラケン」

隣から手が伸びてきて、ぐっと肩を引き寄せられた。隆くんはそのまま私の肩に腕を回し、その手で「この襟のカットがポイント。名前の鎖骨が綺麗に見える絶妙な角度」と言って私の鎖骨をそっと撫でた。


「もしかして…この服三ツ谷が作ったのか?」
「あたり。名前だけのために作ったオンリーワンのオーダーメイドワンピース」
「すっげー!道理で名前ちゃんの体型によく合ってると思ったよ」
「いいだろ?」
「うんうん。つかオレにもなんか仕立ててくれよ」
「バイク安く売ってくれたらな?」

隆くんと再び付き合い出してすぐの頃、私に服を仕立てたいと言ってきてくれた。ずっと前からしてみたかったんだと言ってくれたことが、とっても嬉しくて嬉しくて胸がドキドキした。「休日お出かけする時に着られる夏用のワンピース」とだけリクエストして、あとは隆くんにお任せしちゃったんだけど、思った以上に素敵な一着ができて感動した。そして今日が、そのワンピースを着て初めてのお出かけだった。


「まぁよ、オマエの頼みとありゃオレも頑張らせてもらうわ。中古も含めて何個か良さそうなのリストアップしとくからまた来いよ」
「おー。頼むぜ」
「折角お手製のワンピース着てんだから、これからどっかデートしに行くんだろ?」
「うん、そうなの。じゃあバイクの件よろしくねドラケン君」

隆くんが私の手を取り、バイクショップを出る。外に出ると真夏の日差しが強くすぐにじわりと汗が滲み出てきた。それでもこの手を離したくなくて、むしろもっとくっつきたくなって、隆くんの腕に抱きついた。あちぃだろ、って言いながら隆くんは悪戯そうに笑う。でも離れろとかやめろとか、私の密着を拒否する言葉は絶対に言ってこない。


「隆くん、今度は帽子も作ってよ。このワンピースに合うデザインで、しっかりUV加工もされてるやつ。最近日差し強くてきつい」
「おいおい、どんどん遠慮なくなってきてるな」
「思うことあったら遠慮しないで言えって言ったのはどこの誰ですっけ?」
「思うことってそーゆーことじゃねぇわ」

でもまぁ、いいよ作るよ。
少し嬉しそうに言ってくれたのは、私に作るのが嬉しいからなのか、新しいものをデザインするのが楽しみだからなのか、それとも私が彼に我儘を言ったからなのか。気になったけど、理由はどれでも良かった。隆くんが嬉しそうにしてくれるなら、なんかもうそれで十分だった。

2013年、連日の真夏日で体が茹だるような暑い暑い夏。大人になった私たちの物語は今一度スタートした。今度こそもう二度と離れないと、誓いを込めながら。




fin.


 




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