19


久しぶりに乗るバイクの怖さったらもう、なかなか言葉にできないものだった。怖い怖い!酔う!なんて叫ぶ私に隆くんは「え?」と焦りながらスピードを緩める。

「ちょっと、バイクってこんな怖かったけ!?」
「まぁ久々だとそうかもなー」

10代の頃はスピードに乗って楽しい、ぐらいに思えてたのに。なんだか体の衰えを感じる、悔しいけど。隆くんは久しぶりのバイクの運転に嬉しそうな顔をしながら恐怖心ゼロといった表情でバイクを走り進める。そして着いた先は、


「レインボーブリッジ…」
「そ。覚えてる?名前と初めてバイクで出掛けたのってここだったよなー」

あの頃の私達は思春期真っ盛りの中学生だった。しかも付き合ってもいなかった。なのに夜のレインボーブリッジを見に来て、夜景がすごく綺麗でロマンチックで、隆くんとも距離が縮んで。あんな夜、忘れられるはずがない。


「やっぱ夜来た方が良かったかな。暑いな今日」
「ううん。昼間のレインボーブリッジもいいね。晴れてるから気持ちいい」

あの時みたいに自販機で飲み物を買って、二人並んで座って景色を眺める。昔は炭酸飲料なんかをよく飲んでた彼だけど、今ではコーヒーを自ら選んで飲むようになった。本当にこの四年で、隆くんは私の知らない変化を遂げた。

「さっきさ、イヌピーと何話してたの?」
「えーっと…久しぶりだね、とか」
「ほんとかよ。久しぶりだねってだけで何であんな顔になんだよ」
「え…どんな顔してた?」
「顔赤らめて気まずそうな顔」

そんな的確な…。そこまで見破られているなら、さっきの乾くんとの会話の内容もおおよそ検討ついつるんじゃないのかなこの人。チラリと隆くんの方を見ると、何か言いたげな顔をして私をじっと見ている。


「白状しろよ」
「……昔、昔だよ?高校生の頃乾くんが私のことをいいなって思ってた、って…」
「………」
「知ってた?」
「知らなかった…。でも思い返せば思い当たる節もある」
「えっうそ!?いつ?」
「んー…ちょっと昔、な」
「そっか…。隆くんと付き合ってる間言い寄られたりしなかったからほんとビックリ…」
「それはオレがいつも隣で目ギラつかせてたから。でも…そうかイヌピー…、うーん盲点だったわ東卍の奴は」
「まぁでも昔の話だから!」
「そんで今ならオレと付き合ってねぇしチャンスだとか言われたの?」
「……ううん」
「言われたんだ…」
「いや、言われたっていうか、半分冗談みたいな感じだよ?」

あいつ冗談とか言うタイプだっけ…と隆くんは呟きながら缶コーヒーを飲んだ。とりあえず怒っている様子はなさそうで良かった。でも別に今私達は付き合ってないんだから、どんな反応すればいいか分からず私は靴の先で砂を弄ってじっと時が過ぎるの待った。隆くんも何も言わず、時々隣からコーヒーを啜る音がするだけだった。


「…オレは、ずっと名前と一緒にいたいって思ってるし名前の気持ち尊重したいと思ってる」
「あ、うん…」
「名前がオレのことまた好きって言ってくれてすげぇ嬉しかった。また付き合えるって舞い上がってた。でもまた同じような誤ち繰り返すかもって不安に思うなら…名前の気持ちが固まるまで待とうって思った」

空になったコーヒーの缶を軽く潰してから、隆くんは私に向かい合って手を握ってきた。私も飲みかけの缶を横に置き、ゆっくり彼に向き合う。


「…でもさぁ、やっぱさぁ名前のこと良いって思う奴はいるんだよなぁ」
「滅多にいないよ…」
「ばーか、いるんだよオマエが思ってる以上に。だから待とうって思っても、そんなのんびり待ってる場合じゃねぇよなって…オマエが他の奴に取られるかもって思うと、なんか自信なくなる」

手を握ったまま下を向く隆くん。私はなんて贅沢な我儘を言って、大好きな人を悩ませているんだ。好きなら一緒にいればいいのに。ただ隣にいればいいのに。中学生の時みたいに好きって気持ちが暴走するくらい彼にひっついていればいいのに。

あの頃はずっと家で息苦しい思いをしていた。その時私を救ってくれたのは隆くんだった。夜フラフラ出歩いていた私を叱って、心配して、家で孤独な私を救ってくれた。そんな面倒見が良くて優しいところが好きになったんだよなぁと思い出す。


「ありがと、隆くん」
「何がだよ」
「こんなに想ってくれて。私幸せ者だよね」
「もっと幸せにしてやっから、黙ってオレんとこ来いよ」
「やばい、なにそれ惚れそう」
「もう惚れてんだろーが」

ぐしゃぐしゃと乱暴に髪を乱され、普通だったら折角セットしたのに!と怒りたくなるけど、隆くんにされるとただ愛しいなぁって思える不思議。やっぱり好きだなぁ、この空気感とか、二人で過ごす時の距離とか、会話の間の取り方とか。全てが大好きだなって思う。

「隆くん、もうちょっとだけ待っててね」







仕事終わりの20時ごろ、自宅とは離れた駅で下車し、スマホで地図を見ながら歩く。前回はタクシーで訪れたから道が曖昧にしかわからなかったけど、地図を読むのが頗る苦手な自分が果たして無事辿り着けるだろうか。そんな不安を持ちながらの道程だったけど、10分程歩いていると目的地が見えて来た。


「ドラケン君」

お店のシャッターを下ろそうとしてた彼に声を掛けると、驚いた顔でこちらを向いた。


「えっ名前ちゃん…?」
「こんばんは」
「なに?一人?」
「そう。ごめんね突然」
「いや、いーけど…どしたの?」
「ちょっと用があって」
「オレに?」
「あと乾くんにも」

頭の上でハテナマークが浮かんでいるような表情で迎えてくれたドラケン君は、「とりあえず入れよ」と本日の営業が終了したばかりの店内に入れてくれた。お店のカウンターでは乾くんが事務処理をしていた。そっと声を掛けると彼もまた驚いた顔で私を見る。


「なにしに来たの、こんな時間に」
「ちょっと乾くんに話したくて」
「はぁ?」
「この間こと…驚いちゃって適当な返事しかできてなかったから、なんか自分の中で引っかかっちゃってて」
「そんな適当だったっけ」
「うん…。だから、改めて。乾くんの気持ち、すごく嬉しかった!ありがとう。冗談だったのかもしれないけど、今もチャンスあるのかって言ってくれたことも、嬉しかった。…でもごめん、私好きな人いるの」
「知ってるって…」
「やっぱり?でもあの日、適当に即答して終えちゃったの失礼だったよなぁってずっと反省してて。私の自己満かもだけど、ちゃんと乾くんに伝えたくて」
「律儀な奴だなぁ」
「わりとよく言われます」
「そういうとこ、いいと思ってたんだけどね。まぁそれは三ツ谷も一緒なんだろうけど」

そうなのかな。隆くんは私のどんなところを好きになってくれたのか実はよく知らないけど。乾くんに「それじゃあお仕事の邪魔してごめんね」と言えば「また来いよ」って返してくれて、高校生の時はろくに口を聞いたことなかった乾くんにこんなこと言ってもらえるなんて、純粋に感動した。


「ドラケン君、お仕事終わったらちょっと頼みたいことあるんだけど」
「なに?すげー嫌な予感…」
「そう言わずにさ!約4年ぶりに再会したんだからちょっと多めに見てよ」
「……」
「ドラケン、あとこれだけだろ。オレやっとくから行ってこいよ」

乾くんが横から声をかけて来てくれて、私は内心「ナイス!」と思う。ドラケン君も折れたのか、分かったよと言い、店の奥に消えて帰る準備をしに行ってくれた。

「なに?酒飲んで愚痴でも聞いてほしいとか?」
「ううん。あのさ、隆くんの職場ってどこか知ってる?」
「知ってるけど」
「連れてって」
「はぁ?」
「仕事してる隆くんが見てみたいの」
「こっそり覗き見しに行くってか?」
「そう。お願い!」

ドラケン君は何かを察したかのように急に理解を示してくれ、彼のバイクの後ろに乗るよう促してきた。ありがとうとお礼を言いバイクに跨ると、ネオンの煌めく夜の街へと走り出した。


「着いたぞ」


30分程走ると着いたのはとあるデザイン事務所。まだ灯りが付いてるってことは誰かしらはいるようだ。バイクから降りてそっと窓から覗くと、そこにはお目当ての人物がデザイン画と睨めっこしていた。彼のデスクの周りには他のデザイン画の山と、サンプルと思われる小さな生地たち。時々立ち上がり、遠目からその生地を眺めたり光に透かしてみたり似た色同士で比べてみたり。兎に角生地一つに対して余念がないのがわかる。


「…凄いなぁ隆くん」

いつだって仕事に本気なのは分かっていた。でもいざその姿を目の当たりにしてみると、私といる時には見せたことのないような真剣な眼差しに鳥肌が立った。こんなに頑張っている人と自分は、正直本当に釣り合わないと思う。けど、こんな直向きに努力している彼を私が支えたいって心の底から思った。


「好きなのくせに何ぐちゃぐちゃ考えてんのか知らねーけどさ」
「ドラケン君…」
「近くに居て相手も好きだって言ってくれてんのに捕まえとかねぇとかバカだろ。人生何が起こるかわかんねぇんだぞ。伝えられないまま一生会えなくなることもあるって、名前ちゃん分かってるか?」

それはきっと、昔隆くんに聞いたことあるマイキー君の妹さんのことなんだろう。実質ドラケン君の彼女だったっていう女の子。そんなドラケン君の言葉は何よりも説得力がある。本当だね、私、バカだったよね。

「うん、ドラケン君の言う通りだね。ありがとう」
「自分の好きな奴が自分を好いてくれるってなかなか奇跡的なことだよな…ってさっきイヌピー見て思ったわ」
「うんうん……って、え!?気づいてたの?その、乾くんの、私に対する、こと…」
「いや全然?さっきオマエらが店で話してるのしーっかり聞いてただけ」
「ちょっと!やめてよ!乾くんのこと考えてあげてよ!」
「名前ちゃんが結構でかい声で喋ってたからだろ!?」
「ねぇ絶対本人に言わないであげてよそれ!」
「だったらオレのいない場で喋ってやれよ!」
「いやオマエら何してんだよ…」

聞き慣れた第三者の声にハッとして振り返ると、事務所のドアから顔を出す隆くんがいた。


「でっけー声で言い争ってる奴らがいると思ったら…」
「よー三ツ谷。名前ちゃんに頼まれてここに連れてきたとこなんだわ」
「あ…ごめんね突然…ちょっと覗いたら帰るつもりだったんだけど」
「なに?仕事中のオレを覗き見しに来たの?」

ニヤニヤと笑いながら言う隆くんに、素直にそうだよって答えると彼も反応に困っていた。そしてもうすぐ仕事も終わるから待つように言われたので私は待つことに。ドラケン君は「もうオマエら大丈夫だろ」と言って帰ることに。


「名前お待たせ」
「うん、お疲れ様」

今日はいつもより軽やかに笑えた気がした。なんだか悩んでたものが吹っ切れたから。悩んでたことがくだらない時間だったとは思わないけど、これはきっと将来つまんないことに悩んでたなって思えるくらいのものだと確信できた。


 




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