18


「よ、久しぶり」
「うん」
「なんか注文した?」
「ううんまだ」

隆くんと最後に会ってから2週間程経った日、私から連絡して土曜の昼ごはんを一緒にすることにした。隆くんが私の好きそうな店見つけたから、と外苑前のカフェを予約してくれた。隆くんも雰囲気いい店だな、なんて言いながら席に着く。


「とりあえずこのランチセット?」
「うん、いいね」
「オレこれ食いたい、パスタ」
「私はねー…」

本日のオススメのパスタセットとラザニアのセット。違うものを頼んでシェアして食べることにした。ちょっとお互い仕事の愚痴なんかを言い合っているとすぐにセットのドリンクが到着し、お酒じゃないけど乾杯、と声を揃えてグラスを合わせた。


「で?どーなった?彼氏とは」

サラダをつつきながら、隆くんは聞いたきた。今日わざわざ彼を呼び出した目的なんてこれ以外ない。それは彼自身も分かっているのだろう。


「別れました」
「ん。問題なく?すんなりと?」
「うん…それなりに。やっぱり遠距離って私は向いてないんだろうね。なんか心の距離が開いちゃってたのは彼も感じてたみたいで」
「でも、オレはどこも行かねぇから。名前は遠距離なんてすることもうねぇよ」

名前は転勤あったりするの?と聞かれたから首を横に振った。それを見て隆くんは安堵したように笑った。その時にメインのパスタとラザニアが届き、美味しそうな香りと熱々具合が伝わってくる湯気に食欲が刺激された。隆くんは取り皿に食事を分けて、私に渡してくれた。


「どした?食わねーの?」
「隆くん…、彼氏とは別れたけど、隆くんと付き合うのはもうちょっと考えさせて欲しい」
「…は?」

少し怒りの色を見せた彼の瞳。は?というその一言がいつもよりワントーン低い声だったことに本人は気づいているのだろうか。でも例え怒らせたとしても、私にはいま彼と付き合う決心ができなかった。








「ごめん、別れてください」

彼氏に話したいことがある、と電話したら向こうもなんとなく察してくれた。そして「そういう話は電話で済ませるモンじゃないだろ」というので翌日私は新幹線に乗り、日帰りで彼氏の元へ向かった。

彼は溜息を吐きながら「やっぱりな」と言った。オープンカフェのテラス席はカップルが多く、あぁ場所間違えたかななんて思いながら、他に好きな人ができたと自分の気持ちを正直に話した。

「好きな奴って会社の人?」
「ううん…昔付き合ってた人…。中学から高校の間、ずっと付き合ってた人がいたんだけど…」
「それって名前がこっちの大学来てわりとすぐ別れた奴だろ?」
「そう。よく覚えてるね」
「覚えてるよ、一年の時そんな話してたよな。デザイナー目指してる彼が東京で頑張ってるけど、彼が何してるのか見えなくなったーって」
「うん…そうだったね」
「で、その彼はデザイナーなれたの?」
「一応、駆け出しだけど」
「へー、凄い」

アイスコーヒーにミルクを入れながら彼は淡々と喋っていた。別れるって言うのにこの人もまた私を引き留める気はなさそうだ。話が拗れるよりは有難いが、やはり少し寂しさを覚える。大学院が忙しい彼を放って隆くんにうつつを抜かせていた自分が最低最悪なんだから、そんなことを思う資格はないのだけれど。

「…でもさ、そいつと付き合っても上手くいくのかな」
「え?」
「デザイナーなんて特殊な仕事、名前みたいに一般企業で働く人間とは違うと思うよ。しかも中学の頃からの夢を実現させたくらい、がむしゃらに必死にやれる奴なんでしょ。そんな彼の側にいたら、また今後も同じような想いするんじゃないの?」
「そ、それは…あの時は遠距離になったから彼が見えなくなっただけで!」
「物理的な距離の問題も勿論あったとは思うけどさ、夢追っかけって必死こいてる彼に自分が置いていかれたって感じたのが別れた原因なんでしょ?だったら近くにいても同じことなるんじゃないの?名前がまた辛い想いするんじゃないの?」
「……」
「辛い想いしても付き合いたいんならそれまでだけど。好きって気持ちはコントロールできないしね」

じゃあ頑張れよ、元気でな。
そう言って彼氏…もとい元彼氏は去っていった。

それからと言うものの、私は彼の言葉が頭から離れなかった。晴れてまた大好きな隆くんと付き合えるって、そんなめでたい考えしかなかった。もう私も東京にいるんだし、お互い社会人で対等な立場だし、多少忙しくてすれ違っても上手く行くはずって思っていた。

でも、隆くんの夢はまだスタートラインに立ったところだ。これから独立して、有名になっていき、もしかしたら自分のブランド立ち上げたり…。いちサラリーマンとは違い、自分一人で道を切り拓いていかなきゃならない。そんな彼に、私の気持ちはついていけるのだろうか。







「なんで?」

取り分けられた熱々だったパスタの湯気が落ち着き始めていた。私も隆くんも、まだ一口も手をつけていない料理はとても美味しそうだけど、今はなかなか胃が受け付けなさそうだ。


「…私、隆くんと一緒にいられるかなって…」
「はぁ?」
「デザイナーになる夢を実現させて、きっとこれから隆くんは有名デザイナーになっていくんだよ。でも私は平々凡々の会社員で…」
「なんで?今の会社って大学で専攻してたのに関係してんだろ?」
「そうだけど、だからと言ってなんかこう、ビッグになりたいとかそういうのは無いって言うか…」
「え?そんなん気にしてんの?別にそんなのいーじゃん。生きてく為にやりたくもない仕事してる奴なんて五万といるよ?」
「そうだけど…隆くんみたいな人の側にいたら落差感じちゃって、また昔みたいな気持ちになるかもって不安なの……」

隆くんはきっと馬鹿なこと言ってるなと思っただろう。自分でもそう思うんだけど、いつか隆くんといるのが辛くならないか怖い。隆くんには同じように仕事や夢に熱くなれる人がいいんじゃないかって自信がなくなりそうで。自分が惨めになりそうで。


「この後時間あるよな?」

すっかり冷めてしまった料理をついに口にしながら、隆くんは聞いてきた。

「え…ある、けど」
「じゃあちょっと付き合ってよ」
「どこ行くの?」
「行ってからのお楽しみ」

とりあえず怒ってないのかな、と少し安堵しながら料理を口に運んだ。そして食事を終えてお手洗いに行ってる間に隆くんは会計を済ませてくれて、そのまま店外の大通りでタクシーに乗せられ、わけも分からぬまま目的地へと向かう。




「えっ、ここって…」
「よっ、ドラケン」
「ん?おーなんだ三ツ谷。来るなら連絡よこせよ…って、あれ?えっ、うそ、名前ちゃん!?」
「久しぶり…ドラケン君」

黒髪になり、でもまったくその風貌は変わらないドラケン君がそこにいた。すげー久しぶり!と声を上げて挨拶してくれてなんだか嬉しかった。

東卍が解散して暫くしてから隆くんはバイクを手放していた。でも時々こうやってバイクショップを訪れてはバイクに乗せてもらっていた…、私も一緒に。


「今日はイヌピーは?」
「アイツなら奥に…」

すると店の奥から私たちの姿を見つけた乾くんが出てきて、こっちにやってきた。隆くんは乾くんに久しぶり、と挨拶をしていたが私は数回しか会ったことないし覚えられていない気がしたので軽く会釈をする程度に留めた。


「なーバイク乗らせてくんね?」
「だからよーそういうことなら前もって連絡入れろや」


そう言って店の奥へ二人は行ってしまった。乾くんと二人きりで店の入り口に残されてしまい、正直気まずい。チラリと彼の方に目を配らせるとバッチリと目が合ってしまった。どうしよう、と思っていたら「久しぶりだね」と思いがけぬ言葉をかけられた。

「えっ、私のこと覚えてます…?」
「覚えてるよ。三ツ谷の彼女でしょ。時々来てたじゃん」
「うん…でもほとんど喋ったことなかったから、覚えててくれて嬉しい」
「こちらこそ」

みんなは彼をイヌピーとあだ名で呼んでいたけど、私はそんな親しくないから呼べなかったことを思い出した。だから普通に乾くんと呼んでいたけど、でも思い返せばその呼び方ですら直接呼んだことがなかった気もする。そのくらい、私は乾くんと接したことがなかった。


「三ツ谷とは別れてるって聞いてたけど」
「あー…うん。今日はちょっと久しぶりに食事してその帰りで…」

乾くんは、ふぅんと軽く返事をしながら近くにあるバイクのメンテの続きを始めた。仕事の邪魔になってはいけないと思い、半歩下がり黙ってその様子を見る。ガチャガチャと器具の音が鳴るだけで私たちの間に会話はない。あぁ早く戻ってこないかな、隆くん。


「昔…初めてキミを見た時…」
「え?」
「オレは外出先から店に戻る時だったんだけどさ、店の外でバイク眺めてる女子高生がいて。絶対ェバイクとか興味なさそうな見た目なのに何してんだろって。でも声かけてぇなって。で、話し掛けようとしたらドラケンと一緒にバイク引っ張ってきた三ツ谷が店内から出てきて。あーなんだよ、アイツの女かよってなった」
「…それって、初めて隆くんと来店してバイク乗らせてもらった日?」
「そ。覚えてる?」
「うん…」
「それからちょくちょく店に来てたよな。オレとは全然話さなかったけど。それでもあの頃マジでいいなって思ってた、キミのこと」
「……え?」

フッと軽く笑った乾くんはまたバイクと向き合い作業を再開した。

…なに、今のは。それって乾くん、私のこと…。え?うそ。全然気づかなかった。あの頃は隆くんと付き合ってたし、ほぼ話したこともない乾くんが自分にそんな気持ち抱いてくれてたなんて…。

「ごめんなさい…全然知りませんでした」
「誰にも言ってねぇもん」
「うん…あの、気持ちはすっごく嬉しいです、今更だけど」
「嬉しいのかよ」
「え、そりゃまぁ。こんな自分を好いてくれてた人がいたなんて…」
「今聞いても嬉しいって思ってくれんの?」

目の前に立った乾くんの顔を見上げると、いつもと変わらぬ表情だった。どうしよう、これって告白されてるんだろうか。いや、違う…?どう答えればいいか分からず暫く私たちの間に沈黙が流れる。この沈黙は、隆くんと一緒の時とは違って気まずさを感じる、そんな沈黙だった。

「そんな本気で困んなよ」
「へっ?」
「昔の話だよ。そういう事もあったってだけの」
「あ、うん…」
「それともなに?三ツ谷と付き合ってない今ならオレにもチャンスある?」
「いえっ、それは」
「はっ、即答かよ」

恥ずかしくなって顔が熱くなってきた。そんな私の顔を見て乾くんは笑っている。


「名前、このバイク乗らせてもらえるっつーから乗ろうぜー…ってどした?なにその顔」
「え!あ、なんでも…!」

早く行こう、と隆くんを急かしてバイクを店の外に出してもらう。なんだか乾くんの顔も隆くんの顔も見れない。昔みたいにヘルメットを付けてもらう時も、つい俯いてしまう。きっと私の様子が変なことに隆くんは気付いてる。あれだけ長く一緒にいた彼だから、気付いてないわけがない。

やっぱり私は隆くんが好きだ。私のことを一番分かってくれて、安心できる場所を作り出してくれる彼の側にずっといたい。


 




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