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目を覚ますといつもの自室。ただいつもと違うのは隣にかつての恋人が寝ていること。テーブルの上には空になったお酒の缶や食べたおつまみの袋。昨夜起きた事は夢じゃなかったんだ、とホッと胸を撫で下ろしそっと布団から出た。

昨夜はお互いの気持ちを確認した後、残ってるお酒を2人で飲み、別れていた4年間のことをたくさん話した。仕事のこと、大学のこと、友達のこと、家族のこと。その一つ一つが新鮮でどの話を聞いてても飽きなかった。そして流石に眠くなったからと2人で一緒に布団に入った。勿論、本当に寝ただけでそれ以上のことは何もない。でもそれだけで私は幸せで幸せで…このまま死んでもいいかもと思えるほどだった。


「やばい…仕事行かなきゃ」

余韻に浸っていたいところだが今日は仕事。体に染み付いた習慣というのは恐ろしいもので、アラームをかけ忘れたのにちゃんと起きられた。寝ている隆くんを起こさないようにそっと空き缶たちを片付けてから、キッチンで簡単な朝食の用意に取り組んだ。


「名前」
「あ、おはよう…ごめん起こしたね」
「いや、大丈夫…。今日仕事だろ?何時に出る?」
「8時ちょい前には出たいかな。隆くんは?」
「オレも仕事。でも一度家帰って着替えねーと」

隆くんは完全に寝起きの顔をしながら私が貸したTシャツを脱いだ。東卍時代ほどではないが綺麗に割れた腹筋が見えて、抱きつきたくなる衝動をグッと抑えた。昨日乾燥機にかけておいたカットソーや靴下を出して着替える隆くんを見ていると「見過ぎだろ」って突っ込まれてしまう始末。

「なんか不思議…朝起きて隆くんがいて普通に着替えてるのが」
「だよな。でもさ、もうすぐこれが当たり前になっていくんじゃね?」

歯を見せながら笑う彼の笑顔にドキッとした。そうだ、きっとすぐにこんな生活が待っているんだ。また隆くんと付き合っていける。その事実だけで今日は仕事を頑張れる気がした。



「洗い物しとくから支度してきなよ」
「え、いいよそんな…」
「女の支度は時間かかるモンだろ」

ベーコンとスクランブルエッグとロールパンなんていう簡素な朝食だったにも関わらず、隆くんはうまいってたくさん言って食べてくれた。その上洗い物まで引き受けてくれるなんて、相変わらず優しくてかっこいい。お言葉に甘えてここは任せてメイクや着替えを進めて、最後に洗面台の前でヘアセット。すると背後から現れた隆くんにするりとアイロンを奪われた。


「やったげる」
「うそ、できる?」
「任せろ」
「じゃあ、毛先ワンカールな感じでお願いします」

慣れた手つきでアイロンを毛先に滑らせて、少し内側にカールさせていく。鏡に映る隆くんの表情は真剣でイケメンで。あーこの気持ち、きっと八戒くんなら共感してくれそう。

「できた。このヘアオイル付ければいい?」
「うん…てゆーか隆くん上手すぎ。美容師にもなれたんじゃない?」
「かもな。まぁヘアアイロンは使い慣れてるからできるだけ。コテは使えねーと思う」
「確かに昔からアイロンは使ってたね」
「おう。なぁこれハーフアップにしていい?このバレッタ使って」

いや、あなたどんだけ器用なんですかってレベルの仕上がりで感動した。別にこのくらい普段自分でもやってることだけど、完全に隆くんがやってくれた方が可愛く出来上がっている。隆くんは気付けばそのままヘアアイロンで自分の髪もセットしていた。うん、確かに手慣れている。

「ほんと器用だよね。私自分じゃこんな綺麗にできない」
「そうか?女子高生のとき長い髪なのによくキレイに巻いてたじゃん」
「あー…あれは長かったから巻きやすかったし逆に色々誤魔化せてたのかも」
「可愛かったよなあの頃、ちょっとギャルっぽくて」
「…今は?」
「なに、言ってほしいの?」

ニヤリと笑う隆くんの顔を見て、自分はなんて恥ずかしい事を自ら言ってしまったんだろうと顔が赤くなる。羞恥心で顔を背けるとすぐさま彼の手によって顔は前を向かされ、そのままぎゅっと抱きしめてくれる。


「可愛いに決まってんだろ。つーか綺麗になりすぎて最初見た時ビビった」
「うそだぁ」
「ほんと。これ以上綺麗になんなよ。変な虫がつく」
「そのセリフ、そっくりそのまま返しますよー」

くすくす笑いながら、隆くんの胸に頭を預ける。お化粧がついちゃわないように、少し顔は浮かせながら。高校生の時もよくこんな私のことを可愛いから心配だと隆くんは言ってくれていた。心配されるような出来事なんて特段起きなかったけど、それでもいつも心配してくれてて嬉しかったな。


「……キスしていい?」
「今更それ聞く?」
「…一応。まだ付き合ってるわけではないし」
「じゃあ、だめ」
「えっ!?」
「ちゃんと事が片付いてからにしよ」
「…わかった。そういうとこちゃんとしてるのが名前のいいとこだしな」

最後にもう一度ぎゅっとしてくれて「待ってるから」と耳元で囁かれる。隆くんが私を待っていてくれる。そんなこと4年前には考えられなかった。大人になってからのデートだとどんなところ行くのかなぁとか、週末はいつもお泊まりするのかなぁとか、私の脳内は完全に薔薇色モード。

彼氏とのことがちゃんと片付いたら連絡するからまたうちでお酒でも飲もう、と約束して一緒に家を出た。またこうやって一緒に出勤する朝が訪れることを夢見ながら。



 




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